親友の妹はなぜスト子なのか?

南条仁

第1シリーズ:親友の妹はなぜスト子なのか?

プロローグ:その恋はとても甘く、とても危険で


 神原八雲(かんばら やくも)は親友の家に遊びに来ていた。

 いつものように放課後になり、ゲームをして時間をつぶしていた。


――そうだ、少しの間だけ待っていてくれと言われたんだ。


 飲み物でも買ってくると出かけた友人を待っていた。


――それが何でこうなった!?


 思わぬハプニングが八雲の身に襲い掛かった。

 現在の彼の状況を一言で説明する。

 おっぱい丸出し寸前の半裸姿の美少女に“押し倒されている”。

 彼に馬乗りになるのは女の子の方だった。


「……八雲先輩」


 うっとりと恍惚の表情を浮かべる可愛らしい少女。


――誰だよ、この女ぁ!?


 見知らぬ女にベッドへ押し倒されている想定外の現状。

 八雲には驚きしかなかった。

 

「は、離せ」

「いやです」


 彼女は衣服を着崩している。

 見え隠れする素肌に艶っぽさを感じる。

 

「うふふっ、先輩が私の事を襲ってくれるなんて……」

「襲われてるのは、こっちの方がだ!?」

「でも、こうされるのは私の本望です。貴方になら抱かれてもいい」

「誰が好き好んで知らない女と関係を持つか!?」


 別に女子と関係を持つのが初めてとかでもない。

 単純に、初対面の相手といきなりするのは遠慮願いたいだけだ。

 脱ぎかけの学校の制服から見え隠れする下着に、八雲は視線を逸らすしかない。


――なんなんだ、この状況は。理解ができないぜ。


 思春期の女の子特有の甘い匂いが香る部屋で。

 

「うふふっ」


 八雲を押し倒し、艶っぽく笑う少女は、誰なのか。

 どうして、こんなことになっているのか。

 それは少しだけ時間をさかのぼる――。






 高校二年生である八雲の朝は早い。

 朝の6時半には中学生の弟が野球部の朝練のために朝食を済ませて出かける。

 それに合わせて朝食を食べなければ、温かな朝食にはありつけない。

 共働きの両親も二人そろって出かけるために、ひとり残されてしまう。

 うっかりと寝過ごしでもしたら、間違いなく遅刻コースだ。

 そうなりたくないので、ある程度は同じ時間に出ていくしかない。


「ふわぁ、今日も朝がやってきた」


 顔を洗って身支度を整えるとリビングへ。

 そこには母と弟がすでに食事をしていた。


「おはよう、八雲。朝ごはん、さっさと食べちゃって」

「おはよう。……おい、時雨。お前、人の漫画を勝手に持っていくな」


 ちょうど、弟が漫画雑誌をカバンの中に入れているところだった。


「いいじゃん。兄貴はもう読んだんだろ? このまま学校に持っていくよ」

「持っていくのなら一言声を掛けろと言ってるんだ。あと、人の皿にプチトマトを放り込んでいくんじゃねぇよ。せめて代わりにセロリを持っていけ」

「どっちも嫌いだし。兄貴は細かいことを気にしすぎだっての」


 生意気盛りな弟が八雲のサラダにプチトマトを放り込んでいた。

 いつものことながら呆れた顔をする母親からは、

 

「時雨。好き嫌いしてたら体力もつかないし、レギュラーにもなれないわよ」

「トマトひとつでレギュラーになれたら、そっちの方がすごいよ」

「リコピン効果をなめるな、弟よ」


 びしっと指を向けて八雲は弟に言い放つ。


「トマトに含まれるリコピンは美白やダイエット、病気予防だけでなく、最近はガン予防にも良いとされるトマトの素晴らしさを侮るんじゃない!」

「……兄貴、そこまでトマト愛があったっけ?」

「昨日、テレビで見ただけでしょ」


 そう言う母は淡々と「冷める前に食べなさい」と八雲に食事を促す。


「農家さんに感謝の気持ちをもって、さぁ、食べろ!」

「お、おぅ。兄貴がそこまで言うならひとつだけ……やっぱり、まずっ!?」


 勢いに任せて食べたものの苦手なものは苦手だった。


「あ゛ー、無理だぁ」


 声にならない声をあげて悶絶する。

 きっとトマトジュースなど飲ませたら、のたうちまわるであろう。


「この粒粒の種の感じが俺にはダメ。一生、リコピンと縁がなくていい」


 苦い顔をする弟が漫画雑誌を片手に学校へと出かける。


「……朝から死にそうな気分だ。いってきます」

「いってらっしゃい。しっかり頑張ってきなさい」


 八雲は「美味いのに」とトマトをかじり、食パンにバターとジャムを塗る。

 お気に入りのピーナッツバターのジャムをたっぷりと塗るのが八雲流。

 溶けたジャムが焼きたての食パンによく合うのだ。


「父さんはもう出たのか?」


 食パンを食べながら母に問う。


「とっくにね。お母さんもそろそろ出かけるから」

「うぃー。お仕事、頑張ってください」

「後片付けだけやっておいて」

「はいよ。いってらっしゃい」


 結局、最後に残った八雲は家族の朝食の後片付けをさせられる。

 これもいつものことだった。

 朝食をのんびりと終えて、テレビのニュース番組をかけながら食器を洗う。

 

