your story.

第一〇五節:晩夏。

『君に会いたい』――そう、強く思った。


 ***

 こんなことなら連絡先を交換しておけばよかった……と今更な後悔をするが、もう既に遅い。


 夏休みの初めの頃は、木々は鮮緑色せんりょくしょくに染まり、青空はみ果て無く広がっていたものだ。晩夏ばんか、つまり今は、鮮やかな木々の緑も徐々に色褪いろあせ、高く感じた空はひらべったくなった。

 季節の過ぎ去りを感じる。それは、無駄に、怠惰たいだに、怠慢たいまんに日々を過ごした証だった。過ぎ去った時間を、風景というものは否応もなく感じさせる。

 会いたかった。君の、もやがかかってしまいうまく思い出せない、笑顔が見たかった。



 しかし俺は何もしなかった。



 怯えていた。ただ、怯えていた。君が俺を憶えていない、その事実をの当たりにしたくないがために。

 会いたくない。でも、君を見たい。


 そんなことを考えていた最中さなか――ポケットのスマホが震え、着信を知らせる。すぐに取り出し画面を見たが、知らない番号だった。

 今の俺はとても出る気持ちになれなかった。


 ***

 留守電が入っていることに気づいた俺は、静かにそれを聞いた。

『私が、誰かわかる? 多分君は忘れてると思うな。――冴南さな。冴南だよ。それでね――……』

 冴南の声で目が潤んだのは、気のせいだろう。

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