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シーン2

 

 

 

 

 

 相上太一。享年23歳。

 

 「僕の人生は非常に退屈だった。彼女に出会うまでは・・・・・・」

 

 ___穢れなき壬空___

 

 ___穢れなき太一___

 

 ___白雲が橙色に染まるころ、二人の影は重なった___


 「壬空との一番の思い出は、河川敷でのキャッチボール・・・左肘の怪我で中学最後の公式戦を棒に振った僕へのエール。」

 

 太一は懐かしそうに、左肘の"あった"箇所をさする。

 "妖精たち"に支えられなければ立つこともままならない姿になった。

 大学卒業とともに、スポーツドクターとして働きだした太一は、今日も八王子の治療院で施術をしており、

 仕事中に堕ちた1本のミサイルに、身体の8割以上を根刮ぎ奪われたのだった・・・

 

 「僕の胸に収まる白球 、壬空の投げる放物線は夕焼け空に刺さった。中学生の挫折も今思い返せば小さなこと。でも必要な過去。今の僕を作る構成要件。灰色の僕の心に色を挿してくれた・・・」

 

 "妖精たち"が太一を光の中へと連れ去っていく。

 

 「カラフルな君が好きでした、壬空ちゃん。」

 

 彼の言葉も、紡ぐ口も爆風が消し飛ばした。

 壬空に届くこともなく______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お姉ちゃん! ストップ!」

 

 初瀬川家の居間、妹の、英枝が必死に姉・壬空の足にしがみつく。

 

 「自転車で半日走ればつくよね! 八王子!」

 

 「なんで!? 爆心地なんでしょ! お姉ちゃんが行ったところで、太一さんは喜ばないと思うよ!」


 「でも! ・・・・・・いやそうだね。」 

 

 親しかった者の死。

 それを受け入れがたい壬空は、英枝の呼び掛けで正気を保つ。

 

 「どうしようか、これから?」

 

 壬空は唇を噛み締める。

 自分がしっかりしなくては。妹を導かなければ、護らなければ。

 壬空は静かに決意した。

 

 「荷物を纏めて、3分で。」

 

 「あいよ! 大佐! カップラーメンにお湯淹れといて!」

 

 「どれがいい? シーフード? カレー? どん兵衛?」

 

 「お姉ちゃん!」

 

 「・・・私もか。」

 

 馬鹿で自由奔放、向こう見ず。

 そんな妹だと思っていたのに、お姉ちゃんは嬉しいよと。

 壬空は妹の後を追うように、慌てて自室へと階段をかけ上がる。

 

 何を持っていけばいい?

 スマホ? メイク道具? 充電器? ・・・いやいや、もっと原始的に。

 壬空が最初に掴んだのは、木製バット。

 災害時に怖いのは、天災よりも人災だ。

 自分たちの身は自分の手で護らなければ。

 

 他に、取り合えず衣類と菓子類をボストンバックに詰めて、

 "私たちの日記"も共に。

 これは、肌身離さず持ち歩かねば。人目に触れては大変だ。

 

 パンパンに詰めたバックの1番上に日記をそっと置きジッパーを閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 バックを肩に担ぎ階段を下りれば、先に英枝が準備を終えて居間のソファに腰を落ち着かせていた。

 

 準備を終えて・・・?

 

 壬空の目には1個の虫籠だけを持った英枝が、呑気に煎餅を食べながらチャンネルを回す姿しかうつらなかった。

 

 「ねえ、英枝モン。四次元ポケットに何を入れたのかな?」

 

 「パンデちゃん!」

 

 「うん、それは見えるよ。3次元で。元気にキャベツを食べる青虫君が私には見える。それだけ。」

 

 「いいじゃん、お姉ちゃんは"あの日記"だけ持てば。あ、でもバットはいいね! でも金属バットの方がもっと良い! それじゃあ、宝石店の防弾ガラスに傷入れれないぜ! 素人が。」

 

