六十四「金属ネジは劣化する」
「ヒヨルド、ラッカブ、サンスド」
「あらあらぁ、魔法も上手ねぇ」
アタシはまた見ているだけ。
完全に周りが見えていないアサタンを見て、つくづく思わされる。
また、あの時と同じように残酷で非逆な攻撃をし始めている。
「ふふ、杖無しでも頑張るわねぇ。けど、杖がない魔法なんて所詮雑魚。無駄よ」
氷を得意とする魔王妃は攻撃を無駄なく躱していく。
一方、アサタンは攻撃を止めない。
まるで、言うことの聞かない馬のように。
「ラースド、アルメチ・ア・ダルカス。オレンド、カスタル」
7色の盾がアサタンに付与される。
その盾は自立していて、魔王妃の反撃を悉く防いでいく。
このままでは素の魔力勝負になってしまう。
それでは明らかに分が悪い。
「ふふふ、いい攻撃よ。いい反応。けれど、命には届かないわ」
氷の霧と爆煙が混じり、灰色の中で動く影でしか二人を確認できなかった。
けれど、状況が変わっていないと思っているのか、二人とも変わらない戦いを続ける。
「……ダリーマ」
「あら」
アサタンが聞いたことない魔法を唱えると、黒々しい闇が魔王妃を包む。
そのスフィアはそのまま宙に浮き、魔王妃を閉じ込めていた。
「これは……厚いわねぇ。けれど、氷は万物を砕く。知らないかしら?」
魔王妃は自身を包む円球の内側から手を当てると当てがった場所から円球が凍っていく。
そして、円球の中が見えないほど真っ白に凍りつくすと一気に円球が割れる。
「……小さな力でも核を突けば壊れる。硬いのなら凍らせる。私に勝てるかしら?」
ダメだ、明らかに戦い慣れしている。
流石は魔王妃だろうか。どんな危機でも余裕の表情を崩さない。
かく言うアサタンは無表情のままだけど。
「ーーぁう。うゔゔぁ、オボォ!」
突然、アサタンが胃の中身を吐き出した。
声を上げ、悶え、苦しみ、踠いて、頭を床に叩き続ける。
魔王妃はニヤリと笑う。
「……純粋な魔力が切れて、残った魔王の魔力が神経を犯し始める。……貴方、初めてなのね。一回なってしまえば楽になるわ。そうねぇ……言うなら処女ってところかしら?」
「うぎぎぎぃ?! ……ぁががあ!」
アサタンは頭の傷口を掻き毟る。
もう、死んだ方が楽なんじゃないのか。第三者視点ですら感じれる苦しみ方にアタシは心が締め付けられる。
「ああああっー!! っふ!」
「ほっ。危ないわねぇ」
アサタンは吐き出すように無詠唱で魔力の玉を暴発させていく。
まるで、身体の膿を取るが如く、魔力を絞り尽くす。
「知ってるかしら? ……貴方が最初使っていた能力。その状態じゃ使いないのよ。だから私も……でも、いらないでしょう?」
魔王妃は飽きたのか杖で耳を掻いていた。
すると、それを純粋に聴き納めたのか、アサタンの動きが止まった。
「………………俺は、アサヒだぁぁ!」
アサタンから何か光が弾ける。
すると、アサタンの雰囲気がまた転調した。
「……計算外。モノにするのね。……はぁ、流石に血が強いわぁ」
「……お待たせしたな。第三ラウンドといこうじゃねぇか」
アサタンの頭に黒い輪が。背中には幻影の翼が。
まるで、天使のフリをした悪魔だった。
「……これかぁ、よくある覚醒系って。すっげぇ、力湧く。……お前を殺す為のな」
「ふふっ!! ぐふっ……レディのお腹をいきなり蹴るのはどうなのかしら?」
「……避けれん方が悪い。俺がドッヂボールで言われた言葉。……それに、テメェは淑女じゃねぇよ。悪女だ」
最初はいつ死ぬかわからない緊張感。
次にはいつ衝動で己を見失うかわからない不安感。
今は、余裕の雰囲気で逆に安心感すら覚える。
それくらいアサタンは不敵な笑みをこぼしていた。
「ルッカ、っぐ!」
「言わせねぇよ」
魔王妃が魔法を唱えようとしてもアサタンの攻撃はその間に通る。
もはや、魔法なんて通用しない。
けれど、流石魔王妃。
「ふふ、私が詠唱しかしないとでも? っふ!」
魔王妃は無詠唱で氷を放つ。
少しばかりか詠唱した時よりも小さくなっている氷でも、人の命を絶つには充分過ぎる威力だった。
「……そこまで魔法に拘る意味。それは、体術がかなり苦手だから。だから、足を封じた。けれど、自身のエゴのために治した。その時点でお前は負けだよ」
アサタンは腕を組んでまたニヒルに笑う。
魔王妃は図星なのか、ここにきて始めて余裕の表情が凍りついた。
「けれど、黙って殴られるような私じゃないわよ?」
「だけど、黙って殴ってやるような俺なんだぜ」
アサタンの姿が消える。
その数コマ後に魔王妃も消える。
そして、壁に埋まった魔王妃の腹に足を突き立てているのはアサタン。
アタシは目で追うのがやっとだった。
「ゴフ……強くなったわねぇ」
「戦いの中で成長するのは主人公あるあるだろ?」
「全くだわっ!」
魔王妃はアサタンの足を握り、空中へ放り投げる。
アサタンは体制を直しながら綺麗に着地する。
けれど、右足が変な方向に曲がっていた。
「……イタチの最後っ屁ってか。やかましいわ」
「……ネジが飛んだのかしら?」
アサタンは痛がる素振りもせずに足を無理やり元の方向へ戻す。
けれど骨が折れた跡は残ったままで、折れた先はぷらぷらと力が入っていないようだった。
少なからず、あれは使い物にならないだろう。
「……面倒くせぇ……ルッカス」
アサタンは折れた足を氷の添え木で固定していた。
そして、その上から氷で動かないように固定。
膝から下は言葉通り、氷の棒になっていた。
「恩賜が豪華過ぎる異世界転移勇者、アサタン。いざ参る!」
アサタンはそう言って、折れた剣を構えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます