第25話:会ってみたいって思った


 休日の朝、リビングでのんびりと那智と過ごしていた。

 先日の件も親子間には亀裂が入ることもなく。

 信愛も知りたい気持ちがあるものの、聞くこともせず。


――話してと言って話してくれる人じゃないもんねぇ。


 母の那智の事をよく理解しているので、追及は得策ではないと理解していた。

 相手の嫌がることはしない。

 それが信愛なりの母親との付き合い方であり、守り続けてきたことでもある。

 

「このお菓子美味しいねぇ。期間限定はつい手が出ちゃう」

「そうやってお菓子ばかり食べてると太るわよ、信愛」

「ふふふ。ちゃんと運動もしてるので大丈夫なの」


 信愛がお菓子を食べていると、インターホンが鳴る音が聞こえた。


「あれぇ、誰かきたみたい?」

「総司君じゃないの」

「総ちゃんはわざわざ鳴らすことなんてしませんよぉ。はーい」


 すぐに玄関に向かい、扉を開けるとそこにいたのは、


「え?」


 面識のない女性がひとり、扉の前に立っていた。

 年齢は三十代くらいだろうか。

 信愛の顔を見るなり驚きを隠せずにいる。


「あ、あの? え、お姉ちゃん?」

「はい?」

「あ、ご、ごめんね。そっくりだったから、つい……」


 女性は信愛の顔を見ながら「よく似ているわぁ」と小さく呟く。

 

――このシチュ、和奏さんと会ったときと同じだ。


 つまり、彼女は……。


「ママのお知り合い?」

「うん。お母さんは家にいるかな?」

「いるけど。ママー、お客さんだよ」


 声をかけると、すぐに那智も出てくる。

 彼女は相手の顔を見るなり、


「……静流? どうして?」

「久しぶりだね、お姉ちゃん」

「お姉ちゃん?」


 きょとんとする信愛に那智は「私の妹よ」と戸惑う。


――ま、ママの妹ですと!?


 那智に妹がいたのは聞いていたが、初対面である。

 写真すら見たことがない。


「はじめまして、信愛さん。貴方の叔母の静流というの」

「叔母さん……」


 彼女にとって親戚と直接会うのは初めての事だ。


「どうして、静流がこの家の場所を?」

「和奏ちゃんに教えてもらったのよ。信愛さんの名前もね」

「あっ」


 和奏という名前に、信愛は思わず口を押える。


――ま、まさか、あの時の?


 文化祭で信愛にあった和奏が早々に「書いて」と差し出された紙に住所を書いた。

 その横で那智が冷たい瞳を向けながら、


「信愛ぁ。どういうことかしらぁ?」

「ご、ごめんなさい。そうでした。あの人に住所を教えてました」

「はぁ……余計なことをしてくれちゃって」

「ごめんってば。だって、いきなり住所を書いてって言われたんだもん」


 あれは信愛が迂闊だったというよりも、和奏の策略でもあった。

 会うなり、最初にさせられたのが住所を書けと言われて断れなかった。


――あの人が有無を言わせず、住所を書かせました。シアは悪くないもん。


 あれはこのためだったのだと納得した。

 頭を抱える那智はため息がちに、


「まぁ、いいわ。あがりなさい、静流」


 口では何か言いたそうだが、どことなく嬉しそうにもみえる。


――家族の再会だもんねぇ。嬉しくないわけがない。

 

