第十八話【朝鮮国連軍の理不尽】
「なぜここで集団的自衛権の話しが出てくるんですか?」加堂官房長官が訊く。
「即座に『集団的自衛権』という発想が出てくるとはさすがに政治家だな」若干の皮肉を込め砂藤首相が応じる。
「『協調して戦争』と言ったじゃないですか。思いついて当たり前です」
「だが『朝鮮半島有事』の際は集団的自衛権など関係なしに戦争に巻き込まれることになっているぞ、日本は」
「いやそこまではっきりと……」
「だからロシア軍と中国軍が北朝鮮に進駐してくれると日本は戦争に巻き込まれないんだ」
「そりゃ戦争が起きなければそうなりますが……」
「ほぼ誰も存在している事すら忘れている『朝鮮国連軍』の問題のことだ」砂藤首相は言った。
「はぁ」
「『はあ』じゃない。あなたは朝鮮戦争は終わったと思うか?」
「いえ、あれはあくまで一時的な休戦です」
「その通りだ。未だ戦争は終わっていない。故にあの時編成された国連軍も未だに解散もされず存在し続けている」
砂藤首相は加堂官房長官を見やる。
「どこにいると思う? 朝鮮国連軍」
「司令部は韓国ですね」
「その言い方にはごまかしがある。今この時も日本国内にさりげなく朝鮮国連軍が駐留し続けているだろう?」
「知ってますよそれくらい。在日米軍基地には日米の国旗の他、例のライトブルーの国連旗も掲げられています。しかし中身はアメリカ軍ですよ。アメリカ軍が日本に駐留しているのは皆が知ってることじゃないですか」
「あの空色の旗が重要なんだよ、旗がね。そんな旗のことを日本国民のどれほどが知っているだろうか」
「そんなものの広報などしていませんからたぶん——」
「もし事が起こった場合、我々政治家は今まで嘘をつき騙していたと国民からの激しい怒りを買うだろう」
加堂官房長官は口にすべきことばを見失っていた。
「——もし朝鮮半島で戦争が現実のものになれば『在日米軍は日本の安全保障のために駐留してきた』というこれまでの政府の説明が真実でなかったことが露見してしまうじゃないか」
「真実ではないとは言い過ぎでは……」かろうじて加堂官房長官はそう言えた。
「いいや、朝鮮半島有事の際は在日米軍は韓国に司令部がある『朝鮮国連軍』に組み込まれて作戦を遂行する。そして在日米軍横田基地の中に朝鮮国連軍の後方司令部というものがある。この事実は日本国民によく知られてはいない。だが報せる気が起こるか? 加堂さん」
「あまり良いことが起きそうにありません……」
「だろうな。日本政府は『朝鮮国連軍地位協定』を締結し国連軍に基地や便宜を提供している。そしてそれは『日米安保条約』と同レベルの協力だ。朝鮮半島有事となればこの事前の取り決めによって日本はこの戦争に必然的に協力を強いられる」
加堂官房長官は顔をしかめる。砂藤首相は話しを続ける。
「——歴史的なことを言うと1950年7月に朝鮮国連軍司令部が東京に設立された。つまり朝鮮戦争の指揮は日本で行われていた。1953年7月に朝鮮休戦協定成立。そこから4年、さすがにもういいだろうということで朝鮮国連軍司令部はソウルに移された。これが1957年7月だ。朝鮮戦争でソウルが陥落したため臨時に東京で戦争指揮が行われていたとしてもやむを得ないことだ。大韓民国が安定した後司令部がソウルに移されたというのもこれまた妥当」砂藤首相はここで一旦ことばを句切る。
「——だがしかしだ、ソウルに司令部が移された後になっても『朝鮮国連軍後方司令部』なる組織が新たに日本国内に設立されてしまった。つまり在日米軍と在韓米軍は正に一体。『日本の安全のために在日米軍は駐留している』と信じ込んでいる日本国民の前でアメリカ軍が公然と大韓民国のために出撃し、その上日本に戦争協力を要求してきたら国民にどう思われることか」
「それはあり得ないのでは?」
「あり得ない? なにが?」
「北朝鮮とアメリカの戦争です」
「なぜそう言える?」
「戦争が始まるとすればそれはアメリカ側からの攻撃です。北朝鮮の側からの先制攻撃は考えられない」
「じゃああり得るということにならないか」
「いいえ。総理も頭を悩ませている通りアメリカ軍の軍人が『大統領の核使用命令を拒否する場合がある』と公言しました。北朝鮮は核兵器を持っています。その相手と戦争を始めるつもりがあるのならこういう発言が出てくるはずがない」
「しかしあの軍人さんは全ての『大統領の核攻撃命令』を拒否するとは言ってはいない。軍人さん自身の都合でチョイスすると言っているだけだ。そういう信じ込み方は危ないんじゃないか」
