第18話:放課後ウォーズ、開戦前夜
「さぁて、お兄ちゃん? 自分の行いの愚かさを痛感してもらったところで質問があるの。貴方の知っている那智先輩の情報を吐いて」
お尻を蹴られた痛みに悶絶する兄に容赦のない言葉を投げかける妹だ。
教室の隅に追い込まれて、びくびくとおびえる浩太は、
「那智の事って言われても一年とちょっと前のことだぞ。付き合っていた時も、それほど相手の事を知っていたわけでもなかった。本命とは別に、見た目的にいいなぁと思い、手を出しかけていたところで発覚したわけで……」
「……先輩、このダメな兄の言い訳を聞いてどう思いますか?」
「親友をやめてもいいかもと思い始めてきている」
「ちょっと、お待ちくださいよ!? ずっと友達でいてくれ」
親友から見放されかけている現状に情けなく浩太は食い下がる。
「その反動か今は恋愛していないようだし、執行猶予付きで許してもいいか」
「……俺の心が癒されるのには時間がかかるのさ」
「二股してた悪評も女子に流れてるからでしょ」
「うぐっ。和奏が兄に容赦なさすぎて泣きそう」
事実、悪評のせいもあってか高校に入ってまだ誰とも付き合えていない。
自らの行いを悔いるのみである。
浩太の恋愛はともかくとして、那智という少女はどういう相手なのか。
「でもさぁ、アイツって別にガチで女好きでもなくね?」
「どういう意味だ?」
「俺の知る限り、アイツが女好きなんて今の今ままで聞いたこともないし」
「それは俺もそうだけどさ」
浩太や八雲も、那智を知ってるがゆえに信じられずにもいる。
「ですが、彩萌先輩と付き合ってるのは事実です」
「……彩萌ねぇ」
八雲はかつての恋人への未練に似た想いを引きずっている。
だが、今の彼女の関係を肯定しているわけではない。
「なぁ、スト子。女が女を好きになるってお前らの年頃で平気であるのか?」
「あるわけありませんよ。女子で変な妄想をしないでください。男子もないでしょ。個人の問題です」
「……確かに。性的マイノリティはあくまでも個人の問題だからな」
「でも、女子ってよく女同士でも手をつないだりしていないか? 仲良すぎるっていうか。そういう光景をよく見かけるぞ」
「お兄ちゃん。それを言うなら男子も、スポーツで励ますときにお尻を撫でまわしたりしてるでしょ」
「たまにあるけど、それとこれは別の話だ」
過剰なスキンシップと恋愛はイコールではない。
もちろん、可能性の問題は否定することはないけども。
「……結局は当人同士の問題か。その辺、調べてみたらどうなんだ?」
いくら考えた所で答えは本人たちしか知らない。
浩太の言葉に頷くしかないふたりだった。
「ほら、釈放だ。これ以上、悪さをするなよ」
教室から出た八雲は浩太の肩をたたく。
「おいら、心を入れ替えて健全な恋愛をします。なので友として見捨てないで」
「それはお前次第だぞ、浩太」
「私はすでに兄としては見放してますけどね」
「ひどっ!? 妹は兄に手厳しすぎると思うのだ」
自業自得と言う言葉がお似合いの浩太だった。
とぼとぼと立ち去る彼を空き教室から追い払い、ふたりは鍵を返しに廊下を歩き始めたのだった。
「この鍵って無断で借りているのか?」
「いえ、あの教室は私の友人がしている同好会で使っているものです。その関係で使わせてもらっています。便利でしょう?」
「友人ねぇ。スト子って友達が多かったりするのか?」
「子供の頃は人見知りで少なかったですけど、高校では友人グループに恵まれていますよ。ぼっち席でお昼ご飯を食べる真似はしません」
「……すみませんねぇ、ぼっち席で食事をしていて。友達いないわけじゃないぞ」
どこか拗ねた口調の八雲に彼女は微笑しながら、
「ふふっ。では、私とお食事をしましょう」
「……お断りいたす」
「では、私達の友達グループで食事をしませんか?」
「なんで後輩の女子グループに交じってご飯を食べるんだよ」
「おひとり様の先輩が寂しいのではないか、と心配しているんですぅ」
――余計な心配だっての。されても困る。
後輩に心配されるのはとても悲しい現実である。
他愛のないやり取りを交わして鍵を職員室に返し終わると、
「で、どうするつもりだ?」
「彩萌先輩たちの部活は料理部だそうですね」
「そうだな。彩萌は運動系が苦手だから好きな料理を選んだって言ってたっけ」
「かたや、那智先輩は料理が苦手だからこそ料理を覚えたくて入ったそうです」
「……なんで、お前が那智の情報を知ってるんだよ。面識ないだろ」
彼女は自分の手帳を彼に見せつけると、
「実は私が調べた那智先輩の情報がここにあります」
ずらっといくつかの情報がきれいな字で書かれている。
「お兄ちゃんならば何かしら、情報をつかんでいると思い尋問しましたが役立たず。なので、ここは私が調べた情報を頼りにするしかないようです」
「……お前、兄には遠慮容赦ないよな」
