EP7.新しい仲間、そして疑問

「僕たちはだいたいがシュヴァルツ帝国に大切な人を殺されているんです。」

ヴィンが長い間使われていなかったベッドをきれいにしながら言う。

「僕は…家族同然だった友人を殺されました。ルーも…先ほど言った通り、家族を目の前で殺されているんです」

少しハイネが複雑そうな顔をする。それを見ていたヴィンは少し苦笑した。

「ようするに、この騎士団の過去をあまり詮索しないでくださいということです。君の事を非難しているわけではないので安心してください。」

それでは…とヴィンがドアを開け、部屋を出ていく前にハイネが声をかける。

「あ、ちょっと待ってくれ。」

ヴィンが不思議そうな顔をして立ち止まる。

「その…いろいろすまないな。ありがとう。」

その感謝の言葉に、ヴィンはほほ笑んだ。

「いえ、こちらこそうちの団長を救ってもらってありがとうございます。明日、僕らは六時起床ですけどお好きな時間までゆっくりどうぞ。また、ご飯のときに呼びに来ます」

キィィ、と錆びついた蝶番が音を立てて扉が閉まる。

「シュヴァルツ帝国に殺された…か。」

ハイネの独り言が少し一人で使うには広い部屋の中に響く。

「ボクの正体を知ったら、あいつらどんな顔するかな。」

どうせなら、恨まれた方が良かった。


***


騎士団全員が椅子に座り、テーブルの上を見る。トマトガーリックの冷製スープに、ピザが並び、ミートボールとキャベツのトマト煮からはおいしそうな湯気が湧き上がっていた。

「なんか今日はトマトだらけだね」

赤ばっかだな、とフィネの言葉にヤンが付け加えてヴィンに小突かれる。

「文句を言うなら食べなくてもいいんですよ?」

「ごめんなさい」

ヤンも一応食べ盛りの十八歳なため、夕食はどうしても抜けなかった。

「失礼しまーす」

先ほどの服とはうって変わってラフな格好でハイネがリビングに入ってくる。そのハイネの右腕には、包帯が巻かれていた。単純に怪我になのか、それとも何か隠している事があるのか。どちらにしてもこの団で過去を詮索するのはあまり好まれていないし、年長組みは特に気にするそぶりを見せなかったので、誰も聞きはしなかったが。

