第二十話【『慰安婦像』と『少女像』】

「——そして韓国の利益ってのは『慰安婦問題で世界中から未来永劫日本人が責め立てられること』じゃあないのかね」


 いったい誰を思いやったものか律儀に加堂官房長官が噛み付いた。


「総理、それは国民ではなくあなたの考えではないですか」


「当たらずといえども遠からずだよ。せめて韓国が米軍慰安婦問題も同様に追求していてくれたらここまで嫌悪感を持たれることもなかった」


「韓国人がアメリカ人を謝らせようとするでしょうか?」


「するかしないかの問題じゃなく、ひとたび『慰安婦問題』という問題を持ち出した以上しなければならない、やるしかない、だよ。『普遍的な女性の人権問題』なんだから当たり前じゃないか。なぜ韓国人元米軍慰安婦が悲惨な証言をしているのにそちらの方の追求はしないのか、韓国人から我々に説明されたことなど無い。あらゆる慰安婦問題を等しく扱わなければ慰安婦問題とは即ち日本人差別問題となるしかない」


「つまり韓国に対する好感度があまりに低く、そんな国を助けるための戦争などもってのほかだと、こう言いたいわけですか?」


「そうだ」


「では韓国が慰安婦問題を止めてくれれば『韓国のための戦争協力』でも一定程度の支持が得られるのですな」


「止めると思うか?」


「いえ……」


「まあ今さら『止める』程度では手遅れだ。別なのを始めてくれないと」


「総理はまさか韓国にアメリカ合衆国を糾弾せよと要求するつもりですか?」


「要求はしないが、して欲しいと願っている。韓国人達が同じように韓国人元米軍慰安婦の証言に耳を傾け米軍慰安婦問題の追求を始めれば『慰安婦問題=日本人差別問題』ではないことが証明される。それなら我々も国民を説得する材料にはなるのだが」


「そんな材料この先ずっと提供されませんよ」


「だがそれじゃあ現状維持すらもできないぞ。アメリカ人相手だと『怖いから言えない』なんて最低じゃないか。さらに悪いことに韓国人の主張がどうも日本人に広く知れ渡りつつある」


「昔から知ってますよ慰安婦問題のことくらい」


「違う。昔から知ってるのは『謝罪と補償を求められている』ことだけだ」


「じゃあその韓国人の主張ってのはなんですか?」


「『慰安婦像』が語っている」


「銅かなにかでできた像が語るわけがありませんが」


「ことばではなくイメージによって無意識にすり込んでいくという意味だよ」


「あの像にそんなイメージがありましたか? 韓国人の造ったオリジナルの方は『椅子に座っている人』にしか見えませんけど」


「『あの像』ってどんな像?」


「『慰安婦像』でしょう?」


「韓国人達は『少女像』と言っているが」


「ああ、そうでした。きっと『慰安婦像』と言うと難しいことになるから『少女像』と言い換えたんでしょう」


「『難しいこと』とは?」


「日本大使館前や日本領事館前に設置し続けるため『少女像』と言い換えたんでしょう」


「それではまるで韓国人達が我々日本人に気を使っているかのような話しになる」


「違うんですか?」


「とんでもないことだ」


「え? よく解りません」


「簡単なことだ。あの像のことを最初『慰安婦像』と言っておいてその後『少女像』と言い換えた。しかもお馬鹿な日本人がそれを受けて『慰安婦少女像』などと呼称し始めた」


「バカなんですか?」


「途方もないバカだ。相手の計略にまんまとはまっている」


「正確な表現を心がけているだけでしょう?」


「では訊くが、あの像から『慰安婦=少女』というイメージは持たないのかね?」


「あ……」


「ようやく事の重大性に気付いたようだな。造形物に特定のイメージを持たせた上で世界各地にばらまきターゲット民族を排撃するというやり口はあのナチスドイツでさえ思いつかなかった宣伝の手法だ」


「どういう意味で言っているんです、総理」


「どうもこうも、『韓国人には独創性がある』と言っているんだ」


「誉めてませんよね?」


「いいか、加堂さん。韓国人は慰安婦問題を語るとき絶対に『少女』というキーワードを外さない。必ず使うんだ。そのせいで外国人の頭の中に『慰安婦=少女』という先入観が既に深くすり込まれてしまっている」


 加堂官房長官は口をあんぐりと開けていた。確かに言われてみればその通り。韓国人が慰安婦問題で激しく日本を攻撃するとき『少女』という語彙は常にそこにある。砂藤首相に言われて初めてそれを意識した。 

 そんな加堂の顔を見て砂藤首相は苦々しい表情をした。


「まさか『少女』という重要キーワードを意識してないのか? それでも政治家なのか? いいかね?『日本軍が二十万人の少女を誘拐し性奴隷にした。性奴隷にされた少女のほとんどは収容所で死亡した』というのが韓国人達の主張だ。世界的に有名なユダヤ人団体の代表がこの話しを聞いた影響か『慰安婦はホロコーストと同じ』と言い出していた。なるほど、誘拐された挙げ句奴隷にされ収容所で死亡と聞けばホロコーストと同じになってしまう」


