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蝴蝶の夢、醒めた後には白い患者衣に包まれた女が一人。
都内の病院、三階の個室の病室の窓がパッかと開いた。
一人の少女が、開けた窓から身を乗りだし孤独な病室を照らす大きな満月を眺める。
___飛べない少女、私は芋虫。地べたを這いずる___
「・・・知ってる。私は飛ばないよ。」
少女は灯りの消えた病室に独り言を呟く。
病室に備えつけられた簡素なスリッパを履いた右足を窓の縁にかけながら。
「歌おうと思ってね、"妖精さん"。
お月様に向けて、私の細い声で。
願いをこめて、私を蝶々にしてくださいと。」
___飛ばないで、芋虫女。___
「飛ばないよ、黙って聴きなさい。私の"詩(うた)"を。」
少女はもう片足も上げ、窓の縁に立ち上がる。
両手を広げて身体を支えながら、
"あの子"のように通る声で・・・
「貴女に会えただけで、良かった!
私の世界に白い光が射し込んだ!
見てる!? 今の私を! 見える!? 私の背中に生えた七色の双翼!
誓ったよ! 貴女をもう一度、抱き締めるって!
誓ったよ! 私の真っ赤に汚れた両手で、貴女を抱き締めに行くって!
さあ! 合わせて! "妖精さん"!」
少女は、窓枠にかけていた手を離し、指揮を取るかのように手を振る。
___茶色の奴等には屈しない___
「そう! 2度と! 私は泣いたりしない! 受け入れたりしない!」
___走りだそう___
「脱ぎ捨てよう! 純白のバージンドレス! 受け入れよう! 真っ赤な鉄のアリア、私の為に摩擦して、磨り減って。磨がれた輝く聖剣。
握ろう、歌おう、笑おう。水を浴びて、届けシンフォニア。
捻りあげ、臓物を残さず傷つけて、独りにしよう、私の魂!
川に流そうお雛様。踏みつけよう煙管の灰。登らせよう煙突の煙!」
___私が愛したあの人を、貴女が殺して帳消しにしよう___
「ああ、アダムとイヴの堕罪の楽園、カインの纏った罰の縄が私の一張羅!」
少女は、身に付けた患者衣を脱ぎ去り、投げ捨てる。
下着姿の少女の全身には、痛ましく刻まれた青アザが白肌に浮かび上がっている。
___聞かせて・・・空。産声をもう一度・・・___
"妖精たち"の声は消え去り、少女の宣言とも聞こえる"詩(うた)"が、夜空に響き渡る。
「愛に飢えた獣たち、イエスの罪を忘れた愚者よ、鶯の声を聞きながら、エンドロールには、おおハレルヤ!
狩人は金に酔い、禁断の果実を噛み砕く、苦しみは一瞬よ、毛虫に身体が犯される、子供の国よさようなら!
五月雨に、紫外線を遮られ、スキピオも小スキピオも、SEXの欲望に負けて、ソクラテスはローマを滅ぼす!
叩かれ、散らされ、潰され、手をさしのべられた、トナカイに乗るあの人に!
慰みに涙を枯らせ、20の法も、糠に釘、猫に引かれて恩返し、乗ろう銀河鉄道に!
敗戦国のみなさん、日なたぼっこは終わりましたか? フビライハーンに前ならえ、ベンチの赤は、報復の赤!
負けるな、見習え、ムッソリーニ、目が開けられないと、もう終わり?
槍を持て、弓を構えろ、夜は明ける!
来年の今日は、リンカーンと、ルーズベルト、レーガンと一緒に、ロックンロールを奏でよう!
私は飛ばない! 私は闘う! お前を殺して、私は生きる!」
高らかに歌い上げた少女の声に、静まった病棟が騒ぎ立てる。
少女は、窓の縁から飛び降り、枕元に置かれた古い日記帳を手に取って、その1ページ目を破り取る。
___飛ばそう、そのページ。叶えてくれるよお月様___
そのページに書かれた文字を睨み付け、丁寧に内側へと折り畳む。
破られた紙は折られて、折られて。
1機の紙飛行機へと姿を変える。それを掴み少女は再び、開け放った窓へと走りだし、
「_________飛んでっけぇーーーーーー!!!」
「長谷川さん!」
少女の身体は看護師に抱き止められ、手に持った紙飛行機だけは、空へ、空へと飛んでいった・・・
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