第九話【日中首脳・電話会談(その2)】
〝中国に戦争をしろというのか⁉〟中華人民共和国首相・葉強宝は取り敢えずそう口にしていた。
「戦争とは、もしかして北朝鮮と戦争になると言いたいのですか?」砂藤首相が尋ねる。
〝当たり前です〟
「北朝鮮は日米韓を主敵としています。中国とロシアの攻撃は想定していません。背後からの一撃で北朝鮮軍は総崩れ、投降者の山となります」
〝そんなに簡単なものではない〟と葉首相。
「ええ、日本がやる分には簡単ではないでしょうが中国とロシアがやる分には簡単でしょう」
〝そんなわけはない。相手は核兵器を持っているのだぞ〟
「ですから核兵器を持っている中国とロシアにしかできないのです。これぞ『核には核を』という核抑止力です」
〝しかし自暴自棄になった北朝鮮が我が国(中国)を核攻撃してきたらどうするのか?〟
「簡単です。北朝鮮に核攻撃をすればいいんです」
〝……なに?〟
「そうならないためには予め『核攻撃してきたら確実に核報復する』と宣伝しながら進駐することです。『核には核を』という基本原理に忠実になればいいことです。さらにダメ押しで『発射に関わった者はたとえ我々中国の核攻撃から生き残ったとしても捕らえて戦争犯罪者として処刑する』とでも付け加えれば戦意喪失。その上ロシア軍まで同時に進駐してきたら尚更白旗です」
〝泥沼の地上戦を想定しないとは甘い〟
「さて、予期せぬ方向から出現した敵を相手にして、北朝鮮が持ちこたえることができるでしょうか? あの北朝鮮軍に」
〝あの北朝鮮軍とはどの北朝鮮軍か?〟
「朝鮮戦争の折その最終盤では結局中国兵とアメリカ兵が戦争をしていたというではありませんか。北朝鮮が仕掛けた戦争であるにも関わらず、です。北朝鮮軍は謀略系の工作は得手だが軍兵は精強さに欠ける。あなた方中国の方々こそよくご存知でしょう?」
〝勝てるとか勝てぬとか、そういう問題ではない。そういう行為を『侵略』と言うのではないか。あなたは頭は正気か?〟
「むろん正気です。中ロ両軍が北朝鮮全域に進駐を完了すると同時に国連工作を実施し北朝鮮に進駐した中ロ両軍を国連軍として認めさせるつもりです。だから『侵略国』になるわけがありません」
〝それではまるで満州事変ではないか!〟
「事を起こすのが先で承認が後になりますからな」砂藤首相はこともなげに言った。
〝我々はアジア地域の安定のため北朝鮮核問題は対話と交渉によって解決されるべきと考えている〟
葉首相が口にしたのは中国報道官が常日頃口にするテンプレートだった。テンプレートは効果は別として無難な正論でもある。これで押し切る腹を固めたのだった。
「しかしお言葉を返すようですが葉先生、我が国(日本)にはアメリカ軍が駐留しています。同じように北朝鮮に中国軍が駐留してもそれはそれほど不自然なことでしょうか?」
〝しかし日本はアメリカ軍の駐留に同意してるからそうなっているんでしょう。確かに北朝鮮を直接管理できれば北朝鮮の核問題は解決するが北朝鮮は我々の軍を招待していない。あなたが口にしたようなことを実行しようとすればアメリカを始め国際的な非難の的となるのは我が中国だ〟
「だからそこはリスクを回避するためにロシア軍と歩調を合わせれば、と提案しています」
〝ロシア……〟
砂藤首相は微妙な空気を感じた。
「実はロシアには既にこの中ロ両軍による北朝鮮進駐を打診しています」
途端に葉首相のことばの端々に敵意がみなぎる。
〝砂藤先生、我が中国よりも先にあのロシアに提案したのですか? なんてことをするんだ!〟
「どんな反応が戻ってきたか興味はありませんか?」委細構わず砂藤首相は言う。
〝非常に不快だが興味は、ある。だがその前にあなたは私の質問に答えるべきだ。なぜロシアが我々より先になるのかそれを明らかにして頂きたい〟
「日本と中国が結託し北朝鮮問題を解決しようとすると欧米に猜疑心を持たれるのでは? それゆえ『まずロシアから』としました」
〝ロシアと欧米は対立している。ロシアに先に声を掛けても結果は同じではないか?〟
「私はロシアも『欧米』の中に入れていますが」
〝なぜそう言えるのです?〟
「宗教、そして人種・民族を基準にするとロシアは我々よりはむしろ欧米に近いと言えます」
〝このご時世にまだ人種や民族の違いも克服できないとは。そういうお国柄だから極右が流行るのです〟
「さて、そこまで理想論で割り切っていいものでしょうか? あるものはある、と現実を直視すべきでは? 私は欧米には未だに根深い人種的偏見があると考えますが葉先生はいかがです?」
〝全く無いと言い切るのは不正確になる〟葉首相は言葉を注意深く選びながら言った。
「これは言葉の問題ではなく心の内の問題です」
〝まあこの話しは不毛でしょう。それであなたの国際秩序を破壊しかねない提案に対しロシアはなんと言いましたか?〟
「むろん承諾などしません」
〝では反対は?〟
「反対もしませんでしたが」
〝でしょうな〟
「と言いますと?」
〝砂藤先生、あなたは面倒事を我が中国とロシアにやらせようとしている。このような状態で中日が協力して北朝鮮問題を解決するなどということは起こり得ませんが〟
「あなたたち中国人が『北朝鮮の核で被害を受けるのはどうせ日本かアメリカだ』として対岸の火事を決めこんでいるのならそれは間違いと言わねばなりません。中華人民共和国は北朝鮮の核兵器で壊滅するかもしれませんよ」
〝言っている意味が解りかねますが〟
「あなた達は東トルキスタンでずいぶんイスラム教徒を殺害してきたようですね。相当に恨みも買っているはず」
〝自分でなにを言っているのか解っているのですか? そもそも、『東トルキスタン』などという国家はこの世界に存在しない!〟
「ならばウイグル人と言い換えましょう。彼らはイスラム教徒だ」
〝いいや、中国に恨みを持つ者はテロリストだ!〟
「その彼らが北朝鮮製の水爆を密かに貨物船に積み込み、上海沖二百メートル程で起爆させたらどうなりますか?」
〝北朝鮮がテロリストに水爆を売るというのか⁉〟
「まさか『売るはずがない』と考えていたのですか?」
〝あっ、いや——〟
葉首相の言葉が途絶える。
もはや彼は物事をことばで考えられない。彼の頭の中に浮かび上がるは上海壊滅の映像——
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