第4話:きしむベッドの上の攻防戦、その結果
和奏を押したおし、行為を迫るかのように見える体勢。
誰もが間違いなく誤解する光景だ。
それを彼女の親に見られるという史上最悪の状況。
そんな絶体絶命の状況に陥る、八雲は必死で言い訳をする。
「違います、これは違うんですよ」
「何が違うの?」
八雲は和奏をベッドに放置して、美冬の誤解を解く。
ここでの対応次第で彼が警察に突き出されるかどうかが決まる。
そう言っても過言ではないため、悪あがきと言えど必死だった。
「おばさん。話を聞いてください。これは複雑な理由があるんです。すべてはこの女が仕組んだこと。俺は犯罪行為は一切しておりません。信じてください」
「つまりは同意の上で“こと”に及んだ、と?」
「何でそうなるんですかぁ!?」
無実の罪でありながら、冷たい視線にさらされる。
えん罪事件とはこうして作られるものなのかと実感しつつ、
「何も及んでないし。同意でもないし。いろんな意味で認めたくもないし」
言い訳を並べる八雲を黙らせるよう、和奏は乱れた服を直しながら、
「やだなぁ、先輩。私のこと、好きにしたいって押し倒したんじゃないですかぁ」
「は?」
「お互いに同意の上でやっちゃいました。激しいプレイに身を委ねてしまったのを認めます。お母さんに見られて恥ずかしい」
「この子、何言ってくれちゃってるの!?」
床に落ちた制服の上着を着なおす和奏は堂々と言い放つ。
「先輩が激しいから、疲れちゃいました。ふぅ」
「ぐわたgふぁふぁhf!?」
言葉にならない声で八雲は取り乱す。
美冬は娘たちの情事を目撃したのをだと照れくさそうに言う。
「やっぱりそうだったのね。ごめんなさい、邪魔をしてしまったわ」
「……あの、だから誤解ですってば」
「まぁ、年頃だもの。しょうがないわよねぇ。私も昔、経験したことがあるからよくわかる。女の子から誘うのって勇気がいるけど、愛したいのには代わりないし」
そんな微妙すぎる話は聞きたくなかった。
どう反応していいのか分からない。
「部屋に誘ったのは和奏なのでしょ。そして、それに応えてしまった八雲君」
「……そう。先輩は私の誘いに乗ってくれたの」
「いつの間にか娘もそういう年頃だっていうのを思い知らせてもらったわぁ」
――ダメだ、この親子。人の話をまるで聞いてくれやしない。
なす術のない負け犬は黙り込むだけだった。
「それに、和奏は前から八雲君が片恋相手。これはこれで良い展開かな、と」
「そんなさらっと爆弾発言しないでください!?」
――初めて聞いたっての!
そもそも、それなら先ほど言っていた娘の片恋相手が八雲だということになる。
「でも、さすがに同意の上とはいえ、避妊くらいはしておいてほしいなぁ」
「は、はぁ。あのですね、それは……」
「ただし、八雲君。娘を傷物にした責任はちゃんと取ってもらうわよ?」
「お願いですから、話を聞いてー!?」
八雲の言葉が大倉家の人間にはスルーされる運命なのか。
幸いなことに犯罪者として捕まることはなかった。
色々とうやむやになった事もあり、その場を逃げ去る八雲だった。
「ちくしょう。ひどい目にあった。ホントに何者だよ、あの女」
もう二度と大倉和奏という女には会いたくない。
そう心に誓うのだった――。
ひどいめにあったと家に帰るなり、八雲は抗議の電話を浩太にしていた。
精神的に疲れ切って、ベッドに寝ころぶ。
「おい、浩太。お前の妹のせいで俺はいろいろとボロボロだぜ」
『その件に関して、我が家では現在も騒動の真っ最中なんだ』
「何かあったのか?」
『妹が彼氏を家に連れ込み、ことに及んだと父に暴露して、大荒れだ』
「全部が誤解だからな!? 誰が彼氏だ、捏造しないでくれ」
そこには何一つ真実がなかった。
携帯電話を投げたくなる気持ちを我慢する。
『うちの親父って娘を溺愛しているからなぁ。今度会ったら、八雲は……』
「不安になることを言うんじゃないよ。もうお前の家に行けるか!」
そもそも、何が何やら分からない。
和奏という女子に押し倒された事件は何だったのか。
「あの和奏って女は何者だ?」
『俺の妹だよ。ああみえて合気道とかやってから見た目に反して強い。襲うなら気を付けろよ。返り討ちにされるぜ』
それは身をもって教えられたのでよく知っていた。
簡単にひねられてしまったのは男のプライドを砕かれた気がする。
「お前もあっさり俺を見捨てやがって……」
『びっくりした。家に帰るなり、妹の部屋で友人が今にもエロい展開になりつつあったんだ。エロ漫画でよくある展開じゃないか』
