『核兵器』(よもやの第2部)

齋藤 龍彦

第一話【ジョンストン大統領からの弁明】

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(http://www.sankei.com/world/news/171115/wor1711150011-n1.html)産経新聞

 記事概要

 ケーラー元米戦略軍司令官(戦略軍とは核戦力の運用を統括する部署・空軍)は2017年11月14日、上院公聴会の場で、

『大統領から核攻撃の命令があったとしても軍が「違法」と判断した場合には拒否することができる』との認識を示す。


(https://mainichi.jp/articles/20171120/ddm/007/030/090000c)毎日新聞

 記事概要

 ハイテン米戦略軍司令官(こっちは現職)は2017年11月18日、カナダ東部ハリファクスで開かれた国際安全保障フォーラムの場で、

『大統領が核兵器の使用を命じた場合でも、違法な命令なら拒否する』、

『大統領から違法な命令を受けた場合は違法性を指摘したうえで状況に応じた代替案を提案する』、

『違法な命令が出た場合に備えた対応策の訓練も実施している』と述べる。


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 〝騒ぎ〟がアメリカ合衆国で起こった。

 その〝騒ぎ〟についてジョンストン大統領から弁明のための国際電話が日本国・内閣総理大臣砂藤英策の元へと掛かってきた。


 ジョンストン大統領は奇妙なことを言う。


〝プライムミニスター・サトー、結局軍が威勢がよかったのはJFKが核戦争を防ごうとしていたからだったんだな。もしキューバ危機の時JFKが『核戦争も辞さず』と言っていたなら軍は全く反対の対応を取っていたに違いない〟


「それで大統領、あの11月の記者会見は、あれがアメリカ軍の総意ですか?」


〝ユーエス・エアフォースの総意かもしれないがアメリカ軍全体の総意かどうかと言われれば——、正直分からないところだ。ま、全ての軍人がああだったら我が合衆国は終わりだよ〟


「ではアメリカ軍全体のサイレントマジョリティーはどう考えているんです?」


〝もしかして別のことを考えているのかもしれない。空軍だけが大統領の命令に従わず核攻撃の是非を判断できるとなれば、同じ『軍』であるにも関わらず海軍・陸軍・海兵隊などに比べより強大な権力を持っていると言えてしまう。こういう突出を面白くは思わないのが人間の組織というものだ〟


「では他三軍から『それは間違っている』という趣旨の何らかのメッセージが公になる可能性は?」


〝テレビカメラの前で記者会見しろという意味なら難しいだろう。国民受けの悪いことを矢面に立ってまで言う連中もまたいないものだ〟


「どうして軍人が記者達の前でマイクパフォーマンスをする必要があったんですか? アメリカ大統領の核攻撃命令について議論があるのなら内々ですべきでした。軍人さんはポリティカル・コレクトネスを理解していないと言うほかない」


〝まあ軍人サンだけじゃないだろうな。あの記者会見の背後にワシントンの中の誰かが後援者としているんだろう。でなければああまで大胆な行動はできない。世の中はこのジョンストン大統領をバカでアホでマヌケで何をするか分からないとレッテルを貼る輩で満ちあふれているが、この自分を足蹴にできるほど連中が聡明であるようには見えないな〟


(なんと反応していいか分からないジョンストン大統領の自虐ギャグ(?)が戻ってきてしまった。だが肝心なのはこの後のことだ)


「日米安全保障体制、つまり我が国(日本)が貴国(アメリカ)から提供されている核の傘ですが、これは今後どうなります?」

消えるということはないだろう〟


「それは『消滅』、と認めないだけで〝核には核を〟という『相互確証破壊』を放棄してしまったら事実上消えています」


〝空軍の偉い連中は『状況に応じた代替案を提案する』と言っているが〟


「その代替の軍事オプションは『ミサイル防衛システム』ではありませんか?」


〝たぶんにそうだろう〟


「百発百中で核ミサイルを撃ち落とせますか?」


〝私にとってその問いの答えは、『嘘つき』を選ぶか『正直者』を選ぶかという人間性を試される選択となる。神の祝福は受けたいものだな〟


 砂藤首相はこれ以上訊く気が失せた。


「日米同盟の今後が気がかりですが」


〝日本国をあなた、合衆国を私が率いている間は大丈夫だろう〟


「ではその後は?」


〝北朝鮮核問題は外交で片づけるしかなくなったということだろうな。まあロシアや中国がどの程度働くか如何だが〟


(結局そこか……我が国(日本)のマスコミのようなことを言ってくれる)砂藤首相はそう思わざるを得ない。




 核保有国が次々と日本国を核恫喝する中、アメリカ人達は公然と本音を語り始めた。『同盟国と言っても外国だ。外国が核攻撃されたからといってアメリカが外国のために核戦争に巻き込まれてもいいのか⁉』、と。

 『アメーリカ・ファースト!』は良心的アメリカ人が訴えるような『限られた一部の差別主義者』だけの持つ価値観ではなかった。

 アメリカ人の本音が公然と露わになる異常事態の中、核の傘、即ち日米同盟そのものがかつて最大の危機を迎えた。

 


 日本国首相・砂藤英策。

 彼は——有り体に言って『アメリカ合衆国によるイスラエル共和国のための第三国への核報復を支持する』のと引き替えに、『東京の人々が核虐殺されたら、北京の人々、ないしモスクワの人々、ないし平壌の人々を核虐殺してくれるのでしょうね』とアメリカ合衆国大統領ジョンストンに問うた。

 

ジョンストン大統領は応えた。


『同盟国を核攻撃すれば速やかに合衆国の核が報復する』

『相互確証破壊』の確認。


 ここまで言ってくれたアメリカ大統領もかつてないことだ。

 こうして両国のトップの政治判断と政治決断で日米同盟とアメリカ合衆国が提供する核の傘はすんでのところでその命脈を保つことが出来た——はずだった。


 だが、アメリカ合衆国の国内では叛乱は始まっていたのだ。

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