第二章 (4) 新しい憲法九条

 土曜、日曜、月曜の休会を挟んで、国会は翌週から『憲法特別委員会』の審議に移った。

 数年前から本格化してきた憲法改正論議が、衆参両議院で改憲勢力が2/3以上になったことにより、ようやく国会の場に上ったのだった。

 争点は、自衛隊の合憲化、内閣総理大臣に対する解散権の制限、永住外国人の参政権の可否、憲法改正手続きの基準緩和、二院制の見直し、国家緊急権の制定、地方行政の改革など、多岐に渡っていたが、それらすべてについて一気に審議するには無理がある。

 北朝鮮の核ミサイル脅威が迫る中、喫緊の問題は日本の防衛体制だ。

 アメリカの核の傘の下で守られてきた日本の安全は、いざとなった時に果たして機能するのか。

 専守防衛に徹しなければならない自衛隊は、どのような行動が出来るのか。

 憲法第九条の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」という第二項に身動きが取れない状況にあった。

 一触即発の緊急事態を目の前にして、第九条問題が議論の中心となるのは当然のことだった。

 共産党と立憲民主党は、あくまでも現行憲法を遵守するべき、憲法改悪反対と言う。

 自民党は、一刻も早く自衛隊を国防軍として認め、憲法に明記すべき。

 改憲を容認する党でも、自衛隊はあくまでも専守防衛のための組織として位置づけ集団的自衛権の拡大解釈が出来ないようにしなければいけない、第二項はそのままとして自衛隊の存在は認める第三項を加えるべき、新たに国家緊急権に関する条文を作って自衛隊の活動内容を明確に規定すべし、など意見が分かれていた。

 大手マスコミでは、戦争放棄の精神に反する、徴兵制が復活する、防衛費が膨らむ、など第九条の改正には反対の論調。

 ネットでは、アメリカは自国に犠牲が出ないと何もしないのではないか、自分たちの国は自分たちの力で守るべき、海外にいる日本人さえ助けに行けない、など改憲を望む声が大きい。

 世論は、そうした意見の間で揺れ動き、それはベーシックインカム論議とまったく同じ形だった。


 四つ提出された条文案が二つに絞られ、それが一つにまとめられた。

 その次には、ひとつひとつの文言について、ああでもない、こうでもない、と意見が交錯した。

 そしてついに、第九条は次の条文に変えられることが決議された。


 第九条【戦争放棄、及び自国の防衛】

 (1)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 (2)国は、平和維持、国土防衛、国民守護、および国内外の救援活動のための軍備力を有する。他国の侵略、侵害のためには、これを行使しない。

 (3)軍備力の統帥権は、内閣総理大臣に帰属する。国民は、その活動に参加を強制されない。


 結局、軍隊という言葉は使わずに、自国防衛のための軍備力として自衛隊の存在を憲法上で認めることに落ち着いた。

 しかし、軍備力は英語にするとMilitary forceであり、実体としては軍隊に他ならない。

 反対派に配慮して言葉をあやふやにしただけの日本お得意のやり方だった。

 そして、自衛隊という名称も変えず、活動内容もほぼ従来通りとして、その存在意義を正当化するに留まった。

 ともあれ、議員定数の2/3ぎりぎりの賛成を得て、この新しい第九条を国民投票に問うことが発議された。

 初めての国民投票が2018年12月に実施されることになった。

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