恋は100円
沖田 陣
恋は100円
「君が好きだ」
好きなあの子に告白してみた。
「ハンバーガー奢ってくれる?」
返事は、どうやら彼女が食べ終わってかららしい。
――遠目でもわかる凛とした顔立ち。枝毛の一本も無い(に違いない)黒のサラサラロングヘアー。スラリと伸びた健康的な四肢。たまに見せるあどけない笑顔。
そんな佐野を俺が好きになったのは、二年になり彼女と同じクラスになってからだ。
はじめは、確かに彼女の起こす奇々怪々な言動に俺も周りの皆と同じ印象を持っていた。だって佐野ってば、授業中に蚊が飛んでいたとかいう理由でいきなり教科書を丸めたかと思うと、思いっきり自分の机を叩いたんだ。その前日、席替えで彼女は最前列の中心に座ってたもんだから最悪だったよ。その時授業をしていた生物の先生は、自分の授業内容に不満があるのかと勘違いして怒り出すし、両隣のクラスメイトなんかその突然の行動に気味悪がって席を――あからさまに――遠ざけてた。
まぁ、そんなわけだから彼女には大して友人と呼べる仲間もおらず、休憩時間や昼休みはいつも一人で過ごしていた。そのくせ、全くといっていいほど寂しそうにしていなかったりするのが佐野らしかった。
彼女はまた、どの部活にも所属していなかったから、授業が終わるとすぐに下校した。俺も帰宅部だったから何度か彼女とは下駄箱で一緒になったけど、いつもそこで彼女は困ったような顔をしていた。
「どうしたの、佐野さん?」
初めて下駄箱で一緒になったある日の放課後。
ぽつんと立っている彼女は、ハタから見ればもの凄い美人に見えた。実際、顔立ちは整ってるんだからそりゃ絵にもなるよな。
俺はチャンスとばかりに愛想笑いを振りまいて声をかけた。
けれど、返ってきた言葉はそんな俺の目論見を見事に粉々にしてくれた。
「……自分の靴箱の位置。忘れちゃって」
――言っとくが、毎回だぞ?
下駄箱で佐野に会うとき、彼女はいつもそこで困ったような顔をして立ち尽くしてるんだ。さすがにこの時は俺も耳を疑ったよ。もう高二にもなる奴が、自分の下駄箱の位置すらわからないとは。しかもこの前の中間テストでは学内トップ10に入った奴がだぜ?
「こういうパズルみたいなの、苦手なのよね」
何回目かにその場面に遭遇したとき、佐野は初めて自分から俺にそう言って苦笑した。突っ込みどころはいくらでもあったけど――パズルとかそんな次元の話じゃないだろとか――その時の佐野の表情に、俺は一瞬で心を奪われた。
普段から人付き合いの無い奴だから、佐野が見せる表情のバリエーションは極端に少ない。彼女のことを気付けば目で追っている俺も、基本的に佐野が笑っているのはあまり見たことが無いくらいだからな。ただ、このとき初めて俺に向けて発信されたその表情――どこか拗ねたような、それでも無理やり笑い話にしようと努力しているような顔――を見たとき。
……なんだ、そんな表情もできるんじゃん。
なんて頭のどこかで冷静な分析をしながら、俺はぽけーっと馬鹿面下げて突っ立てたに違いない。
□■□■□
そして現在。
彼女は俺の目の前でハンバーガーを頬張っている。先月から期間限定で始まった100円のピリ辛じゃがバーガーなるものを、それはもう無表情もいいところで食している。そんなんじゃ美味しいかどうかも聞きづらいじゃないか。もう。
「ねぇ」
「……え? あ、なに」
不貞腐れて窓の外に目をやった途端、突然声を掛けられて、俺は慌てて佐野を見た。
「
言われて、改めて思い出す。
そういえば、俺告白したんだった。
……くそ、なんか回想があまりにも突っ込みたいことばかりで忘れちゃってたじゃないか。大体好きだって言ったのに、その返答がハンバーガー奢ってとは一体どういうことだ。何かの遠まわしな表現か。あれか、俺みたいな奴はこのハンバーガーショップと同じくらいどこにでもいるとかそういうのか。
「保科君ってば」
もう一度呼ばれて、ハッとする。彼女は少し怪訝そうな顔をして俺を見ていた。
「あ、えと。なんだっけ? 佐野のどこが好きって?」
慌てながらも、頭の中で答えは出ている。
そんなの、考えなくても決まってる。
「全部」
言った途端、ああアホがいるぞと自分で突っ込んだ。ここにアホがいる。間違いない。
けど、ちょうどいいやと思った俺はそのまま勢いに任せて言葉を紡いだ。
「見た目も好きだし、声も好きだし。でも、やっぱり佐野の一番好きなとこは、我が道を行く! ってところかな。ホント、そこんとこが一番好、き……」
んああああああ!?
