第一章 アルノルト、苦悩する

EP3.新しい目的

「さてと…これからどうするか、だよな。」

 アルが少し二日酔いで痛む頭をさする。

「そうですね、まずは近場からつぶしていくのがいい…ってアル、また二日酔いですか?」

顔色の悪いアルを見て、すぐにヴィンが察する。

「お前…よく蒸留酒一本一人であけてピンピンしてられんのな。」

「そりゃあ、アルとは体のつくりが違いますから。」

クスクスと控えめに笑いながらとヴィンが言い返す。確かにそうかもしれないが…とつぶやくアルを横目に、ヴィンは本棚からある一冊の本を取り出した。

「少しお勉強でもしますか。」

ヴィンがニッコリと笑って投げた本をアルが軽く受け止め、ずいぶんと長く使われている栞のはさんであるページを開いた。

「龍剣の構造と歴史についての記述のされた項目です。いわゆる禁術を使って作られた剣ですからね。どうりで黒魔法の専門書に乗っているわけですよ」

ふと顔を上げると注ぎ立てのコーヒーの良い香りが漂ってきた。コーヒーを二つテーブルに置いて、ヴィンが席に着く。同時にアルが本から顔を上げ、少しの間固まった。

「ヴィン、辞書とってくれないか。古代語と専門用語が多すぎて全く読めない」

「それって僕が読み上げた方が早いのでは?」

「いや、お前よく意訳するからいいよ」

 普通に意訳するのなら全く問題はないのだが、言葉の端にとげを感じることがあってあまりヴィンの意訳は好きではないのだ。一応ヴィンもそういう理由でアルがヴィンの訳を苦手に思っていることも知っていた。

 はいはい、とヴィンが辞書を取りテーブルの上に置く。赤い線がたくさん引いてある辞書をばさっと音がするほどの勢いで開け、アルが専門書を読み解いていく。次に顔を上げた時には、コーヒーは完全に冷え切っていた。

 龍剣が誕生したのは、今からおよそ三百年前のことだと、その本には記述されている。三百年前は今となっては伝説の生き物とされている龍が世界を支配していたという。人間は龍に支配される世界を何とか変えようとして、動き始めた。その中でもっとも活躍したのはベルネ騎士団といわれるヴォイス騎士団と同じルミナリア教に所属する騎士団だった。

 ベルネ騎士団は見事7匹の龍を龍剣へと封印し、現在の理想郷と呼ばれている世界、ルミナの六か所に龍剣を置き、“番人”としていまなお、この世界にある龍剣を守り続けている。

「っていうのが前提の話なんだが…大丈夫か?」

「いや、さっぱりっすね」

アルの問いにヤンが苦笑いしながらそういう。となりでフィネも何とも言えない顔をしているので、とりあえず自分たちがマズイということは分かっているようだ。

「歴史の部分は分かるんすけど、構造がさっぱり」

炭酸飲料を飲んでごまかしながらヤンがそう言う。

 ―…おいおい、銃の改造を繰り返してとうとう限られた人間にしか扱えないような化け物に仕上げたのはどこのどいつだ、と突っ込みを入れたいところなのだが、それはまた今度にしておくことにする。

「まあ、ものすごく簡単にいうと、剣の柄の部分にはめ込んである宝石に龍が封印されているんです。ただそれだけでは龍の力は暴走する危険性があるんです。ですから、龍の力を暴走させないためにも“番人”が一緒に宝石の中に封印されているんですよ」

 どうやって封印されているとか言っててもしょうがないでしょう、とヴィンが笑う。

「なんだ、そういうことなら早くいってくれればよかったのに」

フィネが笑ったままそう言った。直後、がしっとフィネがヘクトに頭をつかまれ硬直する。

「姉さん、いい加減にしましょうね?あなたいくつになったらこういう話を一発で理解できるようになるんですか?」

「えっ、それは…後二、三年すれば…」

「前も同じこと言ってましたよね?姉さんはもう二十歳過ぎてるんですからいい加減自覚を持ってください」

「は…はい、スミマセンデシタ」

フィネがこってりとしぼられてへこむ。しっかりと姉を叱った後、ヘクトが少し何か疑問を感じたようだった。

「そういえばヴィンは龍剣のある国は6つしかないって言ってたよね。」

その言葉に、ルーもピンときたようだった。

「つまり残りの一つの剣は…」

「さすが、感がいいですね。そうです。すでに一つは向こうの手に渡っているんです。」

向こう、というのは無論、シュヴァルツのことだ。

「つまりあれだろ…ほら、ただ龍剣を集めるだけじゃダメってことだ。」

ヤンが事態を察して言う。

「そうですね。向こう側から奪う必要があります。」

「奪うって…また過激な表現するなぁ…」

 少し頭を掻きながらフィネが言う。実際はフィネの脳内も過激な考えで満ちているため、人のことを言える立場ではないはずなのだが。

「返ってそのくらいの方がいいかもしれないわよ。」

意外にもそう言ったのはルーだった。

「2年前…私たちがあの人たちにどんなことをされたか覚えているのでしょう?私はあの人たちを、絶対に許さない。」

ルーの目に強い怒りと悲しみの色が浮かぶ。この騎士団の中で一番に気の優しいルーをここまで怒らせる事の何か。他の団員たちは、それが何かよくわかっているだけに、何も言えない状態となっていた。

