第十五話【『独自外交』に萎縮する有力政治家】

「核保有国の口から核兵器の使用を否定させる……そうして核保有国を自己矛盾に追い込み破滅させる……あなたはとんでもない人間だ」加堂官房長官は言った。


「それは誉めているつもりかな?」そう砂藤首相は返す。


「だがあなたの言っていることは全て机上の空論だ。日本の外交は多国間協調外交だ。単独で動いちゃいけない。あなたのやっていることはまるで昔の朝鮮のようだ」


「昔の朝鮮とは?」


「周囲の大国を巧みに操れると思い込み行動した結果、逆に自国を抜き差しならぬ状況に追い込むんだ!」


「それはやり方が稚拙だったのだ。一貫した方針が無くあっちに付いたりこっちに付いたりするからろくでもない結果になる」


「違う。朝鮮は一国で動いていたからだ」


「いいや、小国であっても大国を操ることができるという意志だけは正しい。確たる価値観を持って行動していなかったから失敗しただけだ。非核保有国という小国であっても核保有国という大国を操るのは決して不可能ではない」


「理想論だ! 小国には協調外交しかない。核兵器禁止条約を見れば分かる。非核保有国が集まった協調外交の成果だ」


「一朝一夕に核廃絶ができるという空想的理想論と一緒にしてもらっては困る」


「もはやどっちが空想的かは分かりませんよ」


「しかしとことん現実路線で行くとすると核兵器を持った大国に半永久的に隷属するしか選択肢がなくなるが」


「日本が単独で中国やロシアといった大国を動かせるわけがない。さっき私は『北朝鮮を刺激する』と言いましたが中国やロシアだって日本の味方というわけじゃない! むしろ普段の行動パターンはその逆。今回の件がリークされ『日本が侵略をそそのかした』と国際宣伝されるんだ! あなたはその時内閣総辞職せざるを得なくなるだろう」


(その場合あなたも私と運命を共にすることになるのだが……)と砂藤首相は思う。


「加堂さん、あなたも囲碁か将棋は多少は嗜むんだろう?」


「それがどうかしましたか?」


「相手の打つ手によってこちら側が打つ手も変わってくる。ロシアや中国がリークという手を打ってくれるのなら、それもまた私の望むところ」


「なんだって⁉ 気は確かか?」


「加堂さん、確かに日本が『北朝鮮を占領してしまえ』などとロシアや中国に提案してみても『連中は動かない』と考えるのが常識だ。逆に『日本がとんでもない提案をしてきた』と攻撃材料に使われるという考えにも説得力はある。だがその日本攻撃と引き替えに、テロリスト達に『その手があったか!』と気づかせることになる。既に葉首相にはそういう考えは伝えてあるが」


「『その手』とはまさか……」


「そう。北朝鮮製の水爆を貨物船に積み込み攻撃対象都市の沖合二百メートルほどで起爆させる手だ」


「ロシアや中国はそこは言わないに決まっている!」


「私は言うよ。リークされたらもちろん手口も含めて全部言う。チェチェンやウイグルなど固有名詞も口にする。私の言ったことを正確に国際社会に伝えなければならない。半分くらいの国を肯かせる自信がある」


「そんなことまで口にして総理、いったいあなたは何がしたいんだ⁉」


「ロシア国民や中国国民に不安を与えたい」


「不安を与えてどうしようってんだ?」


「彼らが北朝鮮製の核兵器に対処しない自国政府を攻撃し始めるようにしたい。『不安』という感情は動こうとはしない人間を動かすための動力源だ。そうなればロシア政府や中国政府は国民の激しい突き上げを食らうようになる。もう今まで通りの澄ました顔で『対話を』などといった対応ができないようにしたい」


「扇動だそれは!」


 砂藤首相は加堂官房長官のワンフレーズな反応に直接応えず、

「ロシアや中国が結局のところ動くか動かぬか、私はどちらに転んでもいいと思ってる。次に私がどう動くかは相手次第だ」と言った。



「つまり……ロシアや中国は黙っていた方が身のためだと言いたいんですか?」


「判断するのは彼らだ。北朝鮮同様、我が国日本もイスラム教徒達との間に遺恨は無い。北朝鮮がイスラム過激派に核兵器を輸出したとして核テロのターゲットとして選ばれる可能性が高いのはどこか別の外国だ。私の提案がリークされたなら私はこう言おう。正確に私の言ったことを再現してみせた上で、『啓発をしたまで』だとね」


「そんな言い草が通じるか。却って外国の反感を買うだけだ」


「ならば北朝鮮が核を輸出しないとそれらの外国は信じているということかな?」


「う……」



「それとも、北朝鮮に『核兵器は輸出しない』という約束をさせて、北朝鮮もその約束を誠実に守り続けてくれるとそれらの外国が信じているのかね?」


「あんたは開き直る気か! テロリストにテロの手口を教えるような首相が信頼を得ることなど無い!」


(『あなた』が『あんた』に変わってしまったなあ)砂藤首相は思った。


「——加堂さん、それは北朝鮮が完成させた核兵器を外国人に『必ず売る』という前提が無ければ成り立たない言説だが」


「あっ、いや、それは……」


「加堂さん、あなたも思っているんだろう? 北朝鮮は核兵器を商品として輸出するって」


「うっ!」


「北朝鮮は外国と結んだ約束を守り続ける誠実な国だと、あなたは信じていますか?」


 加堂官房長官は沈黙する。砂藤首相はダメを押す。


「もしそんな誠実な国なら二度も核合意は結ぶ必要はない。しかもその二度目すらも破られている」


「……」


「私も言いたい放題言い過ぎたという思いはある。では北朝鮮核問題にどう対する? こうすべきだという意見があるなら今度はこっちが聞こう」砂藤首相は訊いた。

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