EP6.龍剣使い

「ウクリィーラ」

 静かに呪文が響く。グラッジの持っていた剣ははじかれ、その近くにダガーが浮いていた。

「やれやれ、世話のかかる人たちだな」

 呪文と声が聞こえた方向を振り返る。そこには帽子をかぶった不思議な服の少年が立っていた。

「龍神よ、番人エタンよ、我に力を」

少年が呪文とともにゆっくりと腰に差さった剣を引き抜く。真っ青な光が剣をつつみ、少年の魔力に剣の膨大な魔力が上乗せされた。

「さて、めんどくさいし、ちゃちゃっと片付けるか!」

 ひゅ、と風きり音をさせて少年が空中で一振りした。そこから水魔法を伴った斬撃が飛び、グラッジの体の部位を切り落としていく。腕、脚、首。それぞれが切り落とされ、次々に悲痛な声があがる。少年にグラッジが襲い掛かるが、少年の防御結界にいとも簡単にはじき返され、同時に結界の外側を覆う熱湯でやけどを負った。

 全てのグラッジが動かないオブジェと化し、少年が剣を収める。

「大丈夫か?」

少年がアルに言う。

「ああ、とりあえずはな。ありがとう」

「いや、お礼なんていいさ。ところでさ、あんた龍剣持ってるだろ」

ぴく、とアルの耳が動く。龍剣なんて誰もが知ってるもんじゃない。それに、少年の持っている剣はラピスラズリがはめ込まれており、どこからどうみても龍剣にしか思えない代物だった。

「お前…何者だ?」

「ボクのこと?ボクの名はハイネ・シェーヌ。シュヴァルツから逃げてきた、あんたらと同じ人間だよ」

 驚くアルとは違うところを、ルーの瞳は捉えていた。グラッジと思われていたヒトの中に、人間が混ざっていたからだ。血がじんわりと地面に広がっていく、その光景がルーのトラウマをよみがえらせるのにそう時間はかからなかった。

「こ…んなこと…」

それをみながら体を震わせてルーがつぶやく。

「人間が混ざっていたなら、全員殺す必要なんて無いじゃない!こんなこと…ただの虐殺よ!」

この言葉を聞いて、ハイネがすこしルーを睨む。

「じゃあ、どうすればよかったのか?黙ってみとけとでも言うつもりなのか?ボクがあんたらを助けなかったらあんたらは確実に死んでただろう。」

「そんなこと分かってるけど…もっとやり方があったはずでしょう?」

ルーの目に涙が溜まる。

「だったら聞くが…ここでもしボクが人間を殺さなかったとしよう。そのあと残された人間はシュヴァルツに帰るだろうな。その時におそらく情報だけ引き出されてこの人間は処分される。情報を受け渡されるよりかは、ここで殺しておいた方がいいんじゃないか?」

そんなこと、もうとっくの昔にルーにも分かっていた。

「ルーちゃん、こいつの言ってる事は確かに理屈はあってるよ。少なくとも…人道的ではないけど」

フィネがゆっくりと立ち上がってルーの隣に行く。

「本当は分かってるんでしょう?二年前にそっくりなものを見て、昔の何もできなかった自分への怒りがまだ残ってるって。その怒りを―」

「分かってる。」

その怒りを、ただ少年にぶつけたかった。どこにもぶつけることのできない怒りを、思い出させた少年にぶつけようとしたのだ。自分でも分かってはいたが、止められなかった。

「ごめんなさい。アルを助けてくれたことは感謝するわ。」

ルーが頭を下げ、ハイネが少し頭をかいた。

「いや、こっちこそ言い過ぎたな。悪かった。」

アルがため息をつきながらその光景を見る。

「とりあえず、ハイネ…だっけ。詳しい話は俺の家でしないか?こんなところで話していても仕方ないだろう」

「わかった、そうしよう」

ハイネがあっさりと承諾し、ゆっくりと歩き始める。

 謝ったものの、ルーとしてはまだ、納得いかない部分があった。


***


「と、いうわけで、今夜はここに泊まっていかない?」

フィネがハイネに言う。

どうやらハイネは旅をしているらしく、もうそろそろ旅費がなくなりそうだとか。それなら―、とフィネがアルの家に泊まらせようと言い出したのだ。もともとアルの家は騎士団が拠点にしていたので、それなりに広い。

「それならいろいろ助かるな。その話、乗った。」

フィネと少年がしっかりと握手を交わす。

 あの時、二人の間で悪友と言う名の絆が結ばれたように見えましたね、と後にヴィンはこの時の様子を語るようになる。

「じゃあ、もう一度自己紹介な。ボクはハイネ・シェーヌ。呼び方はハイネでいい。さっき見たと思うが、龍剣使いだ。そっちは?」

出された紅茶を飲みながらハイネが聞く。

「私はフィーネ・エレット。こっちの銀髪メガネのおじ…お兄さんはエルヴィン・ブラウンね。」

おじさんではなくお兄さんと言いなおしたのは、無論ヴィンの目が鋭く光ったからである。過去にヴィンから、

「僕がおじさんならあなたは僕よりも年上なのでおばさんということになりますがよろしいですね?」

と聞かれたことを、フィネは忘れていなかった。

「さっき君に突っかかっていたのがルーツィエ・アイク。あの子悪い子じゃないから許してあげて。5年前に、両親と姉を殺されてるの」

なるほど、とハイネがつぶやく。

「で、さっきハイネに助けてもらったのが団長のアルノルト・ヴォイス。それからこの陰湿そうなのが私の弟のヘクトールね。」

「姉さん、陰湿は余計だから。」

ヘクトの突っ込みに少しフィネが不機嫌そうな顔をする。

「じゃあ他になんていえばいいのよ。」

「黒魔導師らしいといってくれない?」

「そんな平凡な言い方私は認めない」

「認めてもらわないと困るのはぼくなんだけど。」

「私は困らない」

かるい姉弟喧嘩を見るのは、ハイネにとってかなり楽しいものだったが、途中で部屋をヴィンに案内してもらうことになったため、その場を一旦離れることとなった。

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