第23話:例え、余計なお世話と言われても


 駅前の繁華街は八雲たちのように学生の姿も多くみられた。

 その中から彩萌たちのグループを見つけるのは難しい。

 しかし、八雲は案外すぐに連絡するまでもなく、彼女の居場所を探しあてた。


「すごいですね。一発で探し当てるなんて」

「彩音は一度気に入ったら、それを続けて利用するタイプだ。好きなお店、お菓子、漫画、美容室……。それだと気に入ったらそればかり。ホント、一途で浮気をしない」

「恋愛では浮気してましたけどね」

「……そーですね。肝心なところで浮気性なんですよ、アイツ」


 心の傷跡を撫でられて不機嫌口調で答えながら、ケーキ専門店に入った。

 昔から彩萌のお気に入りのお店。

 テーブル席の片隅に彼女たちのグループを見つける。

 先輩の誕生日を祝うという事もあり、楽しそうにしている。

 

「で、どうします?」

「俺たちもとりあえずは席に座ろう」

「こ、これってプチデートですかぁ?」

「ちげぇよ。お前が勝手についてきただけだろうが」

「では、先輩はこんなケーキ屋さんにひとりで入る自信があったとでも?」

「……ないですね」


 周囲を見渡せば女性客ばかりの中で男性が飛び込むのは相当な勇気がいる。

 八雲はお手上げとばかりに、メニュー表を手渡す。


「ケーキ、好きなのを頼んでいいぞ」

「いいんですか?」

「……今日のお礼だ。おごってやる」

「お礼? まぁ、何でもいいです。先輩とのデートを楽しみましょう」


 嬉しそうに笑う彼女は目移りするケーキを選び始めた。

 お礼と言うのは八雲なりに思うことがあったからだ。


――ふがいない自分を叱咤激励されるとはな。


 八雲をかばい、那智に言い返してくれた和奏の想いが嬉しかったのだ。


――何も言い返せなかった。それだけにちょっと嬉しかった。


 那智に言われっぱなしで傷つけられまくった。

 彼女のおかげで傷心が和らいだともいえる。


「私、レアチーズケーキにします。先輩は?」

「俺はコーヒーだけでいいよ。夕飯前だからな」


 注文を終えて、ケーキが来るのを待ちながら、

 談笑する彼女たちの方を眺めて「彩萌か」と名前を呟いた。


「先輩想いの良い後輩じゃないか。アイツらしい」

「中々に情の深い方のようですね。話しかけないんですか?」

「今はやめておく。もう少しタイミングを見計らいたい」


 彼女たちの楽しい時間を邪魔する気はないのだ。

 タイミングを見て、彼女に話をしようと八雲は決めていた。


「八雲先輩は彩萌先輩とどんな付き合いをしていたのでしょう?」

「……お前なら知ってるんだろう?」

「事情程度は。ですが、私は先輩のいろんなことを知ってるつもりですが、それはきっと“知っているだけ”なのだと思います」

「知ってるだけ?」


 彼女はウェットティッシュで手を拭きながら、

 

