明かりが灯された部屋のなかには、無造作にマネキン人形が展示されている。


女性らしきものが多く、多種多様な奇怪なポーズを取りながら、和子を凝視しているようだ。


複数の視線が、和子の身体に絡みつく。そんな気がした。


不気味だ、早く帰りたい。


和子はそう思いながらも、しぶしぶ「転生室」のドアノブを捻ることにした。


あちら側の空気が、和子の鼻につく。


少しだけ鉄臭い。


恐々した面持ちで、彼女は「転生室」に顔を突っ込む。


「和子~」


それと同時に、泉の陽気な笑顔が現れる。


彼女は、ベットの上で仰向けになって寝転んでいた。


「もう、いきなり消えるから、心配しちゃったわ」


和子は胸を撫でおろす。


あのマネキンが群れている部屋に比べ、こちらの転生室は清潔さがあった。


人の身体を扱う場所だけあってか、念入りに清掃されているようだ。


「ほんと、和子は心配性よね。美しくなるためには、度胸と積極性が必要なのよ」


泉は片目をつむり、和子にウィンクを投げる。


眩しいくらいの蛍光灯の明かりが、彼女の媚めかしい身体を際立たせる。身体の老いが始まっているとボヤいていたものの、たるみ一つない端麗な肉体だ。


敢えて欠点を申すならば、胸がやや小ぶりなことだろうか。形がいいと褒めることもできるが、概して平坦である。


いや、それよりもまず。この怪奇な光景はなんだ?


「・・・・なにこれ、すっぽんぽんじゃない。しかも手枷足枷を嵌められているってどういうことなの?」


和子は目を丸くする。驚愕するのも無理はないだろう。


泉の四肢には、彼女の繊細な身体を動けなくするために、金属製の分厚い拘束具が装着されていたのだ。


それらの重金属は、鈍色の嫌な光を放っている。華奢な彼女を拘束するにはあまりにも大袈裟だ。


「きっと、身体全身を引き裂いて再生させるような、激しいエステをやるんじゃない?」


泉は、自分の状態に全く無頓着である。


光景の異様さに、和子は警戒心を露にしていたが。泉は全く意に介していない。


やっぱり、私は細かいことを気にしすぎているのかしら。


・・・・いいや、流石にそれはないだろう。これは客観的に省察しても異様な光景だ。


心の中で自問自答を繰り返す。


「お客様」


和子の背後から、幽霊のような囁きが聞こえる。


彼女はその声を聞くなり、ギクリと背中を震わせた。


先ほどの傾城の美女が、和子の背後数センチのところに張り付いている。


いつ、この人は部屋に入ってきたの?


ていうか、人を驚かすような素振りは止めてほしいんだけど。心臓に悪いわ。


彼女はムッとして、顔を険しくする。


「これから、泉様の転生式を執り行いたいと思います。最初の工程は誰しもが慄かれるかと存じますが、泉様の転生が終了した姿をご覧になられれば、和子様もその美しさに驚嘆するはずです。


永遠の美しさが、ほんの少しの肉体的苦痛によって得られるのですから。女性にとってこれほどまでに荘厳な儀式は、世に類を見ないでしょう。


それでは、式を始めたいと思います」


美女が深々と礼をした。


和子の反応を全く無視して、淡々と彼女は式辞を述べる。


頭を下げると同時に。美女の麗しき面貌が、彼女の右手に持つ刃物に反映した。


「え・・・刃物?」


調理用の包丁にしてはやや大きい、刃渡りは40センチ近くありそうだ。魚屋などで使用される業務用の包丁だろう。


その鋭利な道具は研ぎ澄まされていて、骨肉を断つのに都合がよさそうだ。


部屋の中が、異様な静寂に支配される。


「ねえ、早くやっちゃてよ。私、わかってて来たんだから」


泉は静寂を打ち消した。


口元には微笑さえ浮かべている泉。


自分の行動の自由が制限されていることを、彼女は理解していないのだろうか?


「ご存知でいましたか。ここThe Mannequinは、生身の身体をマネキンと取り換える、究極の美容機関。


このマネキンの身体を手に入れることが出来れば、歳を取ることも無く、未来永劫、無窮の刻を美しく、瑞々(みずみず)しく若々しいままでいられるのです。


老いぼれることなく、溌剌とした身体を一生維持することのできる最強の身体。


私たちは、人類が永らく夢見たであろう、史上最高の希望を人々に提供しているのです!」


美女は手を大きく広げ、陶酔するかのように演説する。


唇が大きく開き、眼が見開く、彼女は般若の形相を呈していた。


いや・・・・そう見えるだけなのだろうか。


かの美女こそが、数多の人類を救済するメシアなのだろうか?


「ねえ和子」


美女は身体を反らし、白き腕を最大限に振り上げた。


「私は老いたくない」


そして、それを容赦なく泉に振り下ろす。


「私はずっと美しいままでいるんだ」


それは正確無比に、彼女の首筋に当てられた。




ぷしゅあああああああああああああ




薔薇色をした血痕が、美女の白き頬に纏わりつく。


鬼気迫る表情というものは、どうやら‘笑顔‘らしい。




「いやあああああああああああああああああああああああああああ」




和子の悲鳴がThe Mannequinにこだまする。


泉の首が刎ねられると同時に、世界が血池地獄の如く深紅一色で染まり。和子の視界は暗転した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る