「……そんな甘ったるい行為ではなかった」
『なんだよ、こっちも気を利かせて邪魔せず音楽をかけてやっただろう』
「その気遣いが無駄だっての!? お前の妹に俺は襲われてた方だ!」
電話越しに叫びながら八雲はうなだれるのだった。
思い出すだけでも、あのベッドの上の攻防戦は激しいものであった。
『なんで、そこまで反対するんだよ? 良い女だろ、我が妹ながら容姿はいい方だと思うぞ。地味ながらも可愛い系女子として学校でもたまに噂される』
「……知らん。可愛いとかそういうのが問題ではなくてな」
『お前の好きそうなタイプだろうが。胸も大きい方だし、今後も成長もするだろう。なぜ、手を出さない。まさか、前回の失恋が精神的にダメージとなって……』
「うるせー。そういう意味じゃないって言ってるだろ。いきなり知らない女に押し倒されて、手を出せるのはエロ漫画の世界だけだ」
『ページ数が限られてるゆえの超展開。なるほど、現実では受け止められんのか』
「見知らぬ女と出会って数ページで全裸になれるほどの勇者にはなれん」
八雲は疲れ切った顔をしながらため息をつく。
携帯電話で浩太と話しながら、彼は今日一日の出来事を振り返っていた。
ひどい目にあったと一言でまとめるには辛すぎる。
「あのさ、和奏が俺を好きだっていうのは知ってたか?」
『知ってるよ。お前、昔にアイツと会ったことがあってな。その時から恋い焦がれた。もう何年前かな。小学生くらいだった気がするが』
「……ずいぶん昔の話じゃないか。俺は初耳だぜ」
そもそも、和奏の事さえ覚えてもいなかった。
――浩太の妹なんて、話したのはいつ以来だ?
彼の記憶には残っていない。
それほど前なのか、印象が薄かったのか。
どちらにしても、恋い焦がれられるイベントは何もなかったはずだ。
『まぁ、俺とすれば和奏の片思いで終わると思って放っておいたんだよ。それがまさかあんな展開になるとは。くんずほぐれつ、やるな』
「何もやってないって何度も言わせんな」
頼りにならない友人に八雲は不貞腐れる。
「和奏は俺と同じ学校に通ってるのか?」
『そうだぞ。今年から一年生として通ってる。お前も何度か見かけてるはずだ』
「知らねぇよ。初めて見たっての。もう関わりたくもないぜ」
容姿レベルでいえば、確かに可愛らしい女の子ではあった。
あんな出会いでなければ、八雲も心を惹かれることもあったかもしれない。
あの悪夢のせいで、今はもう無理そうだが。
『和奏の事なんだが、八雲さえよければ恋人にするのはどうだろうか?』
「……人の話を聞いてたか?」
『アイツなりに一途なだけなんだよ。兄としては応援してやりたい気もする』
「親友の窮地を助けてくれなかった男の言葉は聞きません」
――ある意味でトラウマになりそうだった。
自分の女運が悪い意味でないのは知っていた。
――女に襲われるなんて思いもしなかった。
人生、何が起こるか分からないから怖すぎる。
自分の人生、女運がないのはよく知っていた。
だからと言っても、この巡りあわせはないだろう、と嘆く。
「……いくら可愛いと言っても、性格に難がありすぎる」
『思い込んだら、何をするか分からない。それが俺の妹への評価だ』
「最悪じゃないか」
『でも、一途な愛を向けられるのは悪いことではないだろう?』
浩太の言葉に八雲は何も言葉を返さなかった。
返せなかったと言うべきかもしれない。
一途な愛にこれまでの人生で縁がなかったのだから。
これまで何度か交際経験のある八雲だが、別れはすべて女性側だった。
ネトラレ経験は前回のみだが、自分に興味を失われた過去は何度かある。
――興味がなくなった、俺に飽きた、好きな人が別にできた。
誰もが彼の前を去る時に告げたのは、恋愛対象としての否定の言葉。
愛されることは簡単だが、愛され続けることは難しい。
八雲は天井を見上げて憂鬱な気分を引きずりながらも、
「……和奏にあれだけは謝っておいてくれ。逃げるためとはいえ、手荒に扱ったのは悪かった。掴んだところが少し赤くなってたからな。あれは悪かったよ」
『それ、本人の口から言うべきじゃないか? 喜ぶぜ』
「喜ばせてどうするんだよ。俺は関わりたくないって何度も言ってるし」
浩太の家に行きさえしなければ和奏と会うこともない。
そう安易に思っていた八雲だったのだが考えが甘すぎた。
大倉和奏はあまりにも深く八雲を“愛しすぎていた”――。
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