「私は先輩と同じ時間を過ごしていたわけではありませんから。“知っている”と“知っているつもり”では大きな違いがあるんですよ」

「主観的と客観的みたいなものか」

「もちろん、先輩の事は調べ上げていますし、知らないことなどないほどに自負もありますが。それでも、先輩の口から聞いてみたいんですよ」


 唇の端をきゅっとあげ、穏やかな笑みで彼女はそう呟いた。


――情報が筒抜けっていうのが怖すぎる。


 スト子、侮りがたし。


「彩萌は去年、同じクラスだった。春休みに友人主催の合コンをやって、それで知り合ったんだ。お互いに気に入って、惹かれあって付き合うことになった」

「私も数日前に知り合って、惹かれあってます。お付き合いにはあと少しという所まで来ていますか? 週末のデートで私は告白するのでOKの返事を下さい」

「……ホント、無駄にポジティブなんだよな。お前って」

「それが私の取柄だと今では思っています。愛は人を成長させますねぇ」


 和奏らしいと言えばそうなのだろうか。

 八雲は今さら突っ込む真似はしなかった。

 ここ数日でこの少女の事はある程度、掴んだつもりだ。


「デートを重ねて付き合ってる事自体には満足していたよ。彩萌は見た目通りに可愛い奴だし。付き合ってる間に不満を感じたことはなかったかな」

「……ですが、現実とは残酷ですね。その裏側で、卑劣な罠に陥っていたなんて。どこかの悪女が狙いをつけていました」

「言うなって。彩萌が望んだ相手ならそれもしょうがないって諦めたんだけどな」

「あの性悪先輩の本性を知っても同じことを言えましたか?」

「反省してるさ。自分の大事なものを手放す事にほぼ無抵抗だったこともな」


 八雲は恋愛において女にフラれるのに慣れすぎた。

 恋愛の終わりはいつだって相手からだったので、今回も仕方がないと諦めた。


――情けない話だが、必死に誰かを愛したこともないのかもな。


 相手に執着心を持てずにいたことが、自分の過ちだと思い知らされたのだ。

 失ってから初めて気づくこともある。


「お待たせしました」


 店員がケーキと飲み物を運んできてくれる。

 青いブルーベリーのレアチーズケーキがお皿に乗っている。


「おいしそうなケーキです。先輩、一口どうぞ。あーん」

「いらん」

「ちぇっ。反応が塩対応です。もっと甘い展開になってもいいじゃないですかぁ。間接キスを私に楽しませてください」

「……そういう反応をされるのが面倒くさいんだよ」

「もうっ、先輩のいけず。……いただきます」


 愚痴る和奏はケーキを口に入れると満足そうに笑う。

 ほんのりと甘酸っぱいブルーベリー。

 冷たくしっとりとしたレアチーズケーキによく合う。


「おいしーですね。お店のケーキは市販品よりも満足感があります」

「ここの店は味の評判はいいからな。あの彩萌が気に入ってるくらいだ」

「美味しいケーキと大好きな先輩とのひと時。私の至福の時間です」

「さいですか」


 ご満悦といった様子の和奏だった。

 八雲は少し苦めのコーヒーの入ったカップに口づける。

 コーヒーカップの中のミルクはあまり混ぜすぎないのが八雲の好みだ。


「あら、先輩はミルクを混ぜない派ですか?」

「別に。こだわりってほどでもないが、こっちの方が味がいい気がしてな」

「お兄ちゃんもそう言ってました。コーヒーのミルクを完全に混ぜない方が、味わいに違いがうまれて美味しくなるそうです。混ぜすぎないのが良いそうです」

「そうなのか?」


 コーヒーの楽しみ方は人それぞれでこだわりがあるもの。

 無糖のブラックを楽しむ人、砂糖を大量に入れないと飲めない人。

 それぞれの楽しみ方がある飲み物だが、ミルクの入れ方にもコツがある。

 コーヒーのミルクは混ぜすぎない方がコーヒーの味を楽しめるものだ。


「はい。人間の味覚とは味が不均一の方が飽きないで美味しく感じるそうですよ」

「混ざってる部分と混ざっていない部分。なるほど、二つの味を味わうから美味しく感じられる。これって単純の好みの問題だと思ってたが、そういうことか」

「とはいえ、私は苦いコーヒーそのものが飲めないのですけど」

「女の子は苦手な奴も多いからな」


 でそんな話をしていると、ようやく彩萌がこちらに気付いて近づいてくる。

 今日も子ウサギのような愛らしい笑顔をこちらに向けて、


「あー、やっくん達だ。偶然だね」

「そうだな」

「放課後デート中? 気づいてたらアヤに声くらいかけてくれてもいいのに」

「そっちは先輩の誕生会だろ? なんかいい雰囲気で話かけづらくてな」

「やっくんは相変わらず、気遣いやさんだなぁ」


 ふたりは偶然を装って、彩萌に話かける。


――警告してどうにかなるわけでもないが、しないよりもマシか。


 那智の本性を知って、彩萌の気が変わるとは思えない。

 だが、何もせず無視もできない。

 そういう不器用な優しさを和奏は傍で「先輩らしい」と小さく笑っていた。

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