第1話:女運のなさに定評のあるこの俺の恋愛


 朝練の部活動の声が響く校庭。


「毎朝、ご苦労なことで。部活なんて俺には無理だな」


 運動神経が悪いわけではないが、集団行動をあまり得意としていない。


「運動系の部活に入る気にはなれないな」


 一生懸命に部活動に励む生徒の応援はするが、自分が参加する側になるのは想像もしたくないのが八雲の心情だった。

 横目に眺めながら、八雲は自分の教室に向かっていた。

 部活動をしているわけでもないのに、こんな時間帯に学校にくる生徒は珍しい。

 

「おはようさん」


 教室に入るとまだ数人程度しか来ておらず、適当に挨拶をして自分の席に座る。

 友人たちが来るまで、学校の課題をしながら暇をつぶすのが彼の日課だった。

 八雲は勉強が特別できるわけでもないが、成績がいい方なのはこういう時間帯を利用して予習復習をしているからだとも言える。

 しばらくして、生徒が次々と集まり始めた。


「八雲、おはよー。六月だってのに暑いなぁ。朝から死にそうだ」

「そうだな。寝苦しい夜には違いない」


 梅雨の時期の独特の湿気の多い蒸し暑さ。

 誰もが苦手にするものだ。


「なぁ、数学の宿題やってきたなら見せてくれよ」

「またか。ったく、浩太も宿題くらい自分でやれよ」

「へへ。頼みますよ、親友殿」

「しょうがないな」


 隣の席に座る男子生徒は大倉浩太(おおくら こうた)という。

 八雲の小学生時代からの付き合いのある腐れ縁。

 お互いに親友と呼べる間柄である。

 

「お前はいつも朝早く来てるけどさぁ。そんなに早い時間にくる必要あるの?」

「弟や両親が朝早くに出かけるんだよ。それに合わせてる」

「なんで? それなら、家で時間をつぶしてればいいだろうに」

「……バスの時間の問題だ。早い方が楽なんだよ」


 ちょうど今どきの時間帯はバスも混雑しており、満員電車気分を体験できる。

 浩太が来る時間など、定員オーバーギリギリで車内は窮屈だ。


「ああいうのは勘弁だ。どうせなら早く来てでも楽な方を選ぶね」

「なるほど、合理的だ。だが、同じバス通学でも俺は少しでも寝てたいけどな」


 課題のノートを写しながら浩太は、


「そうだ。今日の放課後、うちに来いよ。またあのゲームをやろうぜ」


 最近、ふたりがハマっているゲームがある。

 同時プレイでクエスト攻略することもできるタイプのものだ。


「今日、ここに来るまでにクエストを単独クリアしようと思って撃沈した」

「ははっ。あのクエストは一人じゃ無理だろ」

「レベルも上げたいし、今日も放課後はゲームか。男ふたりでゲーム、青春だね」

「……お互いに現在は寂しい身だからな。しょうがないさ。寂しい青春、万歳だ」


 ふたりとも現在の所、恋人はいない。

 八雲は先月に恋人と別れて以来、縁がなかった。

 

「そういや、八雲は何で彼女と別れたんだっけ?」

「聞いて驚くなよ。彼女に好きな“女の子”ができたからって」

「……お、女の子? はぁ、男じゃなくて?」


 呆然とする浩太を前に、八雲はどこか遠くを見つめる。

 当時、付き合ってた彼女の事を思い出す。


「女だよ、女。同じ部活の子だとか」

「マジかよ。ありえんだろ」

「ホントだ。男ができたならまだ悔しいと思えるが、好きな女ができたと言われてフラれるのってどうよ。何でそっちの道に走りやがるんだ、としか言えない」


 なにゆえに自分の恋人は女相手に奪われたのか。


「……ゆ、百合か、百合方面なのか? 女に取られたのか」

「あんなのは漫画だけの世界だと思ってたのにな。思春期女子の恋の目覚めっていうのは恐ろしいぜ。ったく、俺の女の運なさもここに極まれりだ」


 朝から憂鬱なため息をつくしかな男子二人だった。

 

「まぁ、なんだ。次は頑張れ、八雲」

「本気で悲しくなるから慰めないでくれ。恋愛なんて当分はいいや。面倒くさい」

「お前は昔からモテるくせに、女運が悪いことで定評があるからなぁ」


 過去の恋人もろくな別れ方をしていない。

 めぐりあう女運の悪さに、自分自身も納得して肩をすくめるしかない。

 そんな八雲だからこそ、“彼女”との出会いは必然だったのかもしれない――。






 放課後になり、帰り際に浩太の家によると八雲たちはゲームをする。

 男二人が部屋でゲーム機を操作する、寂しい絵だった。

 だが、そんなことはおかまいなしにゲームをすることに夢中だった。


「おー、援軍が来たぞ。加藤たちのギルドだな」

「帰り際、声をかけておいた。これならある程度までダメージを削れる」

「さっさとボスを倒して、クリアしようぜ」

「レイドボスクリアでアイテムゲットだ。よし、いけ」


 友人たちとの協力プレイで順調にクエストも無事に攻略。


「レアアイテムゲット。今日の俺は運がいいぜ」


 ひと段落ついた時、浩太は「あれ?」とジュースが空になってることに気付く。


「ジュースなくなった。ちょっと買いに行ってくるわ。お前も何かほしい?」

「コーラでいいよ」

「了解。適当にくつろいでおいてくれ」

「あぁ。そうだ、ちょっとトイレを借りるぞ」


 買い物に出かけた浩太を見送り、八雲は部屋を出た。

 トイレを借りて、部屋へと戻る途中、浩太の母である美冬(みふゆ)に出会う。

 昔馴染みであるため、何度か顔を合わせているので軽く挨拶をする。


「どもっ。おじゃましてます、おばさん」

「あらぁ、八雲君じゃない。また浩太とゲームばかりしてるの」

「はは、そうっすね。寂しい青春を送ってます」

「彼女とか作って青春の謳歌しなさいよ。うちの浩太も今は全然彼女とか作ってないみたいだし。男の子なんだから恋愛大好きでしょ」


 高校生=青春という構図。

 誰もが恋に浮かれ、青春を満喫しているわけではない。

 

「私なんて八雲君くらいの年頃は恋愛しまくってたわ」

「そうなんですか?」

「そうそう。失恋も含めて、恋愛を楽しんでいたものよ。そういう意味では、娘の方が心配かも。あの子、ずっと片思いばかりしてるみたいで……」


 話には何度か聞いてるが、あまり彼の妹とは面識がない。

 時々、浩太の会話に出てくる程度の存在だ。


「高校生になったんだし、恋人を作ってもらいたい。八雲君はどうなの?」

「俺、前に付き合った女の子が同じ部活の子を好きだって言われてフラれたのが軽いトラウマです。しばらく、恋愛は遠慮したいっていうか」


 彼女は「うわぁ」と気まずそうな顔をしつつ、


「……ネトラレちゃった?」

「取られた相手も女の子なんですよ。女に女を取られた。意味の分からない、俺の女運の悪さを笑ってやってくださいな」

「あ、あはは……」


 同性相手に恋人を奪われたと言うのは、さすがにネタとしても笑えなくて。

 さすがの美冬も苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 

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