第四話【日ロ首脳・電話会談(その1)】

 日本国・砂藤首相はロシア連邦大統領プゥチャーチンと電話会談を行っていた。

 アプローチはむろん日本側から。

 『北朝鮮核開発問題を解決するために、ロシア連邦にはまだできることがある』から電話会談は始まった。



〝——その前に、この間アメリカ大統領に言ったという『モスクワの人々を核虐殺してくれるか』について発言の撤回と謝罪があるべきだ〟プゥチャーチン大統領が砂藤首相を問い質す。


「正確に理解をされていないようですが、あれは『東京の人が核虐殺されたら』という前提条件があることをお忘れなく。他国の国民を核虐殺しておきながら核を撃った国の国民が健康で文化的な生活を送ることが出来ると考えるのは間違いだということです」砂藤首相は言った。


 プゥチャーチン大統領は不機嫌を隠そうともせず、

〝いったいいつ我が国が日本を核攻撃すると言ったのか?〟と、さらに問い質す。


「『核兵器を北方領土に配備する』とロシアの軍人さんが言いました」砂藤首相、答える。


〝『配備』と『使う』は違う〟プゥチャーチン大統領がさらに反駁する。


「唯一の被爆国である日本においては核兵器は実際に使われた兵器です。配備される以上使うつもりがあると解釈されるのです。使うつもりがないのなら配備されるはずがありません」


〝実戦で使用したのは世界中でアメリカ合衆国ただ一国だ!〟プゥチャーチン大統領のトーンが上がる。


「今、『使用したのはアメリカだけ』と大統領は言いましたが、では次に核兵器を使用するのは誰だと考えますか?」


〝不思議なことを訊く。だが私に分かるのは『次に使うのはロシアではない』。これだけだ。そういう事を訊く以上はあなたの中に既に答えがあるはずだ。ぜひとも知りたいものだが〟


「テロリストですよ」

 

ハッ、とプゥチャーチン大統領は鼻で笑う。


〝ある種の模範解答だ。誰も傷つかない〟


「私は極めて真面目に言ってますよ大統領」


〝ではその核テロリストはどこから核を手に入れるのか? パキスタンか? イランか?〟


「北朝鮮です」


〝なるほど、そういうことにして我がロシアからさらなる制裁の確約を獲ろうと、そういうことだな〟


「ええ、その通りです」


 砂藤首相がそう言うとプゥチャーチン大統領は小馬鹿にしたように、

〝あなたはロシアにできることがあると言ったが、我々は安保理における北朝鮮制裁決議にも賛成し『できること』については既に行動に移している〟と言った。


「本当にその程度でいいんでしょうか?」と、砂藤首相。


〝石油の禁輸を促すつもりなら、こちらがあなたの考えを改めさせる必要がある〟


「石油の話しはするつもりはありませんよ」


〝本当なのか?〟プゥチャーチン大統領は面食らったような声を出す。


「まずは北朝鮮核問題はもはや一刻の猶予もない喫緊の課題だという認識を共有して頂きたい」


〝その事なら理解している〟


「どのような『理解』でしょうか? ロシア人の方々は『北朝鮮の核で被害を受けるのはどうせ日本かアメリカだ』として対岸の火事を決め込んでいるように見えます」


〝そのようなことはない。重大な国際問題だと認識している〟


「ならば当然、『北朝鮮が核兵器を輸出する可能性』についても認識しているのですよね?」


 


会話が途切れた。


〝——ずいぶんと話しが飛躍している〟


「論理的考察の結果です」


〝まずどうして北朝鮮がテロリストに核兵器を売ると言える?〟


「北朝鮮がカネに困っているからです。買ってくれる者がいて代金を支払ってくれるならテロリストだろうと輸出しますよ。そしてテロリストは核兵器を『抑止力』として使いません。本当に『爆発させる』という使い方をします。そうならないために今行動が必要です」


〝……取り敢えずあなたの言いたいことは最後まで聞こう〟


「それは『北朝鮮が水爆をテロリストに売るかもしれない』という懸念を共有してくれたと、そう考えてよろしいか?」


〝可能性としてはある。しかし問題解決のためには対話が何より大事だと考えている〟


「対話とは北朝鮮に『核兵器を輸出しない』という約束をさせる、という意味ですね」


〝むろんだ。北朝鮮を説得し輸出しないよう約束させることは可能だ〟


「その後どうなると思いますか?」


〝安定がもたらされる〟

「水爆テロが起こります」


〝なぜそこへ行く?〟


「北朝鮮という国家が一度結んだ約束を決して破ることなく守り続けると、そう考えているということですか?」


〝……〟


「その約束、守られ続けると思いますか?」


〝……〟


「ではどの程度守られ続けられると考えますか? 半年くらいですか? 三ヶ月くらいですか?」



〝……なるほど。根拠無き希望を口にするだけでは無責任かもしれない〟

 ロシア連邦という大国を率いるという立場、さすがにプゥチャーチン大統領もマヌケ人間にはなりたくなかったのだった。


「すると今度は核テロの標的はどこか? という事になる」


〝世界が危険だということだ。北朝鮮も例外ではない〟


(なるほど、一筋縄ではいかないか……)


「我々は先ほどから単純に『テロリスト』と言っていますが、それはほぼ『イスラム過激派』と言って差し支えない。北朝鮮とイスラム教徒の間には一切の遺恨はありませんよ」


〝狙われる国と狙われない国があるということか?〟


「でなければ、妙な言い方ですが『安心して核兵器を売れない』でしょう?」


〝本当に妙な言い方だ。妙と言えばこの会談そのものが妙だが〟


「ではロシアが核テロの標的になるかもしれないという認識はお持ちですか?」


〝なぜ我が国がテロリストの標的になるのだ⁉〟


「敢えてことばにして言いますが貴国(ロシア)はチェチェンでずいぶんイスラム教徒を殺害してきたようですね。相当に恨みも買っているはず」


〝どうやら日本はロシアとの友好を欲していないらしい〟


「もはや外交的修辞の交換に意味はありませんよ。一刻の猶予もない事態なのですから。北朝鮮がイスラム過激派に水爆を売ればそういうことも起こり得ると言っているのです」


〝まさか日本人が脅迫をしてくるとはな〟


「では大統領、気分を害することを言われたから、だから起こり得る危機の対処を考えなくても良い、ということですか?」 



 また会話が途切れる。


〝なるほど、留意はしておく。だがテロリストが核兵器を手に入れても実際使うのは難しいのではないか〟


「それはなぜです?」


〝テロリストにICBMは手に余るからだ。あのような大がかりな物は素人に扱えるものではない〟


「むしろ世界はそのICBMに目を眩まされているのでは?」


〝それが問題ではないというのか?〟


「結局それは運搬手段に過ぎないものでしょう? 別の運搬手段を使えばICBMなど要りませんよ」砂藤首相は言い切った。

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