第十二話【総理大臣にものが言える男・加堂官房長官】

「さあどうするんです⁉ 困りましたよこれは。もう内閣総辞職は避けられない。『北朝鮮を占領してしまえ』と他国に勧めその上『イスラム教徒が核テロを起こすかもしれない』などと公言して日本が無事に済むと思っていますか? 日本は世界的非難の的となりますよ!」

 砂藤首相に食ってかかったのは官房長官の加堂だった。本来内閣を支える立ち位置のはずだが与党内事情で官房長官に就任しただけでふたりは微妙な仲である。


「我が国は外国との間の問題を解決する時、軍事力そのもので解決するとか、自国の軍事力を背景とした外交だとか、『力』という手段が使えない国だ。日本ができるのは『純粋な平和的外交』のみだ。そういう外交で解決しろと誰からも言われているだろう? だから私はそういう外交をしているのだ」砂藤首相は言った。


「外交、これが?」


「加堂さん、まさかあなたは外交とは『お金を出してあげたり、なんでも話し合って譲り合って決めたりする思いやりのある優しい手段』などと思ってやしないだろうね?」


「しかしこれは外交と言うより、『策略』か『謀略』の類です」


「それもまた外交だよ」


「なにか自画自賛をされているようですがこの外交には『信』が無い。このような外交は国を危うくします」


「さて、我が国は近頃外国から『信』のある外交をされていないようだが。そしてどういうわけかそういう外交を『したたかな外交』と言って褒めそやす輩がいる」


「しかし日本がそれをすることは非難の的となる」


「バカバカしいね。『日本だけ叩き』だね、典型的な。そういう輩が国内外にいることを見越して私は『日本も核武装する』とは言ってないんだ。要は一線を越えていないということだよ。故にその点は楽観している」砂藤首相は言った。


「甘い。見通しが甘すぎる」


「その手の否定的言辞は聞き飽きた。なにかこう、否定的な事を言うと頭が良さそうに見えるというのはもうやめにしないか。結局どうすべきか、道を示せないのではその言葉には中身が無い」


「しかし野党やマスコミというのはそういうものです」


「当事者意識の欠如だ。野党だろうと与党だろうと政治家だろうとマスコミだろうと外国の核ミサイルで命を脅かされている人間であるという立場は同じだ。同じ立場なら『どうすべきか』、意見を言うべきだ。非難は不毛だ。私は解を求めたい。『非核保有国は核保有国からどう身を護るか』について、な。残念ながら誰一人まともに答えてくれた者はいないが」


「しかしアメリカ合衆国が提供しているとされる『核の傘』の雲行きが怪しくなっているじゃないですか。そういう意味では総理、あなたにも『解』は無いはずだ」


「そうだ。大統領からどんなに力強い言葉を貰っても結局核兵器の使用についての決定権者が軍人さんではな。アメリカ大統領が核兵器の使用の可能性に言及した途端軍人さんが『大統領の命令が違法な場合は従わない』などと喋りだした。核の傘の説得力と迫力を台無しにしてしまった。これはね、軍人さんの謀反だよ。しかも情緒的で短慮だ。世論への迎合もある。だからこそ私が次善の策を考えざるを得なくなった。そして目下それを実行中。これが今の『私の解』だ」


「その解ってのが『ロシアと中国をそそのかして北朝鮮を占領させよう』ではあまりにもトンデモ過ぎる」


「もはや正攻法では無理だろう。相手は『核を放棄する』と約束しては破る国だぞ。奇手を使わざるを得ない」


「あなたは非道い政治家だ!」



「どう非道い?」砂藤首相は加堂官房長官の目を見ながらひと言だけ言った。


「これは帝国主義だ! やってることがまるで十九世紀だ!」


「十九世紀とは?」


「列強が小国を武力で支配する。帝国主義じゃないですか!」


「その小国はただの小国じゃない。核兵器を開発し、しかも輸出の危険がある。核兵器の拡散を抑える外交政策をあなたは十九世紀だの侵略だの言うのかね」


「輸出云々はあなたのつけた尾ひれだ」


「確かに尾ひれだが、プゥチャーチン大統領も葉首相も否定はできなかった」


「そんなものはどこまで本気かは分かりません。相手は一枚も二枚も上手かもしれない」


「では彼らは内心では『北朝鮮は完成させた核兵器を輸出しない』と考えているということになる。そう考えると上手になるのかね?」


 だが加堂官房長官はその質問には直接答えず、

「ロシア人や中国人からあなたのした話しが北朝鮮に漏れる可能性がある。あなたは北朝鮮を刺激したんだ。刺激された北朝鮮がこっちに核を撃ってきたらどう責任をとるつもりですか⁉」と、がなり立てた。

 その顔は、どうだ、切り札を切ってやったぞという、いわゆるドヤ顔。

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