って、勢い良すぎだろ俺! どんだけアピってんだよアホ!
慌てて俺はポテトを口の中にこれでもかと放り込むことで、それ以上馬鹿な言葉を垂れ流さないようにした。
……ま、間違いなく誤魔化せてないだろうけど。
けれど佐野の反応は俺の思っていたものと違った。
「……ありがと」
彼女はどうやら―――俺の見間違いでなければ―――照れたようだった。
あの、佐野がだ。
頬を少し赤らめて、残り少なくなったバーガーをパクつきだした。
なんだそれ? 照れ隠しのつもりか。
「あのね」
そうしてハンバーガーを全部食べきると、彼女は口元を隠しながら言葉を紡いだ。
「私も保科くんのこと、好きだよ。いつも靴箱の位置教えてくれるし」
……なんか後半部分なかった方がありがたかった気がするぞおい。
え?
でも、これってOK……だよな? 今好きって言ったよな? な?
「じゃあね。ごちそうさま」
「――は?」
が、そんな俺の思いを佐野は見事にぶち壊してくれた。
いきなりの言葉に呆然としている俺を尻目に、佐野は立ち上がった。
「また明日学校でね。ばいばい」
「え……あれ? うそ……? 帰る、の?」
慌てて彼女を引き止めた。
いや、意味がわからない。どういうことだ?
「え? だって、もう六時だし。七時から見たい番組があるの」
佐野は笑った。
いや、笑われても……。
可愛いけど。
「じゃなくて! 返事は? お、おっけーでいいの?」
「返事……?」
首を傾げる佐野。
ああもう! この変人めっっ。
「好きって言ったじゃん」
「私も好きって言ったよ」
「言われたよ! だから、付き合ってくれるのかって――」
そこまで言って俺は気がついた。
確かに告白はした。けれど、好きだとしか言っていない。つまり佐野の中では、好きだから付き合う、という考えがないわけで――
って、そんなの常識だろう!? 普通、好きですって告ったら、付き合ってくださいってことだろ!?
「ん? 保科くん?」
そんな俺の心の葛藤などどこ吹く風といった様子の佐野が顔を覗きこんできた。
「う……なんでも、ないです。また、明日」
その、純真無垢な双眸に見据えられて思わず負けてしまう俺。
く……! 情けないっ。
「うん。また明日」
佐野はにこりと微笑んだ。そして奢ってくれてありがと、と言い残して行ってしまった。
足取りも軽く。
「……やっぱ、奇人変人だ」
□■□
「あなたの靴箱はここですよ」
――それから。
「あ、保科くん。ありがとう。やっぱり保科くんのこと好きだなぁ」
俺は今も彼女に靴箱の位置を教え続けている。
付き合ってはいない。佐野は俺の気持ちを知ってか知らずか、今のような台詞を平気で言ってくる。
「……じゃあな」
「うん、バイバイ~」
付き合ってはいない。
そして、俺はまだ、佐野の事を好きでいる。
なんだかものすごく中途半端で止められている気もする。ハッキリ言って理不尽なようなものを感じてはいる。
だけど――それでも。
この、奇妙な関係がたったの100円で手に入れられたのだと思うなら。
それはそれでそんなに悪くないんじゃないかなと、彼女の後ろ姿を見送りながら俺は思うのだ。
そしていつか、今度は0の桁を増やしたデートを申し込んで、それなりの見返りをもらう事を、密かに計画している。
恋は100円 沖田 陣 @sharerain
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