EP5.番人の試練
全員が武器にそっと手をやり、戦闘準備に入る。異様な殺気と莫大な量の魔力。
“人じゃない何かと、すごい魔力を放つ物。どちらも…本来この世のものじゃない”
不意に先ほどのヘクトの言葉がよみがえる。いったいこの世のものでないものに勝てるのだろうか。
「僕が選ぶのは…アルノルト・ヴォイス。君だ」
声がやけに洞窟内に響いて聞こえた…刹那、アルから後ろに向かって結界が張られ、ほかの団員たちが弾き出される。
「なんだよこれ、どういうことだよ!」
団員たちが叫び、結界を叩く音すらも、もう結界の先にいる二人には聞こえていなかった。
チリチリと首の後ろで殺気を感じる。
「なぜ俺を選んだ」
「簡単だよ、君と僕が似ているからさ」
カイの言葉が反響してさらに不気味さを際立たせる。
「俺とあんたが似てるだと?」
「そう、君と僕は似てる。そのお人好しは今に弱点になるよ」
「お人好しだろうと何だろうと俺は何も変えない。このままで突き進んで、この世界を侵略から守って見せる」
今までしたことの全てをお人好しという言葉で片付けられ、否定されたような気がした。思わず叫んだアルの声も、洞窟内に響き渡る。
一瞬、カイの目が何かを訴えたような気がした。それもつかの間のことだった。カイの腰に差してあった剣がすらりと抜かれる。こちらもとっさに剣を構え、振り下ろされた剣をそのまま受け止めた。キィン、という独特な音とともに、カイの剣が弾き返される。右、左、下、上。その動きは戦いというより、剣舞に近いものだった。
「くそっ…なんなんだよ!」
ヤンが結界を蹴るが結界はびくともしない。
「無駄だよ。ここまでの強度の結界は人間にできる技じゃない。見守ることしか、僕らにはできない」
ヘクトの説得に、ヤンが大人しくなる。
「アル…負けちゃだめだよ」
ルーがぼそっと呟いた。
頼みの剣の腕は、互角どころの話じゃなかった。どうやってもアルとは比べ物にならないほど、カイは強かった。
はじき返す、はじき返される。攻防が続くが、カイは正確に急所を狙ってくる。大腿部、手首、腹…どれも直接死に至るような急所ではないが、出血多量で死ぬことの多いところだ。
カイがまた足を狙う。それを避けようとした瞬間だった。
「剣術に関しては落第点だ。ほら、大事な部分ががら空きだよ」
こめかみに冷たい何かが走った感覚があった。そのままその部分がカッと熱くなり、右目の視界がふさがれる。こめかみを抑え、剣をしっかりと片手で握ったが、もう間に合わなかった。下からカイの剣が振り上げられ、剣が手から離れる。衝撃でそのまま後ろにしりもちをついてしまい、遠くで剣が音を立てて落ちる音がした。
「ほら、僕の勝ちだ」
ひゅ、と風切り音がして首元に剣があてられる。
「本当に、そう思っているのか?」
「それはどういう意味かな?」
息も上がらず、汗ひとつかいていない笑顔でカイが言う。
「…こういう意味だよ!」
腰のホルダーに収納してあった銃を抜き、カイに向けた。これは剣だけでは心配だからというヴィンの進言でヤンから借りたものだった。銃口を定め、引き金を引こうとする。
「それを打つのかい?僕に向かって…?」
カイが指を鳴らし、姿が変わる。驚いて、声も何も出なかった。
「な?だから言ったじゃないか、お人好しは弱点になるよって」
その姿はまぎれもなくアルの妹の姿だった。
「それ…は、ただの卑怯者っていうんだよ!人の記憶あさって楽しいか?」
「そういうことを言ってるんじゃない。ただ単に、仲間や家族も殺せないような生半可な覚悟じゃこの先やっていかれないって言ってるんだよ」
生半可?覚悟?わざわざ人の記憶引張りっ出して、死んでいる妹の姿を借りるやつが、何を言っているのか、言っている意味が分からなかった。
「俺は…仲間を誰一人として死なせない。そういう覚悟でやってきたんだ。今更お前が覚悟だのなんだの語るんじゃねぇ!」
怒りに身を任せて引き金を引く。銃弾は、みごと額に的中した。ぐわ…と妹に似せた者の顔がゆがみ、元のカイの姿に戻る。カイの顔には弾の後などなかった。
「そうかい…。それが、君の答えかい?」
こめかみがじわじわと痛む。見上げているカイの顔がよく見えなくなってくる。あふれてくる血を袖でふきながら、それでもカイの顔をにらんだ。
「…―試練は終わった。結界は解こう」
音もなく結界が崩れ、ルーが一番にアルに駆け寄った。
「アル!大丈夫?けが見せて」
「このくらい大丈夫だ」
