第十七話【日本人拉致問題完全解決法】
「六カ国協議で核問題の方が大事だからと拉致問題を外国の圧力によって議題から外されたことを忘れない。結局そこまで日本が譲歩させられてもその時の核放棄の約束を北朝鮮は破ったのだ。私はね、核問題を使って拉致問題を解決する。そうでなければ収まらない」砂藤首相は言った。
「そんなことができるわけがない」と加堂官房長官。
「加堂さん、『日本人拉致問題の完全なる解決』のため、どういう方法が最も最適か考えたことがあるか?」
「交渉です」
「交渉は必要ない。必要なのは捜査だ」
あまりに迷い無く言い切った砂藤首相に加堂官房長官は一瞬あっけにとられたような顔をしてしまった。
ぶるぶるっと首を振り正気を取り戻す。
「『交渉は必要ない』は失言だ! 拉致被害者家族は北朝鮮との交渉を求めている!」
「確かに拉致問題を解決するため『北朝鮮と交渉しろ』と求める声をよく耳にする」
「当たり前です」
「が、よくよく考えてみるべきだ。そのテンプレートはダメな方法だ」
「……交渉しないでどうやって助けるんですか? アメリカが北朝鮮をテロ支援国家に再指定したこの時、北朝鮮に対する圧力を高めているこの時こそ『交渉の機会だ』と考えるのが常識だ」
「心にも無いことを言うな加堂さん。アメリカ合衆国が圧力を掛けている正にその時、日本が何らかの裏取引のような真似を北朝鮮とできるのかね。かつてアメリカは日本が北朝鮮から五人の拉致被害者を取り戻したその時、北朝鮮の核問題についてにわかに声高に喋りだした。つまりこれ以上の取り引きをさせない意志を示したということだ」
「じゃあアメリカに配慮して拉致被害者を見殺しにする気ですか?」
「アメリカ云々はあなたが言いだしたことだ。本来ならばアメリカなど関係がない。いっけんもっともらしく聞こえる『拉致被害者を救出するため北朝鮮と交渉する』という行為がどんな意味を持つか真剣に考えたことがあるか? と訊いているんだ」
「拉致被害者を救出するためには仕方ありません」
「そういう発想になるからダメなんだ」
「なぜダメなんです?」
「『仕方がない』と言ってしまったら『人質を解放して貰うためになんでもする』という意味になるしかないからだ。日本人拉致は北朝鮮という国家の命令で行われた犯罪だ。つまり、交渉相手である北朝鮮は誘拐犯そのものなのだ。日本人拉致被害者を日本へ帰す代わりに北朝鮮がなんらかの利益を得てしまったら、『日本人を拉致すると儲かる』という先例になってしまう。日本人誘拐ビジネスの完成だ。これでは今後も将来に渡って日本人拉致事件が起こる危険がある」
「まさかまた拉致事件など」
「拉致事件はもう過去のことで『今後一切北朝鮮による日本人拉致は起こらない』と言うのかね?」
「可能性は低いでしょう」
「その言い分に根拠は無い。ここ最近日本海側において北朝鮮からの漂着船の数が増えている。船に乗った人間が生存していたケースもある。中には『朝鮮人民軍』の部隊名が記されたプレートが張り付けられたものもあったと云うじゃないか。つまり北朝鮮は今もって工作員を日本国内に送り込むことが可能と言える」
「もっともらしいことを言ってるつもりでしょうが、そんな『やらない理由が』通じると思っているんですか⁉」
「日本人を拉致して日本から利益を引き出せるのなら被害者を小出しにされる可能性もあるし、また新たに日本人が拉致される可能性もある。誘拐した人間を全て帰すかどうか、誘拐犯の善意にかかっている、誘拐犯の善意を信じるしかないなんて、これで全ての拉致被害者が戻ってくるとでも?」
砂藤首相は一拍間を置く。
「交渉して救出するというやり方では誘拐犯に利得を与える。そして誘拐犯の善意に期待する以上、全ての被害者の日本帰国は起こり得ない」
加堂官房長官は黙り込む。
「——だが私は全ての拉致被害者を日本に帰国させる方法を思いついた」
「どうするんです?」
「既に私は提案した。ロシア軍と中国軍が北朝鮮に進駐すべきと。これで拉致問題は完全に解決する」
加堂官房長官はあっけにとられたような顔をしている。
「そうなったら日本はロシア軍と中国軍が国連軍として認められるよう動く。北朝鮮核問題が解決するならアメリカだって反対はしない。そして国連軍統治下の北朝鮮において国連人権調査団を編成し北朝鮮国内をくまなく捜索する。むろん警察庁から日本人も送り込む。『交渉は必要ない』にはそういう意味がある」
「つまりロシアと中国が北朝鮮を占領してくれると日本にメリットがあるとこう言いたいわけですか?」
「そう言いたいわけだが」
「確かに『全ての拉致被害者の救出』という名分は立派ですがどれだけの国民を納得させることができるでしょうか?」
「と、言うと?」
「総理、あなたは核テロの危機を煽って『ロシア国民や中国国民に不安を与える』のだとうそぶいていましたが、不安を覚えるのは日本国民も同じです」
「あなたの言う『日本国民の不安』とはなにかね?」
「あまりに大それたことをしているからです。あなたの言う外交の結果とんでもない未来になるんじゃないか。そもそも日本人は独自外交など求めておらず協調外交をこそ評価するんです。あなたの外交は国民に不安を与えるんだ」
(また『協調外交』か——)砂藤首相は思う。
「拉致問題を協調外交で解決できるかね? 『六カ国協議』の話しをあなたにもう一度する必要があるかね?」
「いや、それは別というか」
「別じゃない。手放しで誉めることは躊躇われるが、拉致被害者の一部帰国に成功したあの外交は間違いなく日本の独自外交だった。その後アメリカ合衆国に核問題を持ち出され協調外交路線に戻ってしまったのだが、その路線へ戻ってから後に拉致被害者の帰国は無い」
「それは……」
「独自外交がダメで協調外交が安心をもたらすなど、なぜ言える?」
「い、一般論として日本人は協調を好むんです」
「では協調して戦争をするのも好むのかな?」
「いや、それは別ですよ」
「また別か。今の日本は自らは撃たない国だ。そんな国が戦争するとしたら協調して戦争するパターン以外あり得ない。皮肉なことに独自外交をした方が戦争をしなくて済むかもしれない」砂藤首相は言った。
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