 以前に溺愛している妹がいた、と聞いてた。


――この人がそうなんだ。ママの大好きな妹……。


 家族とも距離を取り、暮らし続けてきた。

 この出会いは信愛の知らない母の一面を知る機会になるかもしれない。






 家に招くとどちらも緊張している様子だが、話をするにつれて、その緊張感も和らいでいくのが目に見えてわかる。

 家族ならば、離れていても話せば相手のことを理解できるもの。

 やがて、昔のように自然体に話ができるまでになっていた。


「そう。アイツと結婚して、3人も子供がいるんだ」

「……結婚したのはお姉ちゃんが出て行ってから4年後くらいかな。あの人が大学を卒業してからね。まだ3人とも、小学生なんだ」

「そう。可愛い盛りじゃない」

「信愛さん。とてもお姉ちゃんに似てるよね。そっくりすぎてびっくりした」

「よく言われるけども、そんなに似てるかしら?」

「昔のお姉ちゃんに激似だわ。本人かと思うくらいに」

「でも、性格は……私に似ず素直すぎるくらいに素直な子だけどね」


 そっと信愛に微笑みかけてしみじみと言う。


「ホント、性格は私に似なくてよかった」

「そんな風に言うものじゃないけど」

「だって、そうでしょ。私に性格まで似たら、この子が可哀そうすぎる」


 自虐気味に寂しそうな口調で言った。


「私みたいな人生を送っちゃダメ。信愛は名前の通り、愛を信じてね」

「うん」


 静流は「ずっと心配していたの」と那智に語る。


「いきなりいなくなって、十数年も連絡すらしてくれなくて」

「……家族の縁を切るってそういうものでしょ」

「まだ両親のことを許せない?」

「どちらもどちらでしょ。相手も私たちのことなんて会いたくもないだろうし」

「そんなことないよ。お姉ちゃん。今日、来たのはお姉ちゃんの顔を見たくて来たのもあるけども、伝えておきたいこともあったからなの」

「なぁに? 今さら向こうが会いたいとでも? お断りだわ」


 冷たく拒絶する彼女に静流はある事実を告げる。


「……お父さん。先週から入院しているの」

「へぇ、医者のくせに。病気でも患ったのかしら」

「お医者さんでも病気にはなるわ。早期の胃がんで、幸いにも命に別状はなし。手術も成功して今は術後経過待ちで入院中。……会ってあげる気はない?」

「ないわね」


 即答する那智の瞳はとても冷たい。

 実の父が病に倒れても、彼女の心は揺れ動かない。


「お姉ちゃん。どうして、そこまで頑なに」

「勘違いしないで。最初に私と信愛を見捨てたのはあちら側。身重の私を一人追い出して行き場もなくしたのは彼ら。私は二度と会うつもりはありません」

「でも、親子じゃない」

「亡くなってお墓に入ってくれたら会ってあげられるかもね」

「そういう言い方をしないで」

「……それが私のウソ偽りのない本音だもの。静流に久々に会えたのは嬉しいけども、私たちは今まで通り、そちらとの付き合いを再開するつもりはないから」


 過去にあった出来事が親子の間に溝を作り。

 その溝はとても深く、那智の心にも傷をつけてきたのだろう。


――ママ。とても悲しそうな顔をしている。


 信愛は何も言葉が出てこない。

 那智は両親と決裂しており、二度と会う気はないらしい。


――それってシアのお祖父ちゃんたちだよね?


 彼女が生まれてから一度も会ったことのない相手。

 叔母である静流と同様に会ってみたいと思う気持ちが芽生える。


「あ、あのー?」

「なに、どうしたの?」

「シアが会うのはダメなの? お祖父ちゃんたちに……会ってみたいな」


 娘の口から出てきた言葉に那智は動揺する。

 まさかそんなことを言い始めるとは思わなかったのだ。


「どうして?」

「だって、一度も会ったことがないんだもん」


 親戚と呼べる存在がいたこともなく、話をしたこともなくて。

 信愛にとっては家族は那智一人だけだった。

 興味を抱き、会ってみたいと思うのは当然なのかもしれない。


「あ、あんな人たちにあっても意味がないわ」

「それを決めるのは信愛さんじゃないの」

「静流。これは私と娘の問題なの。余計なことを……」

「ダメなの? 会ってお話をするだけでも、いけないことなの?」


 困った、と彼女は素直に「どうしようかしら」と悩む。

 娘の気持ちを考えれば、認めさせてあげたい気もするが感情的には賛成できない。


「あの人たちに信愛を会わせて、拒否られたらこの子が可哀想」

「それは……」

「ないとは言い切れないでしょう。だからこの話はなしで」

「やだ。会いたい。会ってみたい」


 珍しく那智に対して信愛が引かなかった。


「信愛……我が儘を言わないで。お母さんを困らせないで」

「我が儘を言わせて。ここは遠慮しちゃダメなところだと思うの」


 普段から甘えたがりで母親に対しても、べったりと甘える子供ではある。

 だが、信愛は那智が嫌がることや、聞かれたくないことは聞かない。

 そういう空気を読む子ではあったのに、引いてくれなかった。


「……会ってみたいよ。ママの家族に。シアの親戚に」


 彼女の想いに那智はどうしてあげればいいのか分からない。

 父親もいない、家族も他にいない。

 寂しい思いをさせてきた“負い目”と“責任”が那智にはある。


「……分かったわ。好きにしなさい。静流、あとは任せてもいい?」


 困り果て、ようやく絞り出せたのは、そんな言葉だった。


「えぇ。任せて。お姉ちゃんは?」

「私は会わない。もう会うつもりはない。でも、この子には同じ道を歩めとは言えないわ。これは私のエゴだもの。信愛がしたいのなら、その通りにすればいい」


 不器用だな、と信愛は自分の母を思う。

 その不器用な生き方を続けてきた那智の背中を見て育ってきたのだから。


――シアは知りたいの。ママの過去も、ママの家族のことも。


 自分はあまりにも知らないことが多すぎる。

 そして、信愛は知ることになる。

 那智の過去を、想いを……。

 どうして自分が生まれたのかを――。

 

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