第十一話【日中首脳・電話会談(その4)】

〝あなたのやっていることは無礼だ〟と葉首相は言うしかなかった。それは対決姿勢。

(これは明らかな扇動だ!)彼はそういう意識をはっきりと持って言っていた。


「もはや無礼と思われようが非礼と言われようが外交的修辞の交換に意味はありません。北朝鮮核問題は一刻の猶予もない事態なのですから。北朝鮮がイスラム過激派に水爆を売ればそういうことも起こり得ると言っているのです」砂藤首相も持論は曲げない。


〝日本は我が国(中国)にそれを言うのではなく広く国際社会に訴えるべきだ!〟


(世界にそのトンデモ提案を言えるものなら言ってみな……)か。砂藤首相は思う。


「広く訴えても無駄でしょう。まずイスラム文明圏の国々が反発します。『イスラム教徒をテロリストのように言うとは何事か!』と。国際社会とやらに訴えても却って国際社会が分断するだけです」


〝日本がイスラム教徒の反感を買うことになるからな〟


「葉先生、日本も北朝鮮同様、イスラム教徒達との間に遺恨はありませんよ」


〝……〟


「——それよりもむしろ、あまり広く訴えすぎると、『そうか! その手があったか!』ということになりかねません」


〝……〟


 葉首相は唇を噛む。


「中ロ両軍が北朝鮮に進駐してしまえばテロリストに核兵器が渡る可能性を確実に排除できます」


 葉首相はなおも黙ったまま。


「——だから危険を抱えている国が、自らの国を守るため、自ら動く必要がある」


〝この話しはおかしい! 我が国(中国)がテロリストに狙われるという前提で成り立っている! まるでテロリストに理があるかのようだ!〟葉首相は叫ぶように言った。


「理ならありますよ」


〝どんな理だという?〟


「一神教の価値観には『同害同復』というものがあります。やられたのと同じことをやり返して良いという考え方です。あなた達はウイグル人達の故地を核実験場にしていたのでは? 同害同復の考え方に乗っ取ると一般的な中国人、即ち漢民族の故地で核兵器を爆発させて良い理屈になります」


〝日本人は私を脅す気か!〟


「脅してなどいません。今この時、何をすべきか、説得を試みているだけです」砂藤首相は言った。





(中華人民共和国は海に面した沿岸部をあまりに発展させすぎた。これでは心臓が剥き出しになっているようなものだ——)


(貨物船水爆テロという攻撃手段に中国は極めて脆弱だ。こればかりは海軍をいかに強化しても防ぎようがない——)

 葉首相の頭の中には止め処もなくネガティブな考えばかりが浮かんでくる。




〝まさかあなたはそれを期待しているのではないでしょうなっ⁉〟


「それとはなんでしょう?」


〝あっ、いやなんでもない〟


「もしかして貨物船水爆テロの現実性を考えていましたか?」


〝そうではない〟


「唯一の被爆国として、そうした核兵器が使用される悲劇を防ぐために私は動いています」砂藤首相は敢えて深くは突っ込まずそう言った。


〝要するにそれが北朝鮮占領の〝大儀〟だと、そう言いたいわけですか?〟


「大儀には今や『事を起こすのにもっともらしい理由』という意味が付け加わっていますが。この事態はそれ以上の事態ですよ。だがもし『北朝鮮を占領したくない』という考えでしたら次善の策があります」


〝次善の策?〟


「臨検です。北朝鮮から出航するあらゆる船を停船させ積荷を検査するのです。核兵器の輸出をこうして阻止する」


〝日本もやるのでしょうな?〟


「残念ながらできません。武力行使と一体化している行為だと見なされるため憲法上できません。中国がやるしかないでしょうな」


〝無責任だ。国際貢献をしないつもりか⁉〟


「日本国憲法を改正するのは望ましくないと言っているのはあなた方です。我々(日本)は出来る範囲で国際貢献をする。ただ、北朝鮮を出港した船舶の臨検は出来ないと言っているんです」

 そして砂藤首相は葉首相が何かを言う前に次の句を継いだ。

「陸上はロシア、海上は中国、これで核テロから世界は護られます」


〝ロシアに単独で北朝鮮を占領させる気か⁉〟


「私にはロシア軍の指揮権はありません。もちろん中国軍の指揮権もありません。中国軍をどう動かすか、はたまた動かさないかについてはあなたにその権利がある」


〝日本が果たして平和国家かどうか怪しくなってきた〟


「それでもまだ平和なやり方を模索していると思いますよ」


〝砂藤先生、やはりあなたの危険な考え方を世界に知って貰う必要がある!〟


「と言いますと?」


〝国連安保理の場で議題に上げさせて貰う〟葉首相は捨て台詞のように毒づいた。

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