「ルー、それは分かるけど…今はその話をしてるんじゃない。それに許せないなら、なおさら龍剣を向こうに渡しちゃいけないんだ。だよね、団長?」

「ああ。その通りだ」

上手くヘクトが話をつなぎ、アルは内心、少しホッとした。

「で、龍剣を手に入れるためにはどうするんすか?」

ヤンがさくっと話を本題に戻す。

「ああ、それなんだが、どうやら手に入れようとするには番人と戦わなくちゃいけないらしくてな。それが厄介なんだ」

ぽつり、とアルがそう言う。

「 “番人”と戦う…って、“番人”に実態があるんスか?」

「いや、実体はない。彼らが龍を封じ込めた技というのは実は黒魔術の禁忌に触れているんだ。そもそも一定以上ランクが上の黒魔法は何かを代償にっていうことが多いんだが、その中でも術者、他人共に肉体、魂を代償とすることは禁忌とされている」

「そりゃまたなんで…」

「 “不老不死になること”が可能だからだよ」

いきなりのヘクトの言葉に、ヤンとルー、フィネが絶句する。

「たとえば、他人の体を犠牲にして自分の体を若返らせることができたり、他人の魂を使って人を生き返らせることだってできたりする。だけどそれってこの世の理に反しているじゃないか」

まあ、そんなことをするためにはかなり高度な黒魔法が使えて、なおかつ魔力がかなりないと無理なんだけどさ。とヘクトが付け足す。

「でも、龍を閉じ込めて自分が守るようにしただけなんだろ?だったら禁忌なんて…」

「よく聞いて、ヤン。あの封印魔法はね、自分の魂の一部を犠牲にして龍を封じ込める結界を作っているんだ。そして、自分の肉体を犠牲に作った封印するための器が宝石になっただけのこと。彼らは、自分の肉体と魂、両方を犠牲にしているんだよ」

ヘクトのやさしい口調で告げられた言葉が、心の中でゆっくりと沈殿していく。沈黙の中で、一番最初に口を開いたのはアルだった。

「少し話題がずれたが、肉体を犠牲にしているのだから彼らに実体はない。だが、龍の力を借りることによって実体に近い実在しない肉体…虚像を作ることはできるんだ。彼らはその虚像を使って勝負を挑んでくるというわけだ」

ヤンがぐっと口をゆがめる。実在しないということはどんな攻撃を仕掛けてくるのかわからないということだからだ。

「戦い、というのも、実際に殴り合いになるのか、何か試練があるのかさえ分かっていない。だから、対策のしようがない。これが一番厄介なんだ」

アルが一気に一言でそういい、息を吸い込んでため息をつく。

「だったら、最初から考えることなんてないんじゃない?」

ルーが突然意見を言う。

「対策のしようがないんでしょ?だったら最初からそんなこと考えるだけ無駄だわ。対策のことなんて考えなくてもいいじゃない。そんなにうじうじ考えるなんて、アルらしくないわ」

ハッと鼻で笑うようにルーが言った。

「考えるように行動しろ、先のことなんて終わった後で考えろ、前だけ見てればいい。そう言い続けてきたのはどこの誰?対策の立てようがないならまず行動じゃないの?」

違う?とルーが笑ったままアルに問う。しばらくアルは、黙ったままだった。

「アル、今回のことはルーが正しいと僕も思いますよ。確かに、考え込むなんて貴方らしくない。それに、何か合理的な答えを出さなくとも、ここにいる全員はあなたについていきますから」

アルがまたため息をつき、ぐいっとコーヒーを一気に飲んだ。

「考え込んでる暇なんてないんだったな…よし、行動に移そうか」

ふっとアルが意地悪そうに笑う。その笑顔に、全員が笑った。

「団長はやっぱりそうでなくちゃ。で、どこから攻めるつもり?」

ルーがアルよりもさらに根性が悪そうに笑う。

「まずはやっぱり…近場からだろう」

トっとアルが地図上の一点を指す。そこには古代文字で、“翡翠の洞窟”と書かれていた。

「そこには、翡翠がはめ込まれた龍剣が眠っていると言われています。なんでも、洞窟の中は翡翠の光が反射して緑色なんだとか」

「だが、そこに龍剣があるという確証はない。シュヴァルツに通じる穴がその近くにあるということと、その近くに伝説が残っているということだけだ」

ヴィンの言葉にアルが付け足す。

「伝説?」

「そう、三百年前、龍を封印したとされている日、周辺の地域で七つの色の光のうち緑色の光が一筋降ってきてその洞窟の中へ入って行ったそうだ。そしてそれまで何もなかったその洞窟の入り口から中にかけて翡翠で埋め尽くされたらしい」

その言葉にフィネがくすっと笑った。

「それまで何もなかった…ねぇ。ってことはやっぱりこの近辺じゃそこが一番怪しいと思うよ」

「そうだな、俺もそう思うよ。それじゃ、みんな準備しろ。すぐに出発するぞ」

冷えてしまったコーヒーをぐいっと飲み干して、アルは立ち上がった。

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