第八話 おれ
「津村くん、人を殺してみたいと思わない?」
聡子は神妙な面持ちで問いかけた。あまりに唐突なことだったから、面を食らった。この女には驚かされっぱなしだ。
「父親を殺すのか」
聡子は意外そうな顔でこちらを見ている。簡単な三択だったが、聡子には分からなかったようだ。
「おまえの交遊関係で殺して欲しいような人間は、おれしかいないだろう。憎んで当然だ。しかし、それをおれ自身に頼むのはおかしな話だ。次に、おまえ自身。これは結構微妙なラインで、自暴自棄になって自殺の幇助をおれに頼んだってケースが考えられる。無くは無いが、だったらもう少し落ち込むはずだ」
聡子がおれの言葉を黙って聞いている。こういうシチュエーションというのは、なかなか気分が良い。
「では、誰を殺すか。交遊関係の無い人間が殺意を抱くとしたら、家族か無関係な人間だと相場が決まっている。が、おまえは通り魔には見えない。突発的に行動するタイプだとは思えないからな。じゃあ、家族だ。不幸にも、おまえの家族はおまえを除くと父親しかいない」
結論に至っても、聡子は黙ったままだ。これは肯定ととって構わないだろう。
「なんで父を殺すんだ」だいたい予想はつくが、興味本位で聞いてみる。
「────」
言葉に詰まっている。今まで父親への憎しみを言語化しようとはしなかったのだろう。口を開いては不明瞭な母音だけが小さく空気を震わせていた。聡子の瞳が時おり、右上を向く。必死に記憶を探っている人間の類型だ。嘘をついて、おれを騙そうってわけでもないらしい。聡子は、誠実だ。誠実に、父親を殺したがっている。
「わかった。別に言わなくて良い」
推測に過ぎないが、聡子は虐待を受けている。もちろん、性的なものも含めて。交遊関係の極めて狭い彼女が処女でなかった理由がそうだろう。実の父親に処女を散らした時の気分を聞いてみたいという欲求がむくむくと膨れ上がる。だが、我慢だ。そんなことをして、こんな面白そうな話が万が一にも破談になると困る。
「どうやって殺す?」
「家に帰ってきた父を、待ち構えて、殺す」
「ふっ、ふふ」思わず笑ってしまった。なんら具体的ではない。父親が何時に帰ってくるのか、凶器は何を使って殺すのか、手を下すのはおれか聡子のどちらかなのか、警察と救急にはどう話を繕うのか──。計画性がまるで無い夢物語。初めて、聡子が年相応の少女に見えてきた。
「笑わせようとしたつもりは無いのだけれど」
「悪い。余りにも幼稚なプランを聞かされたんでな」
聡子は非難の目を向けている。黒い瞳は揺るがない。思えば、聡子の左目とこんなにも長く目を合わせるのも初めてのことだった。覚悟は出来てるってわけだ。
「おれに対案がある」なにか言いかけた聡子を手で制す。「だが」
「その前におまえの父親のことを教えろ。なんでも良い。体格や嗜好は絶対だ。その他にも知りうることを全て明かせ」
高揚していた。
出来ることならば、十代のうちに人を
これでおれは、童貞を捨てられる。
聡子、おれはおまえが好きだ。
惚れた女の頼みなら、死体の一つや二つ、作ってみせようじゃないか。
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