第24話:好きな相手の悪口を言う奴は嫌われる
「やっくんと和奏ちゃんって仲がいいんだね。押し倒して手を出した犯罪的な恋愛なのに、ちょっと意外な感じだなぁ」
「誤解させてるようだが、そんな関係ではない」
「そーですね。ベッドに押し倒されたされた時点で私が望んでいますので、合意の上でコトに及んだという表現が合うのでは? 素敵なひと時でした」
「それも違うっ!? 犯罪行為から離れてくれ」
思い返すのも悲しくなる事件だった。
嘆く八雲を彩萌は微笑みながら、
「やっくんと和奏ちゃんって相性がよさそう」
「どこがだ」
「だって、やっくんってば案外、引っ張ってくれるタイプの方が好きでしょ?」
「……強引すぎるんだよ、こいつは」
その強引さと執念に押し負け続けている八雲である。
翻弄されてばかりゆえに、無理やり引っ張られ続けている感がある。
「ふふっ、私の愛は一途ですからねぇ」
「自分で言うなっての。俺たちの事は良い。彩萌、お前に話があるんだ」
「アヤに? なんだろう?」
「とりあえず、座ってくれよ」
彼女は空いてる席に座ると、興味ありげに八雲を見た。
「ま、まさか修羅場? アヤに未練があって、和奏ちゃんと揉めてるとか?」
「全然違うから安心しろ」
「やめてぇ、アヤをめぐって争わないでー」
「だから、ちげぇよ!? 今更そっちに繋げる気はないから」
――とはいえ、那智の話題をストレートに言うのは、気が引けるな。
彩萌と那智はまがいなりにも付き合っている。
人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえと言うように、他人の関係に口出しするのは勇気もいる行為ではあった。
――とくに、彩萌って人の話を聞かないとこもあるし。悩むな。
まずはどう切り出すのか、と悩んでいると、
「――彩萌先輩。質問ですが、那智先輩をどう思いますか?」
またもや、和奏が直球の質問を相手に投げかける。
「お前は相変わらずの直球だな!? 変化球くらい使えよ!」
「最初はど真ん中ストレート狙いで。こーみえて、自信のある直球で勝負するタイプですよ。165キロのストレートが私の持ち味です」
「最速速球かよ。コントロールがよかったら、なおいいんだが」
和奏のせいで直球勝負をせざるを得なくなってしまった八雲は、
「彩萌、あのさぁ。こんなことを言いたくないが、那智と話をしてきた」
「なっちゃんと?」
那智の話になると、目の色を変え始める。
――恋する乙女の瞳は曇っているもの。スト子の言う通りじゃないことを祈るぜ。
他人の恋路を邪魔して刺されるのは嫌だ。
話し合う余地がある事を望みつつ、
「那智の本性、お前は知ってるのか?」
「本性?」
「そうだ。アイツが表に出すことのない裏の顔だ」
口が悪く、彩萌の事すらもオモチャとしてしか考えていない。
これからも彼女は弄ばれ続けて、飽きられたら捨てられることになるだろう。
――恋愛に裏切られて、人を想う心を無くした哀れな女。
彼女の心の闇は深い、那智と言う少女に秘められた本性は恐ろしい。
「知ってるよ。なっちゃんの本性くらい」
「……え?」
「アヤの恋人だもん。隠してるコトも全部知ってるつもりだよ」
彩萌は意外にも、那智の本性を知っている様子だった。
――おいおい、マジかよ?
軽くショックを受けながら八雲は唖然としてしまう。
「知っていて、付き合ってるのか?」
「好きになるってそういう事でしょう。相手の事を全部受け止めてあげるってことじゃない? 和奏ちゃんなら分かるよね?」
「人間には長所もあれば短所もある。長所と短所は表裏一体。好きな所ばかりじゃないことも当然です。ですが、あえて受け止めてあげるのが愛でしょう」
しっかりとした口調で和奏は「愛とは寛容さを示すことです」と言い切る。
「彩萌は那智の悪行を許せると?」
「悪行? んー? 裏の顔って、なっちゃんがエッチの時にすごくいやらしくて、ガツガツの肉食系になっちゃうことでしょ? 普段は冷めてるのに意外だよね」
「そっちじゃねぇよ!? そんなもん知るかぁ!」
「えー? あんなに普段は大人しいのに、激しい情熱をもってアヤの身体を責めたてる素敵な彼女の顔を知らないの? アヤ、あの子にメロメロなのです」
「知るか。そういう意味じゃなくてな……はぁ」
――やっぱり、那智の本性に何も気づいてない。
彩萌の発言に頭を抱えて八雲は深くため息をつく。
「まぁ、想像通りですね。この彩萌先輩は基本的に穏やかで人を疑う真似をしない心の綺麗な女の人です。自分の欲望にも忠実すぎる面はありますが」
「褒めてくれてありがとう」
「ですが、それゆえに気付けないこともあるんですよ。八雲先輩、世の中、ストレートに真実をぶつける場合も必要なのでは?」
彼女は携帯電話を取り出すと彼に手渡す。
「ん? お前の携帯か?」
「ボイスレコーダー機能があります。先ほどの会話を録音しておきました」
「マジかよ、やることがえげつないぞ」
「証拠能力を持つ証拠を手にした方が世の中、勝ちなんです。常日頃の準備です」
勝ち誇るように胸を張る和奏だが、八雲にそっと耳打ちする。
「ですが、これは最後の手段のつもりでした。これで関係をこじれさせるのは私は躊躇します。人の恋路の邪魔はしたくない。最後は貴方の手にゆだねます」
「……責任は俺に取らせるつもりか。まぁ、本件はお前に関係のない事だし、引き受けるのが妥当だな。仕方ない。彩萌、真実をお前に教えてやるぜ」
