第2話 悲しみと春
ササキ ハルタ
ササキ?そんな苗字だったっけ。
ハルタ、ハルタ、
そうか、佐々木 春太っていうんだ。
話したことのない日から、ハルタってわたし呼んでたから、ササキってとこ、覚えてなかった。
関係ないことばかり思い浮かんで、
ハルタ?どこ?今日なんで学校休んだの?
「ケイちゃん、どうして泣いてるの。」
声が聞こえて、ケイちゃんと呼ぶのは、ハルタだけで、なんだ、そこにいたのと振り返った先にはただ風が吹くだけで。
それで初めて泣いていると気づいた。
わたしは、ハルタを失ったんだと、気づいた。
雨も届かない海の底深くに沈んでしまったようで、ハルタ、と呼び掛けても、どこなの、と尋ねても、それらは声にならずにぽろぽろこぼれた。
ただただ涙があふれたのは、悲しさというよりもむしろ、ハルタがいないことの切なさに驚いたからだった。
ハルタが好きだった。本当に、失いたくなかった。
♦
それでも勉強をやめなかったのは、ケイの根性からだろう。負けたくないと思ったし、何より、ともに通う予定だった高校に行きたかった。合格したら、ハルタがひょっこり出てくるような、そんな気すらしていた。
見事に合格を勝ち取って、でも、ハルタはひょっこり現れてくることなんかなくて、分かってはいたけれど、ああ、ハルタはもういないんだと、自分に言い聞かせることになってしまったことが悲しくて仕方なかった。
嬉しいのか悲しいのかわからないまま、季節を1つこえ、2つこえ、雪が降った。ケイはマフラーを巻いて白い息を吐いた。
時間はめまぐるしくすぎて、ケイの心は様々な色が塗り重ねられた。それらが混ざって、明るく前向きな日も、どんよりと暗く沈んだ日も。毎日たくさんの気持ちが生まれたし、ハルタを忘れることの恐怖もあった。
ケイは強くなったし、ハルタがいなくてもそれなりに楽しい日々を送っていた。将来の夢もできた。
医師になること。
大切な人は、失いたくない。ハルタを失ったときの無力さをもう感じたくない。
ケイは入学当時から勉強に力を入れていたし、そのおかげで、先生からも医学部の受験を許されていた。幼いころから負けん気は強く、決めたことは多少の困難で変えるような性の持ち主でもない。
それとあと一つ、
「おれ、医者になりたいんだ。」
志望校の話をしたあの日。ハルタとあった最後の日。優秀で、優しくて、頼りになる彼の夢は医師だった。
ハルタのこの声を思い出すだけで、頑張る理由にならないわけがなかった。もっと言えば、それだけで十分だった。
2年後の春。今までにない喜びを勝ち取ったケイは、地元を出て、T大の医学部への進学が決まった。
幸せな春だった。ハルタが、
「受かると思ってたよ。」
口の左端をあげて、いつものように笑っているように見えて、そんなわけないと自分に言い聞かせて、
ケイは、久しぶりに泣いた。
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