第二話【核兵器禁止条約は効果的?】

 実際のところ、砂藤外交は巷間どう評価されていたのか?

 

 実際のところ、ろくに評価されていなかった。

 

 なぜなら砂藤首相が敢行したあの外交はこの政権与党が長年に渡り外交基軸としてきた日米安全保障体制堅持のための対米外交に過ぎなかったからであった。

 現実に日本の周辺に日本を核恫喝する国があり、この核問題を根本的に解決するための外交ではなかったからだ。

 核問題の根本的解決とは核保有国に核兵器を放棄させることである。


(あまりに理想的すぎるが)


(だが喫緊の課題は北朝鮮核開発問題だ)砂藤首相は思う。



 砂藤外交がアメリカ合衆国と『相互確証破壊』を確認しようとも『北朝鮮に核を放棄させなければ問題は解決したとは言えない』という非難は延々くすぶり続ける余地があったのだ。

 ただ、野党、マスコミ等政権攻撃側の言葉の力は、アメリカ合衆国大統領ジョンストンの決意表明と砂藤首相のことばの力を前にしてはあまりに弱かった。と言うのも彼らは『非核保有国が核保有国からどう身を護るか』について、具体的方策を一切提示できないからであった。


 砂藤首相はジョンストン大統領の力も借り、ことばの力で報道企業をねじ伏せはした。だがキッチリ恨みだけは買った。

 もしアメリカがしっかりと立っていたなら緊張感を伴いつつも安定が維持できたはずだった。

 だが『核攻撃』という選択肢が現実のものになるにつれ、アメリカ合衆国国内が浮き足立ち始めた。『イスラエル共和国』の名を出すことによりいったんは収まったかに見えた浮き足立ち勢力は、しかし浮き足だったままだった。しかも執拗だった。



『アメリカ合衆国においてアメリカ軍は大統領の核攻撃命令に従わない場合がある』

『アメリカ合衆国においてアメリカ軍は核攻撃の合法/違法を司法判断する』



 それはアメリカからの驚愕の報せだった。

 アメリカ軍軍人がテレビカメラの前でそう明言したのだ。


(これは軍による叛乱だ! こんなことでは核兵器問題に関しアメリカ大統領がなにを約束してくれようとそれは空手形になるしかない‼)砂藤首相は叫び出しそうになった。


(大統領のことばを信用のならないものに失墜させて、これで核が絡む安全保障の問題でいったい誰と交渉しろというのだ……)砂藤首相はアメリカの政治と軍事とを呪う。


(核の傘とはいったい……)砂藤首相は自問自答する他ない。


(これでは結局、非核保有国が核保有国から身の安全を護るための具体的方策が無いことになるではないか——)



 アメリカがこうなってしまうと野党、マスコミなど政権攻撃側が俄然息を吹き返す。全てはアメリカ合衆国の態度次第だった。


 言葉尻を捉えた首相叩きが始まる。永遠の定番とも言える政治家攻撃の常套手段である。

 この度言葉尻に指定されたのは、

 『東京の人々が核虐殺されたら——』というくだり。

 即ち『核攻撃、それも首都を核攻撃されることを前提とするなどとんでもないことだ。そうはならないように外交をするのが政府の仕事だろう!』というわけである。


(歯ぎしりをする思いだが反駁の方法がない——)


(『核の傘』という核抑止力がろくに当てにならないとするなら、一国を預かる政治家としてどうすればいいのか)


(例えば、『核兵器禁止条約』で核攻撃を防げるかどうか——)


 砂藤首相は深くため息をつく。


(核兵器を使った国を誰がどうやってどんな手段で処罰するのだろう……?)


 核兵器禁止条約の最大の欠陥がこれだった。


(世の中には道徳的非難が通じない人間がいるのだ。それを真性の悪人とも言う。こういう性質を持った国家が現実にある。彼らは条約を破っても平然としている。どんな約束を破っても平然としている。まして核兵器禁止条約に加盟している核保有国は無い——)


(条約に処罰規定が無いのはある意味当たり前だが、処罰無き禁止条約は抑止にはならない……)


 砂藤首相にとって核兵器禁止条約は理想だけは高いが日常的に核の脅威と隣接していない国々の唱えるユートピア的思想でしかなかった。


(この条約に加盟しても日本は安全を得ることはできない——)

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