足に力を込めるが、うまく立てなかった。ヴィンがそっと肩を貸し、ようやっと立つ。
「まだ君のことを認めたわけではないが、龍剣を君に授けよう」
カイが片手をひょい、と動かすと同じように龍剣が浮き上がった。そのままアルの腰に差さる。
「認めたわけじゃないって、どういうこと?」
フィネの目に鋭い光が宿る。
「今回は覚悟があるかどうかを確かめたかっただけ。
本当に覚悟があるのかどうか、それを試される出来事がこの先きっと起きるだろう。
もしその時に覚悟が正しい物であれば、その龍剣の全ての力が解放されるようになっている」
わずかに返事をするかのように龍剣についている翡翠が光った。
「僕はこんなものだったけれど、ほかの仲間は必ず君たちを本気で殺しに来るだろう。今回のように、認めてもらうということはおそらくないと思っておいた方がいい」
全員がその言葉にうなずく。
「礼を…いうべきだろう。感謝する」
「いや、感謝されるほどのことはしていないさ。むしろ、当たり前のことをしただけだよ、君たちと同じようにね」
カイの顔に、最初にあった時のような少し困った笑いが浮かぶ。そのままカイはゆっくりと透明度を増し、消えていった。
こめかみの傷の止血を行い、包帯を巻いておく。疲れているアル以外に治癒魔法をつかえる者はおらず、とりあえず洞窟から出て一旦また、元の家に戻るしかなくなった。
洞窟の外にでて、あまりにも眩しい光に目を細める。生きて出られたのだと安心したのも、つかの間だった。
「そこまでだ」
機械音に近い声が周囲に響く。周りを見渡すと、そこはグラッジの巣窟と化していた。
「へえ、作り物の犬が人間の言葉をしゃべれるようになったとは初耳だな」
「口を閉じ、手を上げろ」
なるほど、人語は理解できても感情がないから挑発には乗ってこない。そういうことか。ヴィンと目を見合わせて確認する。
「武器を使って抵抗しようとなど思うな、早く手を上げろ」
アルの首筋に短剣があてられ、全員がしぶしぶ手を上げる。
「まったく、物騒な奴らですね。」
ヴィンが冷たく批評する。
「何が目的だ。」
「お前たちならわかるだろう」
アルの冷ややかな目線に相手はびくつくこともなく、返答した。
「みなさん、とりあえず従う事にしましょう。あとでお礼はたっぷり…?」
ヴィンの語尾が消えたのは、ルーが足を高く跳ね上げ、それが敵の顎に入ったからである。そのままルーがアルに剣を向けていた敵の腕を手刀で叩く。グラッジの腕から明らかに何かが折れた音がして、即座に悲鳴が上がった。一応痛覚はあるらしい。
「武器を使って抵抗しよう―?ずいぶんなめられたものね。武器なんてなくても、抵抗なんていくらでもできるわ。それに、あんたたちの相手なんて私とヤンで十分よ」
え、俺!?と叫ぶヤンの前でポケットから皮手袋を取り出し、手に装着しながらルーがにっこりと笑う。
「私たちの団長に刃物を向けたこと、あの世でたっぷり後悔しなさい」
そのままルーが構えを取り、間合いを詰める。
「結局こうなるのかよ…仕方ねぇなぁ」
ヤンがホルダーから魔法銃を引き抜き、いつでも打てるように構える。
「団長たちは下がっててください。俺たちで何とかするッスから」
そういった瞬間、ヤンの目の前を気絶したグラッジが飛んでいった。
「まず一人目!」
ルーが叫ぶ。そのまま次のグラッジの腹に肘をたたき込み、後ろから来た別のグラッジに背負い投げをお見舞いする。その反動を利用してバク天をした後中で軽く回転し、地面に降り立ち、そのまま足を上げて他の敵の顎を蹴り上げた。顎の骨の砕け散った音がして敵が仰け反る。それを気にせずにルーはまた次の敵のみぞおちに拳をたたきこんだ。
「ルー、いくぞ!」
ヤンがルーの肩を利用して階段を二段とばしで上がるかのようにジャンプする。体をひねり、セミオートの拳銃のリズミカルな銃声音とともに銃弾がグラッジの腕に命中した。あまりの痛みに武器を手放したグラッジにルーの蹴りが襲い掛かる。
戦いはヤンたちの圧勝だった。だが、後ろにいたアルに、グラッジの影が近づいていることに、誰も気づきはしなかった。鈍い金属の光、忍び寄る影。
「アル、後ろ!」
ルーが一足早く気づき、注意も促すも間に合わない。剣がアルの首元に伸びる…思わず目をつぶった。が、聞こえてきたのは骨の折れる音ではなく、金属音だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます