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シーン6

 

 

 

 ホニャラララ層・赤の女王領に突如開いた穴。

 その穴と、もう1つホニャラララ層・姥捨山を丸ごと消し去る大穴が、地獄まで空いていた。

 その穴を落ちる、1つの大群と、1つの影______

 

 

 

 

 

 

 言葉が弾む、物理的に。

 語意は上げても、流されていく音・・・だって落下しながら話してるんですもの・・・

 

 「ねえ! 飛んでるよ! 私たち飛んでレラだね!」

 

 「違う! 英枝! 落ちてるの! 落ちてるノブイル!」

 

 落ちていく落ちていく。

 最初はナオミンも、パンデモニウムも飛ぶ努力をしていたが。

 地面の見えない底無しの落下に諦めた。

 

 「大丈夫! 緊急パラシュートが開くから!」

 

 ナオミンは、自分の背中を指差してブイサイン。

 

 「ナオミンさんだけじゃん! 助かるの!」

 

 「ねえ! 手を開いてみてお姉ちゃん! ヤバイよ! ムササビの気持ちがわかるよ!」

 

 「ムササビの気持ちなぞわかりたくないわ!」

 

 「解放感マックスだね!」

 

 キャッキャッと騒ぐ英枝とナオミンの楽天的な落下に。

 壬空の不安感は独り駆り立てられる。

 

 地獄へ落ちている。

 私たち姉妹は今、地獄へと落ちているのだ。

 

 ___壬空なのにね___

 

 「え? 何を言っているのパンデモニウム。」 

 

 脳に囁く揚羽蝶の声。

 

 ___空が嫌い___


 「いや、好きだよ。地獄への片道切符を掴ませられてなければね。」

 

 私の名前は壬空。

 正直、"壬"の意味がわからないが、美空なら良かったのにと思ったこともあったが・・・

 空は好き。

 それに両親がつけてくれた名前を嫌いになるわけ・・・・・・・・・・・・・・・ 

 

 ___両親?___

 

 ___私の両親は何処にいるの?___

 

 頭に響く別の声。

 "妖精たちの声"


 「パンデモニウム?」

 

 止まって見えた壬空の目に映る万物が。

 ナオミンも、パンデモニウムも。

 今のいままで鳥のまねをして腕をはためかせていた妹・英枝も・・・

 

 ___貴女は無性生物?___

 

 ___初瀬川壬空アメーバ___

 

 ___お母さんはどんな顔? お父さんはどんな声?___

 

 

 

 

 

 なんで、思いだせないのだろうか。

 そんな当たり前のことを。

 初瀬川壬空、21歳。

 私の名前はどこから来たの?

 あの家は誰の?

 

 どうしてが溢れ出す。

 どうして、私たちしか居ないのかな。

 どうして、親の心配をしなかったのかな。

 どうして、学校に通えてるのかな。

 どうして、ご飯を食べれるのかな。

 どうして、どうして、どうして、どうして、どうして・・・

 

 当たり前じゃないことに揉み消されて、

 当たり前を忘れていた。

 

 「お姉ちゃん?」

 

 ___初瀬川壬空は何者なの?___

 

 ___初瀬川英枝は何者なの?___

 

 英枝の声が聞こえた。

 揉み消された。

 ノイズに、ノイズに。

 

 「英枝・・・?」

 

 「なに? お姉ちゃん・・・?」

 

 「英枝の名前の語原って・・・なに?」

 

 「優れて美しい枝だっけかな。」

 

 「誰が?」

 

 つけたの、教えたの。

 

 「・・・お姉ちゃんどうしたの?」

 

 世界の崩壊の中、自己崩壊する間抜けが落ちていく。

 地獄へと地獄へと。

 

 「捕まって! アラートだ!」

 

 地表が近づいた合図。

 ナオミンに手を引かれ、壬空の身体が急浮上。

 パンデモニウムにしがみつき、英枝の身体は空へと止まる。

 

 「ようこそ、地獄へ! 今度は不時着成功だね。」

 

 壬空はおそるおそる、地獄の景色を見ようと目を開ける・・・

 血の池か、針山か、金棒を持った鬼か。

 どんな地獄絵図なのかと。

 

 「ゴボウ・・・」

 

 地獄へと落ちてみれば、そこは1面のゴボウ畑だった

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土星人たちは母船が空けた大穴を何マイルも下り、

 ついに"日記"を見つけた。

 ずっとずっと欲しかったモノ。

 太陽に邪魔をされ、月に隠され手に入らなかった娘の"日記"。

 "法"に邪魔されて、あと1歩の所で届かなかったが。

 

 それでも、片割れを手にいれた・・・

 母船に持ち帰ることにしよう______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僅か数秒の出来事。

 ああしていれば良かったと後悔が波のようにおしよせてくる。

 引かない波、いずれ波に押し寄せられ満ち溢れてしまう無念。

 

 パンデモニウムは只の揚羽蝶。

 少し大きいだけの虫。

 

 そんなものに、英枝を託してしまった。

 私の目には、ボロボロになった羽を弱々しく羽ばたかせる蝶は映らない。

 

 ___ごめんね・・・壬空・・・助けられなくて・・・___

 

 「誰にも助けられぬ、その娘の事は。」

 

 「閻魔様・・・」

 

 パンデモニウムの20倍はあろう、モッサリと髭を蓄えた巨人・閻魔様は低く呟いた。

 ああ、私しか守れなかった。

 これまでもそうだったじゃないか。

 あの子を守れるのは私だけだった。

 

 「壬空ちゃん、行こう。」

 

 「奴等のところへでしょう、ねえナオミンさん。

 英枝を連れてった奴等の所に、その足で連れてってくれるんでしょう?」

 

 壬空は淡々と、坦々と声だけをナオミンに向け大穴から上を見上げている。

 地獄へ着いた瞬間、待ち伏せていた大量の土星人たち。

 壬空と日記はナオミンに守られたが・・・

 英枝は・・・

 土星人のレーザー銃をかわしながら飛ぶパンデモニウム、揚羽蝶は撃ち落とされ。

 英枝だけが奴等につれていかれてしまった。

 

 「違うよ、壬空ちゃん。マントル博士のところだよ。」

 

 「・・・・・・んなこと、どうでもいい!」

 

 ナオミンの煤けたスーツを掴み壬空は叫ぶ。

 

 「行きたきゃあんただけで行けばいい! 私は行かない!

 英枝を追う!」

 

 「無理だよ、博士の兵器がないと土星人の母船を纏うバリアーは突破できない。」

 

 「私には"日記"がある!」

 

 「ないよ、それは貴女たちの"日記"だから。壬空ちゃん一人じゃあ扱いきれない。」

 

 「じゃあ!」

 

 「駄々こねるな! お姉ちゃんでしょう! コアへ下り兵器を使って土星人の宇宙船に乗り込めばいいんだよ! それしかないんだよ!」

 

 ナオミンさんの目をそこでやっと見た。

 壬空よりも赤く充血していた。

 

 「通して! ・・・・・・通してください。閻魔様なんでしょう? 私を・・・英枝を助けたいんです・・・」

 

 壬空たちを取り囲んだ土星人たちを地獄の王が追い返してくれた。

 それは感謝してもしきれないことだが、

 それよりも、英枝を助けたい。今すぐにでも追いたい。

 その為にココを通らなければならないんです。

 

 ___ありがとう___

 

 ___その言葉が出ない___

 

 「試練を与えるハセガワミソラ。」

 

 「試練・・・ですか? それに受かれば通してくれるんですね?」

 

 何でもいい、何でもやる。

 血の池に飛び込めでも、剣山でも、業火でも。

 英枝の為なら耐えられる。

 英枝のためなら乗り越えられる。

 

 「ソナタの試練は・・・ソナタを受け入れることじゃ。」

 

 「受け入れています、初瀬川壬空のことは。私自身が誰よりも!」

 

 閻魔様に向かって叫ぶ壬空。

 それに対し、閻魔様の大きい人差指が壬空の頭に優しく触れられる。

 

 「思い出せハセガワミソラ。受け入れてみよ____________ 

 

 

 

 

 

 

 『お父さんと一緒に寝よう、美空。』

 

 『いいよ!』

 

 だれだろう、この少女は。

 お父さんと娘か・・・そうかこれは

 

 ___私の過去___

 

 ___初瀬川壬空の過去___

 

 『お父さん、何か変だよ・・・・・・痛いよ・・・!』

 

 『我慢して、美空。もう少しだから・・・』

 

