第二章 ルーツィエ、奮闘する
EP8.ルーツィエという人
枕に顔を突っ込んだままルーが寝返りを打ってうつぶせになる。そのまま顔を上げて時計を見た。時刻は十時三十分を回ったところ。ハイネが仲間になってから三日が経ったが、ハイネのことはあまり好きにはなれなかった。
目を閉じれば今でも浮かぶ。姉の泣き叫ぶ声、親の早く逃げて、という声。お姉ちゃんが死んだなんて嘘ではないか、本当は母さんも父さんも生きてるんじゃないかと何回も考えた。けど、燃えた後の住宅街があったはずの場所を見て、ようやっと私の家族は死んだのだと理解した。
怖かった。何もかもが怖かった。あんなこと、二度と繰り返さない。自分の大切な人は、自分で守るって決めたのに…あのありさまだ。八つ当たりになるのかもしれないし、最初の印象からのことかもしれない。どちらにしても、やっぱりハイネのことは気に食わなかった。
「ルー、入るよ?」
ヘクトがルーの使っている部屋をノックしながら言う。どうぞ、と適当に返事をして、ルーはヘクトを部屋に入れた。
「もうみんな出発するらしいし、早くしないと…ルー、泣いてるの?」
うつぶせに寝ていたルーに、単刀直入すぎるほどの言葉をヘクトがかける。
「泣いてなんかないもん。すぐに行くから先に準備しといて。」
うつぶせに寝たまま、ルーはしゃべって動かない。
「分かった。ルー、無理だけはしちゃダメだよ。」
それだけ、声をかけてヘクトが部屋から出ていく。
「無理だけはしちゃダメだよ…か。」
ころりと寝返りをうってルーが呟く。
「そんなの、出来っこないってわかってるくせに。」
そう呟いてルーはベッドから起き上がった。
***
「待たせてごめんね。」
ルーが素直に謝りつつ、玄関のドアを開けて外で待機していた仲間のもとに駆けつける。
「いや、それは別にいいが…全員揃ったよな。」
一応、アルが騎士団の人数を確認した。ヴィン、ヘクト、ヤン、フィネ、ルー、それに新しく三日前に仲間になったハイネ。全員がいることを確認して、今度こそ鍵をしばらくあけなくなるだろう我が家に丁寧に鍵をかけた。
「今度こそ、この家ともしばらくのお別れですね。」
ヴィンが若干さびしそうな顔をする。
「まあ、旅が無事に終わりさえすれば帰ってこられるさ。」
そんなヴィンの表情を見ながら、アルが苦笑していった。まあ、そうですよね、とヴィンも少し笑う。
「今回はまずアルザイルから行こうと思うのだが、異論はないか?」
一応全員に確認を取るが、答えは全員一致で賛成だった。
「それじゃあ、出発だ。早くしないと船が出てしまうから急ごう。」
珍しくアルとハイネ、ヤンという珍しい組み合わせが前を歩く。
後ろではルーの体調を気にするヘクトとフィネ、ヴィンが並んで歩いていた。
「なあ、ところでお前年はいくつなんだ?」
ヤンが好奇心でいっぱいの顔でハイネに質問をする。
「ボク?ボクは十七歳だが…えーっと、なんて呼べばいい?」
質問に答えつつ、ハイネが困惑する。
「オレは…みんなはヤンって呼んでるけど、フェリって呼ぶ奴もいるしな。何でもいいぜ。」
「じゃあ、ヤンは何歳?」
「オレは今年で十八だな。年の割に身長小さいとかよく言われるけどな。」
「うん。ボクと同じくらいだからかなり小さいよな。」
「小さい言うな!」
そんな理不尽な会話をしている後ろで、ルーたちはかなり真剣な話をしていた。
「だからさ、結局はハイネが何者なのかよね。」
ルーが厳しくヴィンに言う。
「しかし彼は過去をあまり詮索しないでくれと昨日言っていましたし…放っておくのが一番でしょう。」
ヴィンがルーの怒りの琴線に触れないように穏やかに説明した。
「だけどハイネがなんで龍剣を持っているのかとか不思議じゃない?」
今度はフィネが口をはさむ。
「そこの部分が聞きたかったからヤンに席を外すように言ったんじゃなかったの?」
ヴィンに対するヘクトの質問は少々きつすぎた。かなり痛いところをつかれ、ヴィンが何も言えなくなる。
「いや…そこが聞きたかったのは確かなのですが…僕らが質問する前に彼はその場を離れてしまったのです。」
「それをどうにかするのが団長と副団長の役目じゃないの?」
フィネが珍しく鋭い事を言ってヴィンがまた少し黙る。
「彼にだって…しゃべれないことの一つや二つはあると思いますし、むやみやたらに過去を根掘り葉掘り聞かないというのもこの団のルールというやつでしょう?」
口に出すとあまり意味はないのだが、一応確認を取るためにヴィンが言う。
「僕らも人に話せない過去は有るものです。人の事言えませんよ。」
この騎士団のなかには、まだ自分の過去をしっかりと言っていない者もいる。ヴィンが発した言葉にはかなりの説得力が付いて回った。
「それでも…この団にいるからには有益な情報が…」
「本当に全ての過去が有益な情報になると思いますか?」
ぶつぶつ言うルーの言葉の切れ端を聞き逃さなかったヴィンがルーに問う。
「逆に過去をさらせば非難を浴びる可能性だってあるかもしれない。そこまで考えたことはありますか?その人が何をしたわけでもないのに、その一族がしたこと、国家がしたことによって攻め立てられる人もいるんですよ。むしろむやみやたらに自分の過去を触れ回る人の方がおかしいと思いますしね。」
厳しいヴィンの批判にルーの機嫌が少し悪くなる。
「それは確かに…そうだけど」
「なら、今は放っておくべきですよ。本人が話してくれるまで待ちましょう。」
ルーが下を向く。
この言葉がどんなにつらくても、こういうしか、今はなかった。
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