EP4.第一の番人

 そこからの準備はすさまじく速かった。もとから旅をすることを前提に全員が集合していたため、特に準備することがなかった、といった方が正しいかもしれない。

全員が出たことを確認し、最後にアルがしばらくドアを開けることの無くなるだろう我が家に鍵をかけた。フィネ、ヤン、ヘクト、ルーが四人横に並んで前を歩き、アルとヴィンが後ろからゆっくりとその後をついて行く。

「こうやってると、二年前みたいだな。」

懐かしい、とアルが笑う横でヴィンが苦笑を浮かべた。

「あの頃の僕たちはもっと、復讐にとらわれていた部分がありましたからね。あの頃とは、もう何もかも違う。」

ふっ、とヴィンの顔に悲しみの色が浮かび、すぐに消えた。二年前、騎士団のメンバーはかけがえのない人たちを殺されて、今ここにいる。両親、友達、兄弟姉妹。それを全て、シュヴァルツは奪い去っていった。

「復讐か…悲しい響きだな。」

アルの顔にも、悲しみの色が浮かんでいた。

「まあ、今となっては…ってやつですよ。一応今はみんな幸せだと思いますし、今更過去のことを気にしたって、仕方のないことです」

木漏れ日がヴィンの眼鏡にあたって反射する。どんな目をしているのか、アルの角度からは見えなくなった。

「アルは―…どうして騎士団を結成したかとか、僕以外には話さなかったんですか?」

「話す必要を感じなかったし、何より同情してもらいたくて騎士団を結成したわけじゃあなかったからな」

シュヴァルツとの侵略戦争が激化し始めたころ、アルは最初に昔から親しかったヴィンを騎士団に勧誘し、騎士団を結成した。もちろん、“侵略を止める”ということは表向きの目的で、あのころの本来の目的は“自分の大切な人を殺した人を殺す”ことだった。

 だが、半年間旅をして、侵略を退けていく中で、そんなことをしていても何にもならないことに気が付いたのだ。復讐さえすれば、何かが変わる気がしていたのは、全て違っていたのだと、その時初めて、アルは感じたのだ。

「あのころの俺たちは若かったよなぁ。復讐したからと言って、俺の家族もお前の友達も帰ってくるわけでもなかったのに」

 二年前のことを思い出しながらアルが笑う。

「若かったって言ったって、今だって十分若いと思いますよ。貴方はまだ二十四歳ですし、僕もまだ二十二歳だ。まだまだ、先は長いと思いますよ」

アルの顔に、苦笑いが浮かぶ。

「そうだな、まだまだだな」

「なーに深刻そうな顔で話してんの?」

不意にフィネの声がして、ヴィンとアルが驚く。

「おっ…前なぁ、もう少し普通の声のかけ方できないのか?」

「えー?だって、このほうが面白そうだと思ったから?」

くすくすとフィネが笑い、フィネにつられてか、他の3人もアルたちの周りに集まった。

「団長、この先に強い魔力を感じるよ。たぶん龍剣はこの先―…」

ヘクトの言葉にアルがうなずく。

「俺もそれ、気になってたところだ。ヤン、ルー、偵察に行って来い」

ヤンの顔が途端に明るくなり、ルーがめんどくさそうな表情をした。

「アイアイサー!」

走り出したヤンを追いかけるように、ルーが走り出す。それを見ていたフィネが唐突に笑い出した。

「アイアイサーって海軍にでもなったつもりなのかな」

フィネはかなり笑った後、少し表情を硬くした。

「この先に龍剣があるなら、この先には番人もいるってことよね」

フィネの言葉にアルが口笛を吹く真似をする。

「へえ、さっきの話ちゃんと聞いて理解してたんだな。フィネにしてはやるじゃないか」

まさにヤブヘビとでも言うべきだろうか。

アルの返事はフィネにとってかなり辛口なものとなった。

「私にしては―ってどういう意味よ?」

「いや、今まで理解力とかが無くて苦労してきたからな。」

「私だって二年たてばこれくらい変わるんですぅー!」

フィネが軽く背伸びしてアルに抗議する。すまん、とアルも軽くフィネに謝った。

瞬間、ヤンの声が遠くから響いた。すぐにヤンが木の枝を器用に跳んで移り、アルの近くにスタッと着地する。

「十点満点!」

とフィネが評価してヤンが笑う。そのすぐ後に続けてルーが着地した。

「団長、ビンゴだったッスよ。この先もうちょいしたら洞窟があるんですけど、めちゃくちゃ緑色に光ってましたし、魔法の使えない俺らでもわかるくらいに魔力が出てました」

分かった、とアルが返事をして荷物を背負いなおした。

「いつでも戦えるようにしとけよ。このまま先に進もう」

といったものの、洞窟の中は意外にも一本道で、かなり楽に進むことができた。何か出てくるだろうと思っていただけに、拍子抜けしたほどだ。

「案外楽だったね。魔物も何もいないなんてさ」

フィネが笑いながらそう言う。

「それに、翡翠で埋まってるのも入り口付近だけだったしな。面白くねぇの」

それでも、この先に何があるかなんて誰にも分からない。そんな能天気な態度をとるヤンとフィネにも、一応そのことは分かっていた。

「アル…この先なんかおかしいよ。」

突然、ヘクトが立ち止まる。

「何がおかしいんだ?」

アルの問いに少しヘクトが顔を強張らせた。

「人じゃない何かと、すごい魔力を放つ物。どちらも…本来この世のものじゃない。」

人じゃない何か、というのはおそらく番人のことだろう。すごい魔力を放つ物も、おそらく龍剣。番人は既に人の形を成していないし、そもそも物は魔力を持たない。ヘクトがこの世のものでないというのも理解ができた。

ふと顔を上げると、緑色の何かが光った。光の方向を見ると、フードのついた古代風の服を着た青年が龍剣と思われる剣の置いてある台の横に立っていた。

青年がゆっくりと振り返る。その瞳は…アルと同じ藤色だった。

「やあ。やっときたんだね。待っていたよ」

妙に響く声で青年が言う。

「君は?」

アルの言葉に、青年は笑った。

「僕の名前はカイ。カイ・ベルネだよ。君たちなら聞き覚えくらいあるだろう?」

ああ、そうか。これが番人か…。カイ・ベルネといえば、華のベルネ騎士団の団長を務めたとされている青年だ。

「まずは…二年前、この世界を守ってくれたこと、感謝するよ」

柔らかな物腰でカイが言う。

「俺たちは自分の力で自分たちの世界を守っただけのことだ。特に感謝されることなどしていない」

「いや、君たちはそれ以上のことをしてくれた。それに、今回だってこうやって侵略を止めるために動いてくれているじゃないか」

にっこりとカイがほほ笑む。正直番人というのはもっと“ヒトからかけ離れたもの”を想像していたが、どうやらそれは違うようだった。

「君たちには聞こえるかい?世界の震える声が」

カイの言っていることが一瞬わからず、聞き返そうとした瞬間だった。その場の全員の脳の中をたくさんの声が駆け巡った。言葉にならない悲鳴。とても悲しくて、つらい声だった。

「幼子のように、侵略を恐れているんだ。この声は、この世界が泣き叫んでいる声なんだよ」

世界が泣き叫ぶ。それほど、侵略が怖いのだ。

「さあ、この声を聞いたからには僕に勝つか、死ぬかしかないはずだ」

 カイには先ほどの少し困ったような笑顔はもう、どこにも無かった。あるのはただ底の見えない不気味な笑顔だけだった。

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