 ___酒に酔った父親が10歳になった私のベットに入ってきました___

 

 『お母さんには絶対に言うなよ。』

 

 ___何も知りませんでした、初めてのコトだったから___

  

 ・・・・・・。

 

 『お母さん、ねえお母さん・・・何でもない。』

 

 ___誰にも言えませんでした___

 

 ___週に1度、10日に1度。父親は寝静まった母の目を盗み、私のベットに入ってきました___

 

 ・・・・・・がう。

 

 ___その意味を知った私は抵抗しました___

 

 ___殴られました___

 

 ___蹴られました___

 

 『お母さ・・・ん・・・・・・お父さんが・・・』

 

 ___泣きながら母に助けを求めたのは中学2年の時でした___


 ___母も泣きながら私を抱き締めて___

 

 『ごめんね、美空・・・ごめんね、気づいてあげれなくて・・・』

 

 ・・・・・・ちが・・・う。

 

 ___それから、酔った父は私の所に来なくなりました___ 

 

 ___代わりに母は日に日にアザだらけになっていきました___


 ・・・・・・ちがう。

 

 ___母がいなくなったのは高校1年の時___

 

 ___学校から帰ると手紙が1枚___

 

 『「ごめんね、美空。ごめんね、美空・・・」』

 

 壬空の口が自然に動く。

 呼び起こされた"記憶"に合わせて、何度も何度も見た手紙の内容を・・・

 パンデモニウムは傷だらけの羽を羽ばたかせ何処かへと飛んでいく______

 

 ・・・・・・ちがう・・・ちがう・・・これは私じゃない・・・

 

 『アイツは逃げた、お前を置いて。

 お前がアイツの代わりになれ、美空。』

 

 ___毎日___

 

 ___毎日___

 

 ___毎日___

 

 ___毎日

 ___毎日

 ___毎日

 ___毎日

 ___毎日

 ___毎日

 ___毎日

 ___毎日__毎日___毎日___ 

 

 殴られた___

 

 ___蹴られた

 

 ___犯された

 

 ___痛かった

 

 ___父親に

 

 ___茶色いゴボウに突かれて

 

 ___泣いた

 

 ___殴られたアザが身体中に出来た

 

 ___哭いた

 

 ___2度中絶した

 

 ___鳴いた

 

 ___好きな人も作れなかった、私が穢れてたから

 

 ___啼いた

 

 ___逃げることも出来なかった

 

 ___書いた

 

 ___日記に

 

 ___死ね

 

 ___書いた

 

 ___日記に

 

 『「私を犯す、父親を殺したい」』

 

 出来なかった。

 

 ___殴られた

 

 包丁を構えて。

 

 ___怒鳴られた

 

 父親を殺すのか?

 

 ___切った

 

 手首を。

 

 ___痛かった

 

 自分の手首を、私は切った。

 

 ___願った

 

 いや逃げた、夢の中に。

 手首を切って死に逃げた。

 

 忘れもしない父親の言葉

 

 『アイツと一緒だ______』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミソラは日記を抱き締めて膝をつく。

 光を出す日記はミソラの"心"と同化するかのように、ミソラの中に入り込んでいった・・・・・・

 

 夢だった。

 納得がついた。

 思い出した。

 私は______長谷川美空は手首を切って入院したんだ。

 

 そして、また切った。

 このまま覚めない夢を見たいと願いながら______

 

 幸せな家庭に産まれたかった。

 可愛い妹が欲しかった。

 素敵な男性とお付き合いしたかった。

 恋したかった、家族の愛を感じたかった。

 

 英枝が出来た、可愛い妹。私の半身。

 たくさんの男の子と恋をした。私の都合で別れてやった。


 お母さんもお父さんも要らなかった。

 私と英枝。

 二人がいれば良かった。

 

 家族と彼氏。

 

 そんな当たり前のことすら夢に求めて、

 

 私は眠った。

 永遠に覚めないでと願いながら______

 

 

 

 

 ミソラの後ろに大きな鎌を持った男が立っていた。

 顔がぼやけて見えない男は、ミソラの首筋に切先をあてがい。

 

 「・・・・・・・・・・・・殺して。」

 

 

 

 ミソラは目を閉じた。

 

 大鎌はそのままミソラの首をはねんと振り下ろされ______

 

 

 

 

 

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