「―で、ハイネ。この騎士団に入らないか?」

アルがハイネに声をかける。

「そうだな…そりゃ別に良いが、ボクみたいなよそ者を簡単に引き込んで良いのか?」

「その辺は別に気にしないさ。」

あっさりとアルが返答し、ハイネが少し驚いた顔をした。

「よそ者も何も、同じ人間じゃない。旅するなら大人数のほうが安全でしょう?」

ルーが口にミートボールを運びながらそっけなく言う。

「ボクのこと嫌ってるんじゃないのか?」

「別に。ここに残るかどうかを最終的に決めるのはあんただし、勝手にすれば?」

ごちそうさま、とルーが言って立ち上がり、リビングを出て行った。

「あ、ぼくついて行ってくるよ。」

ヘクトも立ち上がってルーの後を追いかける。さすがに心配な部分があるのだろう。

「ヤンは…少し席をはずしてくれないか。フィネはここに残ってくれ。」

 了解、とヤンが立ち上がってリビングから廊下に出た。フィネが洗い物を済ませて席に着く。年長三人組とハイネ。

 雰囲気からしても、過去についてある程度質問をされるというのは明らかだった。

「ハイネ、この団に入るつもりでも、そんなつもりでなくても、一つ聞いておかなくてはいけないことがある。」

一応、口外禁止だからなとアルがフィネに釘を刺す。もちろん、このことを軽々しく口にするほどフィネも馬鹿ではないことを分かっていての口止めである。

「龍剣のこと…だよな。」

ハイネが龍剣を鞘ごとテーブルの上に置く。

それを見て、アルも龍剣をテーブルの上に置いた。

「ボクの龍剣に付いているのはラピスラズリ。つまり水魔法を強化する龍剣だ。」

初めて知る新たな事実にヴィンが眉をひそめる。

「魔法を強化…?どういうことだ。お前の知っていることを全て話せ。」

アルが命令するが、ハイネは薄い笑いを浮かべるだけだった。

「嫌だといったら?」

「ここでお前が龍剣について話してもデメリットは無いはずだ。違うか?」

ハイネがフィネに出されたクッキーをつまみながら考える。

「それは確かにそうだな。まあいいだろう。この先龍剣について話しておくことがメリットになるかもしれないしな。」

そういいつつ、ハイネがまたクッキーをつまむ。アルも少し紅茶をすすった。

「七つの龍剣にはそれぞれ龍がかつて司っていた魔法を強化する魔方陣が組み込まれている。その魔方陣が組み込まれているのが龍剣についている宝石だ。」

コンコン、とハイネが龍剣についているラピスラズリを叩く。

「宝石は龍剣ごとに違い、翡翠、琥珀、ガーネット、クンツァイト、スピネル、サンストーン、ラピスラズリがある。ここに今あるのは回復魔法、樹魔法を強化する翡翠と水魔法を強化するラピスラズリだな。それぞれには宝石言葉が存在し、二人以上その場に居合わせた場合は、それに見合った人物を番人が選ぶ。」

ここまで大丈夫か?という質問に対して、フィネが若干首を振ったが、アルがそのまま続けてくれと言ってしまったものだから、あとでフィネの機嫌を直すのにかなり手間がかかったのは言うまでもない。

「その宝石の宝石言葉に本人の望むもの、または特徴をつかんでいるものがあれば選ばれることが多いな。団長さんの翡翠なんかだと安定、平穏、慈悲、知恵、忍耐力だな。あてはまるやつ、あるか?」

年長三人組が目を見合わせる。

「すべて…当てはまりますよね。」

「うん。アルのこととしか思えない。」

珍しくフィネとヴィンの意見が一致する。

「今度はこっちから質問させてもらう。あんたらの騎士団、何が目的だ?」

ハイネがコップでこんこんと机をたたいた。

「シュヴァルツよりも早い龍剣の確保と世界の安定を守ることだ」

「本当にそれだけか?」

疑いの色がハイネの目に浮かぶ。

「逆に隠したところで何の利益がある?さっきハイネは“シュヴァルツから逃げてきた”といった。ということはシュヴァルツとは敵対関係にあるということだ。この内容を口外することもないだろう」

「ボクがスパイという可能性は疑わないのか」

ハイネの質問に、アルが鼻で笑った。

「それこそ疑って何になる?今そうやって俺に聞いている時点でスパイという線を自分で消しているんだ。スパイなわけないだろう」

それもそうか、とつぶやいてハイネが席を立った。

「シュヴァルツは龍剣を狙っている。この龍剣はおよそ300年前に封印された龍が宿っているとされている。この龍剣がすべてシュヴァルツの手に渡れば、ルミナは侵略戦争で必ずシュヴァルツに敗北する。」

アルがゆっくりと言葉を選びながら言う。

「もともとシュヴァルツというのはルミナとは違う次元にある世界。その世界が侵略を成功させ、シュヴァルツの人間が大量にこちらにやってくると全世界の均衡を崩しかねない。それだけは、なんとか止めなければならないんだ」

ハイネの表情が硬くなる。その表情の硬さが、何を示しているのかはアルには分からなかった。しばらく沈黙が続き、ハイネが少しため息に近い深い息を吐いた。

「用事はだいたい済んだ。じゃあボクはこれで。」

「いや、ちょっと待て」

あっさりと立ち去ろうとするハイネをアルが引き止める。

「俺たちの用事はまだ済んでない。まだ重要なことを聞いてないんだが」

「質問は一つっていう約束だっただろ?それに、あんたらが過去を詮索されてほしくないんだったらボクも同じだ。今はボクの過去もやたらと詮索しないでくれ」

呆然とするアル達を見て、ハイネが少し笑う。

「一応入団の話は受ける。けど、勘違いしないでくれよ。ボクはあんたらといるとメリットがあると思うから入団するだけだ。」

そう言ってハイネがリビングの扉を閉めた。

「何あれ、意味わかんない!」

先程のアルの仕打ちも含めてフィネが腹を立てる。が、アルは逆に落ち着いた様子だった。

「今さっき、ハイネが “今は過去を詮索しないでくれ”と言っただろう?ということは、話すべき時が来たら話してくれる可能性があるという事だ。それに、メリットがあるからという理由であっても、あれほどの力の持ち主が入団してくれるのはありがたい。」

アルが席を立ってティーカップを流し台へ持っていく。

「入団は決まったのだから、あとは時間が解決してくれるでしょう。」

ヴィンは少し苦笑しながら、ポットの中の出過ぎた紅茶をカップに注いで飲み干した。

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