彼は携帯電話を開くと、待ち受け画面が例の押し倒している画像だった。
下着姿とはいえ胸元を無防備にさらし、艶っぽく頬を紅潮させる和奏の半裸姿。
改めて写真で見ると生々しくて犯罪行為にしか見えない。
「おいっ!? お前、なんて光景を待ち受けにしてやがる」
「えへへ。初めての記念日です。先輩との濃密な絡みは私の思い出ですから」
「ちげぇし。くっ、この写真も消せ。……えっと、ボイスレコーダーは?」
「こちらですよ」
操作を指示されて、八雲はボイスレコーダーを再生する用意をする。
――これで那智の本性を教えられれば、彩萌を毒牙から救えるかもしれない。
「いいか、よく聞けよ。これが那智の正体だ」
「なっちゃんの本性?」
「お前の知らない裏の顔だ。目を覚ませ、彩萌。再生するぞ」
彼は覚悟をもって再生ボタンを押すと、
『いい加減にしろよ、和奏。俺を怒らせるな。今、自分が何をされてるのかわかるか?』
『先輩に今、犯されそうになってます』
『……は?』
『このまま私は先輩に乱暴な真似をされてしまうのでしょうか、ドキドキ』
甘く喘ぐ女の声と共に、生々しく荒い息遣い。
衣擦れの音と、乱暴な物言いをする男。
それはいかにも、犯罪的な行為をしているような想像を掻き立てる。
『いいんですよ? 先輩の望むままに、私を自由にしてくれても……。貴方の欲望を解放してください。受け止めるだけの覚悟はあります。あっ、やぁんっ』
官能的な甘ったるい和奏の声が録音されていた。
「――なんですとぉおおお!?」
すぐさま音声を切ると、八雲は顔面を蒼白させるしかなかった。
――なんであの時の音声がぁ!?
他人に聞かせるには恥ずかしいうえに、犯罪行為の証拠でしかない。
何とも言えない沈黙の後、彩萌は少し顔を赤らめて、
「いくらアヤでも、やっくん達の情事を聞かされても困るなぁ」
「ち、違う!? おい、和奏。これはどういうつもりだ!?」
「すみません。これ、例の動画の音声ですね。音声を編集して、先輩の弱みに使おうとしてたものでした。失礼しました」
「馬鹿野郎、味方だと思ってた相手に背後から刺された気分だ。さっさと消せ」
「あー!? 消さないでください、私の思い出なのにー」
携帯を操作して、音声ファイルを容赦なく削除する。
そのまま携帯を放り投げられて返された和奏は涙を浮かべながら、
「しくしく、先輩ってばひどい人ですね。私たちの愛の営みを否定するなんて」
「お前の方がひどいわ。結局、例の会話は録音できてねぇし!」
「んー、携帯の配置場所が悪かったようです。要改善です」
一応は録音していたのだが、音ズレもひどく聞けたものではなかった。
致命的な録音ミスであり、証拠としては使えない。
八雲の悪事を世間にさらすだけの無意味なやり取りだった。
――スト子のせいで俺の精神力がガリガリと削られたぜ。ちくしょうめ。
信じた相手が悪かったとばかりに、己の不覚を呪うしかない。
「もういい。お前には頼らん。いいか、彩萌。よく聞けよ?」
八雲は先ほど、那智から受けた屈辱を思い返すように話をし始めた。
嘘偽りなく、真実のみを簡潔に述べていく。
その話を聞くにつれて、彩萌も顔色を変え始める。
「別にアイツはお前が好きなわけじゃない。お前は弄ばれてるだけなんだ。アイツの本性は自分の欲望に任せて他人を傷つけることをいとわない卑劣な悪女だ」
「そ、そんなことない。アヤの事、なっちゃんはすごく大事にしてくれてるもん」
「それこそが那智の陰湿さなんだよ。人の想いを踏みにじり、愛を否定する。お前、傷ついてからじゃ遅いんだ。いい加減に目を覚ませ」
「アヤはそんな作り話を信じたりしないっ。なっちゃんのこと、アヤは信じてるもん。やっくんが嘘ついてまでアヤたちの関係を壊したがるなんて思わなかった!」
「嘘じゃないって! これが真実だ。いいか、彩萌。一度しか言わないぞ。お前はアイツに騙されてるんだ。これ以上、アイツと付き合っても、最後に泣かされるのはお前なんだ。もう那智との関係を切れ。それがお前にとっての最善だ」
すれ違う心。
想いをぶつけ合うふたり。
「――やっくんのバカぁ! アヤは絶対に信じないっ」
八雲の頬を叩く、小さく冷たい音が響く。
「いてぇ」
「やっくんを裏切ったアヤが嫌いなのは分かってるけど、嘘をついてまでアヤたちの事を別れさそうなんてしないでよ! アヤはなっちゃんが好きなんだもんっ」
「だから、これが真実なんだって。お前は騙されてるんだぞ」
付き合っていた時も、別れの時ですら二人は喧嘩らしい喧嘩をしなかった。
それが今、初めてともいえる想いのぶつけ合いをしている。
結果としては最悪の状況に陥っていたが。
「やっくんなんて大嫌いっ。もうアヤたちの事に口を出さないで!」
彩萌はそう涙ぐんだ瞳で言うと、自分たちの席に戻ってしまった。
完全に裏目に出て、怒らせてしまった。
こうなることだけは避けたかったはずなのに。
「……最悪だ」
八雲にはそれ以上の言葉が出てこなかった。
ちくりと痛む頬の痛みと嫌われたショック。
――ホント、他人の恋愛に口を出して、ろくな目にあうことはない。
それを思い知りながら、逃げるように店を後にするしかなかったのである――。
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