第三節:春。

 春は嫌いだ。

 私――白石陽花はるかは、車道の隅をふらつきながら歩いている。今は大学のサークル――と言ってもフランクな雰囲気なものだが――の飲み会でやけ飲みした後、路上で一夜を過ごし二日酔いに耐えながらふらついているところである。

 まったく、サークルの男どもは女を連れて帰る心の余裕もないのか。……連れて帰られても嫌な予感しかしないから別にいいのだが。


 あぁ――気持ち悪い。今にも吐きそうだ。吐き気が胸に込み上げてくるが、どうにかブレーキをかけこらえる。


 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い。不快でたまらない。

 春風は、私に合わない。

 私にはもっと、汚い風が似合っている。

 都会の雑多な足並みを遠くから見つめていると思うのだ。彼は今何をしているのだろうか、と。今となっては彼と私なんて赤の他人とも言えるような関係かもしれないが。

 彼との別れ際には、ドラマのワンシーンのように、美しく吹いたものだ。桜の花びらが舞い、穏やかな気分になるはずの、春風が。


 だから気持ち悪いのだ。彼のことなんて思い出すべきではなかった。思い出してしまったものは仕方ないが。



 春風は今も吐き気と彼の影を――後ろから優しく、優しく、後押ししている。

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