第十六話【あまりに無力な『良識ある意見』】

 砂藤首相にどうすべきか意見を求められ、加堂官房長官は途端に返すことばを失う。



「加堂さん。どうやら無いようだな」砂藤首相は言った。


「あります! 『対話と圧力』です」加堂官房長官が吠えるように言う。


「圧力の中身は?」


「まずは北朝鮮に対する経済制裁の徹底、国際的な包囲網です」


「誰しもがそれを言うが中華人民共和国首相とロシア連邦が必ず穴を開けてしまうようだがね。そのため完全なる経済制裁などできた試しが無いが」


「彼らも今回は協力的です!」


「その〝今回〟の期間はいかほどだと考えている?」


「まさか〝今だけ〟と言いたいのですか?」


「その通り」


「なぜそんなことが言えるんですか⁉」


「中華人民共和国首相とロシア連邦の政治のトップの口から『圧力』について語られたことが無いからだ。彼らの口は『北朝鮮に圧力を掛けるべき』と言っただろうか?」


「う……」


「彼らは必ず『対話で問題を解決すべき』と言う。この期に及んでもね。結局連中は北朝鮮を使いアメリカ合衆国に対抗したい、と、つまらないことを考えているからだ。だからその考えを改めさせるため北朝鮮に核兵器を放棄させないと将来的に中国・ロシアにどういう影響が及ぶか、ささやかなるシミュレーションを披露したまでのことだ」


「しかし! そうは言っても小国の占領を煽っているのは間違いない!」


「将来起こりうる核テロの危険性の指摘がどうしてそこまで非難されることになるのかね?」


「非難するのは私じゃない。国際社会だ!」加堂官房長官が吠える。


(どうして『国際社会』をひとかたまりの集団だと思い込めるのだろう?)砂藤首相は思った。


「その結果日本は孤立する!」、続けざま加堂官房長官は言い放った。


 砂藤首相の心の中でため息が漏れた。

(典型的な脅し文句『コクサイシャカイ(国際社会)』が来たと思ったら今度は『コリツ(孤立)』。

 どうして日本人というのは『仲間はずれにされるぞ!』という脅迫をしてしまうのか。私は仲間はあまりあてにしない男なのだが——)


「『国際社会』とはどこら辺りの社会かね?」砂藤首相は言った。



 沈黙の時間が流れていく。


 反応はできないと確信しおもむろに砂藤首相が口を開く。

「『国際社会』などと言ってみても。そんなものがひとかたまりにまとまった試しなど無い。核兵器禁止条約が良い例だ。あれほど立派なことを言ってみても核保有国が反対をして国際社会は分断だ。実体無き『国際社会』の顔色を窺うよりも我が国(日本)の国益こそが大事だ」


「結局自国ファーストなのか⁉ あなたは!」


「それならば問うが、世界のどこにこの日本のことを気づかってくれる外国があるか? 日本自身が日本のことを気づかわなければ、日本人はひたすら外国のために犠牲を強いられるだけとなる」


 加堂官房長官は何も言わない。(ならば)、と砂藤首相が口を開く。


「拉致問題を思い出してみればいい。あの六カ国協議を。あれは当初核問題と拉致問題、即ち北朝鮮に関する全ての問題を取り扱う協議の場だったのだ。それを他の参加国が日本に『拉致問題は日本と北朝鮮二国間の問題だから議題から外すよう』圧力を掛けてきた。日本はその要求を呑まざるを得なかった。加堂さん、あなたも日本の政治家ならその時の思いを常に胸の中に持っていなくてはならない」

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