「しかしアメリカ軍の意向がどうであれブレーキをかける者がいます」
「アメリカ国内の『良心的勢力』というやつか?」
「なにを言っているんですか。大韓民国ですよ。韓国政府がアメリカへの戦争協力を渋っています。韓国政府は『韓国の許可無くアメリカが北朝鮮と戦争を始めることはあってはならない』と繰り返し言っています。実際94年の朝鮮半島核危機の時は韓国政府の意向でアメリカ軍の攻撃が沙汰止みになったとも云われています。韓国の協力も無いのに戦争が始められるわけがない」
「さっきから気になっていたんだが、言葉の使い方を間違えているんじゃないか」
「どこを間違えたのかよく解りませんが」
「何回か『北朝鮮と戦争を始める』と言ったようだが『始める』というのは正確ではない」
「間違いですか?」
「あなたがさっき『一時的な休戦』と言ったんじゃないか。なら『再開』と言うべきだろう」
「まあ重箱の隅ですな」
「そうかな。アメリカ合衆国が北朝鮮を攻撃する場合『始める』とは絶対に言わず『再開する』と言うんじゃないのかね」
「確かにそう言うかもしれませんがそれがなにか?」
「加堂さん、あなたの言ったとおり確かに大韓民国は朝鮮半島有事の際のアメリカへの戦争協力を渋っている。だからやる場合に、この韓国に有無を言わさずに協力させるために『朝鮮戦争の続き』という形で北朝鮮を撃つと見た方が良い」
「なぜです?」
「なぜって朝鮮国連軍が多国籍軍だからだ。横田の朝鮮国連軍後方司令部の今の司令官は確かオーストラリア人じゃなかったか。さらに言うとイギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、フィリピン、タイ、それにフランス、トルコの八カ国の駐在武官が朝鮮国連軍連絡将校としての肩書きを持ち、在京各国大使館に常駐している。全て『大韓民国という国を助ける』、そういう大儀のために参戦した国々だ。その戦争を再開するというのに肝心の韓国自身が渋ったらどうなる? 国際的信用はガタ落ち、それどこかそれらの国々から怒りと憎しみさえ買うだろう。『過去我々の犠牲はなんだったのだ⁉』とね。大韓民国はいま口で何を言っていても朝鮮半島有事の際には戦争協力を強いられてしまう運命だ」
「……」
「とは言えな、まだ韓国は当事者だからいい」
「いいってことはないでしょう」
「問題はこの日本だよ。我々は韓国じゃない。韓国とは別の外国だ。その我が国も朝鮮半島有事の際には戦争協力を強いられる」
「問題はその際の『大儀』というやつですか?」
「ああそうだ。日本が戦争協力する大儀にな、説得力が無い。『朝鮮国連軍地位協定を結んだから』、なんて大儀としては通じないぞ。却って『その役にも立たない協定があるせいで戦争に巻き込まれた』と、国民の怒りを買うんだ」
「我が国のマスコミは韓国贔屓です。実際韓国と北朝鮮が交戦状態になったら『韓国を見殺しにしろ』とは言わないのでは?」
「加堂さん、あなた韓国の方が負けるって思ってるね?」
「ちっ、違います言葉のアヤです。少なくとも『韓国を何らかの形で支援しなくてはならない』と言い出すのは確実です」
「まあ確かに『戦争協力』を『支援』と言い換えごまかしそうだ」
「そうでしょうとも」
「だがな、マスコミが吹聴する価値観を国民が共有する保証がどこにあるか。『大韓民国を助けるため』なんていう『大儀』で日本人の誰が戦争協力に賛同する? そんな日本人は一人もいないぞ」
「一人もいないってことはないでしょう」
「じゃあ一パーセントもいないと言い換えるか」
「それでも少なすぎやしませんか、『自由と民主主義を護るための戦い』ですよ」
「加堂さん、同時多発テロから何年経った? あの当時だからそのフレーズに力があったのであってここまで世界各国が『自国ファースト』になった時代にそんな理屈で戦争をやろうなんて国民はどこの国にもいない」
「じゃあ『大韓民国を助けるため』なんていう『大儀』はそもそも成り立たないじゃないですか」
「それは当の韓国に戦争協力させるための方便だ。まさかと思うが加堂さん、今の日本人に向かって『大韓民国を助けるために戦争協力だ』なんて言い出しやしないだろうね」
「言えやしませんよそんなこと」
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