第三〇七節:晩春。

 ***

「よ、陽花はるか

「もう、遅いよ」

「ごめんごめん」

 如何いかにも普通のカップルらしい会話をした後、彼――ひいらぎ真護まもるは、当たり前のように私の歩く速さに合わせて、車道側を歩く。

 晩春ばんしゅん――五月頃は、ファッション選びにとても苦戦する。髪は湿気で広がるし、雨も多いしで、防水とお洒落しゃれ、どっちを優先すればいいのだろうか。真護に聞いたら防水、と即答しそうなので、そんな建設的じゃない質問は、しない。

「こんくらいの季節って、雨。対策とお洒落どっち優先すればいいんだろなー。流石に長靴ながぐつじゃダサくない?」

 私が思っていたことをほとんどそのまま真護が聞いてきて、思わず吹いてしまう。

「急にどうしたんだよ」

「いや、なんでもないよ?」

 明るい彼はいつも私には眩しすぎて、私なんかが付き合ってていいのかな、なんて年甲斐もなく感じる――と言ってもまだ大学生なのだが。

 こんな時間が永遠に続けばいい。彼なら結婚も十分考えられた。彼のためなら死ねる、本気でそう思った。


 彼の心中とは裏腹に。


 ***

 面倒くさい女だな――柊真護は、御正みまさ陽花はるかの隣を歩きながら悠然と、平然と、そんなことを考えながらゆっくりと歩いていた。隣に重い愛を抱えながらも、気づかない真護は。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る