第六話【日ロ首脳・電話会談(その3)】

「それでは、ロシア軍は中国軍と共同で北朝鮮国境を越え、部隊を北朝鮮全土に電撃進駐させてください」砂藤首相は言った。


〝なに?〟



〝——それは我が国(ロシア)に『北朝鮮と戦争をしろ』と言っているのか?〟


「戦争にさせないために中国と共同で動くことを提案しているのです」


〝正気とも言えない危険な提案だ〟


「ロシアと中国が共同進駐してきたとなれば北朝鮮の最高指導者の意志がどうであれ、あっという間に投降者の山になるでしょう」


〝極めて無責任だ。ロシア人と中国人に『血が流れるかもしれない危険な仕事』をやらせておいて日本は何もしないつもりなのか?〟


「まさか自衛隊を出して欲しいのですか?」

 さすがのプゥチャーチン大統領も黙り込んだ。


〝出てこられても迷惑な話だ〟


(やはり。ロシアはあれほど国土が広くてもまだまだ地面に執着しているようだ。あるいは北朝鮮の港が欲しいのか)、砂藤首相は思う。


「ええ、『出てきて欲しい』と言われても我々日本は核兵器を保有していませんからそれは難しいでしょう」


〝核兵器?〟


「非核保有国が核保有国に進駐できますか? アメリカの核報復があやふやになってしまった今、我々非核保有国は核保有国の核恫喝に対し対抗する手段を持ち合わせていません。核保有国の核兵器による恫喝が予測されるケースではこれに対抗できるのは核保有国しかありません。故に実際の行動の方はロシアと中国にやってもらうしかない」


 プゥチャーチン大統領は何事かを考え続ける。


〝しかし煽るだけなのか? 一方的な提案をして日本は我々ロシアと中国のために何もしないのか?〟


「そこで日本としては政治的にはかなり危険な行為ですが対国連工作を担当します」


〝と、言うと?〟


「ロシア軍中国軍が北朝鮮全土に展開を終えたら我が国(日本)は速やかに両国の部隊が国連軍として承認されるようロビー活動を展開します。軍を動かしていない国が国連工作をするなら支持を集めやすいのではないですか」


〝遂に我々(ロシアと中国)も国連軍か〟


「そうです」


〝しかし今あなたは『政治的に危険』と言った〟


「それがなにか?」


〝言ったということは自覚があるということだ。ロシアと中国が北朝鮮に進駐することをアメリカが支持すると本気で思っているのか? 国連軍として承認されなかったらどうなる? やってしまった後では取り返しがつかない。むしろアメリカとの戦争が始まりかねない。まず政治的に、ロシアと中国が侵略国にされるのではないか〟


(北朝鮮との戦争は大して懸念はしていないようだ。しかしその後のアメリカの出方については気になるか——)


「そもそも国連常任理事国であるロシアには拒否権がありますから絶対に侵略国にはならないのでは? 中国と一緒に行動すればなお侵略国にはされないと考えますが」


〝そのアメリカにも拒否権がある。それを発動されたら我々ロシア・中国も『国連軍』になるという計画は成り立たない〟


「その通りです」


〝話しにならない。それは計画失敗という意味だ。そもそもあなた方日本人は常にアメリカ側に付いているではないか。そんな国が今回に限り我々ロシアと中国の側に付くと言ってもどこまで信用できるのか?〟


「ロシア側・中国側・アメリカ側という認識がそもそも間違いです。私は北朝鮮の核開発が原因で起こり得る水爆テロを未然に防ぐという意志を持ってやっているのです」


 しかしプゥチャーチン大統領は納得してはいない。


〝私は元々アメリカには根深い日本人差別があると考えている。日本がアメリカメディアによる激しい対日ネガティブキャンペーンに耐えられるかどうか懐疑的になるしかない。我が国(ロシア)もアメリカの扇動メディアに相当やられている。だが我々ロシア人と違って日本人は非常に打たれ弱い。アメリカ人に少しばかり非難された途端に方針をコロリと変え、結果我々ロシアと中国が梯子を外されるのがオチではないのか〟


「北朝鮮の性質を指摘することによりアメリカメディアに対し効果的な反論をし、アメリカ国民を説得することは可能だと考えますが」


〝性質?〟


「自らの手を汚さず他人の手を使って事を成就させるのが北朝鮮です」


〝なんの話しをしているのだ?〟


「マレーシアでの事件を思い出して下さい。北朝鮮の最高指導者の兄がマレーシアの空港で暗殺された事件があったでしょう?」


〝VXガスか〟


「あの時北朝鮮は東南アジアの女性の手を血で汚させて暗殺を成功させました。北朝鮮工作員の男たちは全て本国に無事帰還しています」


 砂藤首相は一拍間を置く。


「自らの手を汚さない方法でテロを成功させた実績がある。こうした事実から別の意味で貨物船水爆テロの可能性は十二分にあるということです」


〝アメリカに対する核攻撃をしたいのなら、実行は北朝鮮人以外の誰かにやってもらうと、そういう方法でも実現可能ということだな〟


「ええ、ICBMを使ってアメリカまで核兵器を運んでしまったら北朝鮮がやったことが明らかになってしまいます。アメリカを核攻撃したいのなら他人の手でやって貰うに限ると考えるのは悪魔的に合理的です」


〝可能性としては成り立つ。しかし押しが弱い。ICBMの飛距離を制限するなら核開発には目をつむろう、などという楽天的なアメリカ人を説得できるかどうか〟


「ただ、その『ICBMの飛距離制限政策』が効力を持つためには北朝鮮が『作った核兵器を外国人に売らない、輸出しない』と約束した場合に限ります」


 ハハッとプゥチャーチン大統領は笑い出した。



〝そうだな。結局そこに行き着く。『北朝鮮の約束』という問題だ。彼らアメリカ人は北朝鮮と何度か約束し、ことごとくその約束を破られている。『核兵器は絶対に輸出しない』と北朝鮮が言ってもその約束もまた破られるに違いないと、アメリカ人どもを揺さぶってやるというわけか〟


「『北朝鮮は必ず核兵器を売り物にするだろう』と言えば、アメリカ人のうち過半数ほどは説得できます」


〝なるほど。そう煽ればアメリカ人達は崩れそうだ〟

 今度はプゥチャーチン大統領は笑わず、しかし笑いをかみ殺すように言った。


 だが彼はこんなことを言いだした。

〝それで北朝鮮進駐にかかる駐留経費についてだが、日本が出してくれるのか?〟

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