第九話 わたし
父親について自分の口から他者に語るという行為が、ここまでストレスになるとは思わなかった。話している最中、何度か嘔吐しかけた。咳払いで誤魔化したが、おそらく津村には勘づかれているだろう。そもそも、わたしのこの
津村は一貫して、腕組みをしながら黙って聞いていた。質問を挟むこともなく、目を
「まあ、これで良いか」
さきほどの、話を聞いている薄笑いとはうってかわって、無邪気で、きらきらと輝くような笑顔を見せる。クリスマスの前夜に、子供がプレゼントを待ち止まぬような屈託の無い表情。改めて、津村考太という人間の危険性を認識する。彼にとって、殺人や強姦も、一種のスポーツやゲームと似た感覚にあるのかもしれない。道徳や良心を持たずに、生まれてきた
「こういうのは早い方がいい。善は急げだ。今日、
「え」
我が耳を疑う。今日?津村の言葉の端々に、精気が
「聞こえなかったか?今日だ」
津村はわたしの腕を引いて歩き出す。
「ちょっと待って。まさか、今から?」
「もちろん」
津村の腕力は、有無を言わさずわたしを連れていく。
「せめて、話して。どうやって殺そうっていうの」
わたしの叫びに、津村は笑顔で答える。
「秘密」
目の前が暗くなる。だが、この男がいなければ、父親を伐つことが出来ないのも、また事実だ。こうなったらやぶれかぶれだ。この野獣の直感に委ねようと、一種の諦念のようなものがわたしに芽生えてしまった。
街を通っていく。通行人には、わたしたちが恋人にでも見えるのだろうか。実際は、
夕方だというのに、何故かほの暗く感じる公営住宅。電灯の切れた廊下を進み、階段を上がっていく。
ドアを開く。錆びた
津村は、初めてあがる他人の家で、ずかずかと台所まで進んでいった。包丁を手に取り、刃の横腹を指先で撫でた。
「これじゃあ、殺せないな」
棚にあるアルミホイルを取りだし、包丁に巻き、力を込めて、抜き差しを行う。簡素ではあるが、包丁を研いでいる。
「よし」
出来映えに満足したのか、包丁をまな板の上に置き、ぐしゃぐしゃにしたアルミホイルを、──窓から捨てた。彼には、ごみをごみ箱に捨てる文化が無かったのだろうか。
まるで自分の家かのように、津村はソファに座る。この男にマナーがあるとは思えなかったので、構いはしない。彼は壁時計を見つめて、何やら考えている。
「どうした。座れよ」
わたしが促されるままにソファに近付いた瞬間、津村はわたしの腕を取り、床に組み伏せた。
「さっきから、昂ってしょうがないんだ。おまえもそうだろう?なあ?」
馬乗りになった津村が、顔を近付けてくる。そんなことだろうとは思っていた。津村が、わたしの胴体の上で、ズボンの中から性器を取り出す。グロテスクに屹立したモノが、
壁時計が目に入る。午後6時32分。
父親が帰ってくるまで、まだまだ時間はあった。
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