「今日の天気は晴れか。梅雨時の晴れ間は貴重だからな」


 家族4人分の皿洗いをすませた頃にはちょうどいい時間だ。

 

「……7時15分か。そろそろ、俺も出るか」


 最後の皿を洗い終えて、彼は水道の蛇口を閉めた。

 学校の登校時間にはまだ1時間も余裕はある。

 だが、八雲はこの時間には学校へ行くことが多い。

 理由は単純だ。

 学校へ行くためのバスが早い時間帯だと混んでいないからだ。

 彼の通う学園は高台にあるために、自転車通学かバス通学を選ぶしかない。

 歩いて通う生徒はほぼ皆無、長い坂道を自転車をこいで走るのも面倒だ。

 必然的に選択肢は限られて、八雲はバス通学を選択する。

 バス停のある駅前までは歩けば数分の距離。

 家を出てあっという間に学園行きのバス停にたどり着く。


「おっ、時間ちょうどだな」


 『学園行き』と書かれたバスがちょうどやってきた。

 この時間帯のバスは生徒の数が少ないので好きな座席に座ることができる。

 

「今日もお気に入りの席をゲット」


 前から3列目の左側の席、前過ぎず後ろ過ぎず。

 なんとなく好みで座り始めたこの席を八雲は気に入っている。

 高校に通い始めてから1年と2か月、ずっとこの席に座り学校へ登校していた。

 バスの中には10名もいない。

 必然的に同じ時間帯に通う人間の顔は同じものだ。

 前の列に座る男女二人は恋人同士のようで毎日、同じ席に座っている。

 

「ねぇ、昨日の電話、どうして出てくれなかったの?」

「すまん。昨日は疲れて早めに寝てたんだ」

「ホントに? 誰か別の子と会ってたとか?」

「違うってば……。あんな時間じゃ何もしてないって」


 何やら軽いトラブルがあったようで、朝から女子の方は不機嫌そうだった。

 後ろの席に座る男子は広々とした席のど真ん中で寝ていることが多い。

 体格がよく、二人分の席を独占するが、人が少ないと気にする人もいない。


「この時間だと顔ぶれは変わらないな」


 いつもの光景だ。

 八雲が気になるのは、彼の斜め後ろの右側の席に座る少女だ。

 一年生なのか、今年の春からずっと同じバスの時間帯で通っている。


「……」


 少女は本に視線を向けてこちらに気付く様子もない。

 文学少女というのだろうか。

 毎日のように本を読んで時間を過ごしている少女。

 彼女はいつもマスクをしているので、素顔を八雲は知らない。

 

「顔つき的には可愛くは見えるが……」


 人間というのはパーツのバランスがあるので一概に言えない。

 可愛い子であってほしいという願望を裏切る、それがマスクという仮面である。


「女子って無意味にマスクしてる子がいるよな」


 花粉症の時期でもないのに、マスクをしている意味が八雲には分からない。


「乙女の事情ってやつなんだろうか」


 マスク女子の素顔を勝手に想像する八雲だった。

 あまりじろじろとそちらに視線を向けるのも悪いので、


「ゲームでもするか」


 携帯ゲームをしてバスが学園につくまでの時間をつぶしていた。

 八雲がハマっているゲームはオンラインで協力プレイのできるタイプのものだ。


「くっ、イベントのクエストが難しすぎる。今のレベルじゃ無理か」


 この時間では援軍もなくあっけなく撃沈。

 ボスレベルの高さに諦めて、彼は地道にレベル上げをすることに決めた。

 ふと、誰かに見られている気がした。


「……?」


 誰かの視線を感じたのは気のせいだったのか。

 何となく後ろの女子生徒の方を見ると、


「……っ……」


 なぜか一瞬ではあったが目線があった気がした。

 時々、こんな風に彼女とは視線が合うことがある。


――まただ。あの子、時々、俺の方を見てるような気がする。


 すでに彼女は再び本を読み始めていた。

 単なる偶然だったようだ。


――知らない他人と目線が合うのって気恥ずかしいよな。


 わざとではなく、偶然だとしても、知らない相手と目と目が合うのは何とも言えない気分になるものだ。

 ちょうど『学園前です』と、アナウンスが車内に響く。

 バスが目的地についてしまい、それ以上は気にせずにバスを降りることにした。

 

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