 「途中のスポーツショップでグレードアップしよう・・・いやわかるよ英枝。言いたいことは。必要なモノは途中で"買い物"すれば良いんだねマッドマックス宜しく。」

 

 「宝石はジョーク。世紀末には不純物。必要なのは水と飯!」

 

 「世紀末に煎餅かじる妹よ。青虫君は置いていきなさい。」

 

 「パンデちゃんを!? 正気!?」

 

 英枝は、煎餅を手から落とし青虫の入った虫籠を宝物のように胸に抱き抱える。

 

 「私の神を2度も冒涜するか! マイシスター!?」

 

 パンデモニウム。

 初瀬川英枝の神様の名前。

 先日、壬空に盗作だと却下された神名を。道で拾った青虫に名付けたのだ。

 

 「ほら! この目を見て! 希望の光を宿してる!」

 

 「どれ? どれ? 目はどこ?」

 

 「あ!」

 

 英枝が掲げた虫籠をひょいと奪い取った壬空。

 

 「やめ、やめろー! パンデちゃん! パンデちゃん! 大丈夫! 安心して! 絶対に連れていくから、置いてかないから!」

 

 壬空に噛みつく勢いで飛びかかり虫籠を奪い返そうとする英枝。

 その英枝をバットを盾に食い止める壬空。

 

 ___やめて___

 

 二人の頭に声が流れた。

 

 「え?」

 

 「パンデちゃん?」

 

 壬空の掲げた虫籠が突如光輝く。

 

 ___喧嘩しないで___

 

 驚き虫籠を手放す壬空。

 虫籠は支えを失い、地面へと落下するが。

 中にいた青虫は飛び出た。

 

 青い肌を輝かせ、初瀬川姉妹の間へと割り入る。

 

 「なに?」

 

 「パンデちゃんなの?」

 

 輝く青虫は英枝の言葉に応えるように首を曲げ、

 蛹となった。瞬く間に。

 虹色に輝く蛹。蛹はドンドン大きくなり、やがてタッパは居間の天井まで達する。

 蛹の中身は時計の針のようにグルグルと回り続け、やがて止まる。

 蛹の殻にヒビが入り、

 おそるおそる触れる英枝の指に押されて、破竹の様に一気に割れる。

 

 「・・・・・・なにが・・・」

 

 壬空は言葉を失い、バットを落とす。

 バットは閉まりきらなかったバックの上に落っこち、その衝撃で上に押し込められていた日誌が出てくる。

 

 『___次のニュースです!

 ゴボウです! ゴボウの様な茶色い巨大な棒状の何か・・・

 巨大なゴボウが飛行物体から落とされ、スカイツリーを破壊しました!』

 

 新しいニュースを告げる声が初瀬川家の居間にこだまする。

 

 その情報は二人には届かない、聞いてられない。

 目の前で起きた出来事に奪われて______

 

 

 

 

 巨大な蛹が割れると、

 中から巨大な揚羽蝶が現れた______

 

 

 

 

 

 

 今日の日記・壬空

 

 

 初瀬川壬空はここに、日照権を請求します。

 

 何あれ? 天空樹? スカイツリー?

 

 今こそ日本人にバベルの塔を撃ち壊したゼウスの雷を喰らわせてやるときではなかろうか?

 

 お陰で振られたよ!

 新二(しんじ)君に!

 

 私が理由づけるに、今月別れたカップルたちは全てスカイツリーのせいだね。

 やっほー!

 スカイツリーだぁー!

 行こうよ! 壬空ぁー!

 

 はい、5時間待ちー。

 夢のアトラクション待ちかよ!

 

 「このツリーあれだ、『インデペンデンスデイ』で宇宙人に壊されたビルに似てるんだよ新二君。」

 

 だから、ロマンチストは嫌いだ!

 待てば待つだけ楽しみが増すだぁ?

 お前も9㎜ヒール履いて来てたら同じ台詞吐けんのかよ!?

 

 投げつけたヒールの代わりに、雪駄を買ってさよなら浅草。

 

 次はリアリストと付き合おー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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