「あの人、平気で妹のお風呂を覗こうとする変態ですので」
「浩太らしいと言えばそうだが……」
手帳を渡された八雲は適当に読み始める。
・好きなスイーツは駅前の洋菓子店『阿比留』の抹茶ロールケーキ。
・猫が大好きで家では2匹の猫を飼っている。名前はポテトとサラダ。
・実家は代々、お医者様の家系でお嬢様。でも、本人は注射が大の苦手。
・なお、本人の将来の夢も医者志望。
・一つ下の妹がおり、彼女を溺愛している。
手帳には同級生である八雲も知らないことまで調べられていた。
「ポテトサラダって、猫の名前じゃねぇし。センス悪すぎだ。食べたかったのか」
「そうですよね。マカロニサラダの方が可愛くて好きです」
「……そういう意味じゃねぇよ」
猫の名前から趣味や友人関係まで短時間にしてはよく調べられていた。
――地味にすごいな。将来は探偵業でもしてくださいな。
同様に自分の情報も調べられていると思うと背筋が寒くなる。
「生年月日、好きな食べ物から嫌いな人間まで、調べられる限りの情報を昼休憩の間で調べつくしました。時間がないわりには調べられた方だと思います」
「……スト子スキルすげぇ」
「幸いにも近くに情報源がいたので。ですが、那智先輩の事を知れば知るほどに、不思議な感じもしてくるんですよねぇ」
「というと?」
「那智先輩は本当に女の子が好きな人なのか、という疑問ですよ」
情報にはその疑問の部分も書かれていた。
・エンドストリームのリーダー、前林君の大ファンである。
有名男子アイドルの名前は八雲にも聞き覚えがあった。
「男子アイドルグループ、エンドストリームの前林君の大ファン?」
「えぇ、公にしているそうですよ。他にも、クラスでは男子と平気で話すことも多いのだとか? これが同性愛のフェイクだとするのならば、相当な役者では?」
「那智かぁ。俺もそれほど親しくないからな」
「中学の同級生だったんでしょう?」
「当時は同じクラスメイトで話をしたこともあったけどな」
那智のイメージはプライドが高く、どこか気高き血統書付きの猫のような子。
ちょっと話しても、会話が盛り上がった記憶はない。
――とっつきにくいし、怒らせると怖い。そういうイメージの子だ。
「……この妹を溺愛しているって意味は?」
「それは恋愛的な意味合いではないようです。妹に懐かれており、とても可愛がっているのだとか。以前、妹を口説いた男子はひどいめに」
「……マジで?」
彼女は無表情でその相手の名前を口にする。
「その先輩の名前は……大倉浩太と言うそうです」
「だと思ったよ!? 何も知らずに妹に声をかけてひどい目にあわされたのね」
「我が兄はどうしようもない人です。二股した相手の妹を狙おうとしたのですから。今も攻撃されているのは、そのせいかもしれませんね?」
「……なるほどなぁ」
何とも言えない因縁関係である。
「浩太の女運のなさは俺によく似ているかもしれん」
「どうでしょう。先輩は女運が悪いわけではありません。だって、私と巡り会ってるじゃないですか。私はこーみえて尽くしまくるタイプの女ですよ」
胸を張って自分をアピールする。
「料理は得意で、お世話好きでもあります。愛する人に尽くす一途な乙女です」
「行き過ぎてスト子だろうが」
「浮気はしません。同性に惹かれることもありません。先輩だけを愛し続けて早6年弱、私の一途な想いを疑われますか?」
「……」
それだけ真っすぐに人を愛するのはある意味、難しいものだと思う。
――こいつの一途については否定はできないな。
思われている方としては何とも言いづらい事でもある。
和奏はくすっと楽しそうに笑っていた。
「今の私は結構リア充気分を味わえているんですよ?」
「どういう意味だ?」
「先輩とこうして放課後に同じ時間を過ごせています。そして数日後には初デートの約束もしています。幸いにも天気もいいそうですから楽しみですね」
「約束って言葉がいろんな意味で重いぜ」
八雲自身、彼女を気に入りかけているのは事実。
でも、警戒心がいまだに解けない。
それはスト子の性格を知るがゆえにであるが。
「好きな人と同じ時間を過ごす。それだけで、私の心は満たされているんです」
和奏は可愛らしく笑顔を見せて八雲に言った。
――こいつの笑顔は、嫌いじゃない。
そう思うこと自体、自分が和奏に惹かれているのだと気付かないフリをする。
「では、そろそろ本命の所へ行きますか?」
「那智のところか?」
「今日、この時間は部活動中のはず。料理部の部室は家庭科で使う教室でしたね」
「……あまり会いたくない相手ではあるが、会わないことには始まらないか」
これが那智という少女との因縁の戦いの始まりになることを彼らはまだ知らず。
放課後ウォーズ、開戦である――。
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