第二〇六節:晩冬。

「――やっぱり、なんでもない。じゃあな」

「待って! 私は、悠翔ゆうと君のこと――」

 鈍い音が響き、俺が地面に倒れたのはそのわずか三秒後のことだった。


 ***

 冬の終わりはいつもはっきりしないものだな、と思う。今朝けさの天気予報で晩冬ばんとうなんて言っていたが、まだまだ寒さは残っている。とはいえ二月なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。


 頭に巻かれた包帯がきつく、少々頭痛も感じる。頭の芯が重く、だるい。――なにか、楽しいことないかな。なんて楽観的なことを考える自分は、きっと心が酷くもろい。ぼろぼろだ。今の俺はもう、擦り切れて、汚れて、道路の真ん中に落ちたぼろ雑巾みたいになっている。

「こんにちは」

 やわらかい声が聞こえて、自然と心が安らぐ。その声の主は、紅音あかねだった。

「何しに、きたんだよ」

「え、お見舞いしかなくない?」

 明るい口調で答える彼女の無神経さに、腹が立つ。

「誰がやったと思ってんだよ」

「え、だって……悠翔君が、いきなり倒れて……」

「そんなこと――!」

 ある、かもしれない。彼女の一言で、歪んでいく。

 そもそも、何故紅音のことなんて疑ったのだろう。


 彼女が、そんなことするはずがない。自分に言い聞かせるように――そう思った。

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