「しかしそれは……」


「そう。最大の問題は『日本軍が二十万人の少女を誘拐し性奴隷にした。性奴隷にされた少女のほとんどは収容所で死亡した』という主張が百パーセント嘘だということだ」


「あっ、いや、そこまで……」


「しかもだ、我々日本の政治家に韓国政府は『日本軍による二十万人の少女誘拐性奴隷化』などと言ってきたことがない。なぜだと思う加堂さん?」


「それはそこまで言ってしまうと変に具体的すぎてさすがに反撃されることを警戒したとしか……」


「そうだ。いくら日本の政治家がお人好しでもだ、『お前は二十万人の少女誘拐をした』と言われた日にはさすがに血相を変えた対応になるしかない。だから韓国政府が慰安婦問題で我々に主張してくる時はいつも道徳的価値観を前面に押し立てて主張してきた。要するにこちらが反論しにくい主張の仕方だ」


 砂藤首相は一拍間を取る。


「——ところがだ、第三国の外国人相手には韓国人は違うことを言う。『日本軍が二十万人の少女を誘拐し性奴隷にした。性奴隷にされた少女のほとんどは収容所で死亡した』と主張するんだ。二枚舌ってやつだ。だがどういうわけか第三国の外国人はそれを丸ごと信じるんだな」


「まさか総理それは——……リカ人のことを言っているのでは……?」


「そうだ。特にアメリカ人だ。さっき言ったユダヤ系団体がその例だ。別にユダヤ系だけが特殊というわけではなく他の民族、一般的アメリカ人にも多分にこの傾向がある。特に、いわゆるエスタブリッシュメント層への浸透は著しく顕著だ。まあさすがにアメリカ人は『少女を含む二十万人の性奴隷』と言って、韓国人に比べ多少の用心深さを示してはいるが。いずれにせよ『少女』というキーワードは外れることは無く何が事実かも解ろうとはしない。こうした彼らの行動が問題行動であるのは間違いない。なぜだか解るか加堂さん」


 加堂官房長官が立ちすくむ。


「——その一方でこれらのアメリカ人は米軍慰安婦を同じように取り扱わないからだ。こうした事実が日本人に知れ渡ってしまっている。サンフランシスコ市公有地の慰安婦像の碑文を見てみればいい。年限が1945年で切られている。あの後の韓国人米軍慰安婦など無いことになっているのだ。これこそアメリカ人の性質を証明する動かぬ証拠になっている」


「しかしそれを言ってしまったら日米同盟が危うくなるのでは……」かろうじて加堂官房長官がこれだけ言えた。しかし砂藤首相はハッキリと言い切った。


「日米同盟を危うくしているのはアメリカ人の言動だ。アメリカ人は非常に短い時間のうちに決してカネで買い戻せないモノを失ったという自覚がゼロだ」


「そこまで厳しいことを言うのは……」


「『厳しい』じゃない。当たり前のことを、だ。いいか加堂さん、『慰安婦問題は普遍的な女性の人権問題だ』、こう言って日本人を責め立てたのは他ならぬアメリカ人だ。特に政治家、マスコミ、大学教授などからの批判は激しいものがあった。ところが米軍慰安婦という存在が確かにいたと広く分かり始めてくると『普遍的な女性の人権問題』だったはずのものを『日韓二国間の問題』だとして、矮小化に勤め始めた。自分達アメリカ人に累が及びそうになったら途端にこうだ。その結果が『日韓慰安婦合意』だよ。こういう経過を日本人は見てしまった。ここまであちらサンに露骨に分かりやすいことをされてはさすがにこちらも『日米同盟は共通の財産』などと国民に言いにくくなって来る。過去自分が言ったことを都合が悪くなると簡単にひっくり返す人間を『信じろ』と言われて信じる人間がいるだろうか」


「端的に総理は何が言いたいので?」


「大韓民国とアメリカ合衆国が手を組み日本人差別をしているってことを、だよ。そんな国々が戦争に協力しろと日本人に求めている」


 加堂官房長官は何も言えない。

 砂藤首相はため息をつく。


「『大韓民国のための戦争に協力しろ』とアメリカ合衆国が言ってきたらどこの日本国民が賛成をする? ただでさえ戦争反対の土壌があってその上日本人差別をしてきた国のために命やカネを捧げろと言われて納得する日本国民がいるか」


 砂藤首相は再び間を取る。


「だが——我々政治家はな……外国の命令で日本人を差別する外国のために戦争協力をすることになるんだ。『朝鮮国連軍地位協定』を結んでしまったからな」


「日本国民を裏切り、日本人差別をする外国の利益のために戦争をする。最悪だよ……」絞り出すように砂藤首相は言う。


「総理……」


「加堂さん、あなたも時期総裁候補のはずだ。順当に行けば内閣総理大臣の椅子が回ってくるかもしれない。そうしたらもう他人事じゃない。あなたがババを引く運命にあるのかもしれないぞ」


 砂藤首相は再び『他人事ではない』を口にした。加堂官房長官の顔が蒼ざめる。


「そうしたらどうなる? 我々に怒りが向くのは当然として反米反韓の世論が沸騰するぞ」


「まさか」


「戦争が絡む問題を甘く見ない方がいい。命が懸かっているのだ。果たして制御できるのかね?」砂藤首相が問うた。


 加堂官房長官は何も言えない。


「——こういう事態を避けるにはそもそもの戦争の原因で、核問題を解決しようともしない北朝鮮、この国にロシア軍と中国軍が進駐する、そして彼らを国連軍として認め、国連の直接管理下に置いた上で問題の解決を図るべきではないか?」砂藤首相が言った。

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