六十三「失神はお友達」

 「ふふ、勇ましき愚王が青き林檎を喰らう。『刻詠み』の言う通りだったわね」


 俺がボロボロの身体に鞭打って立ち上がると、そうこぼしていた。

 どこか安堵のような、わかっていたかのような酷くつまらなそうな顔をしていた。

 魔王妃がこぼした中にあったのは『刻詠み』の言葉。

 またもや知らない単語に頭を捻る。が、そんな時間なんてない。


 「……その通りなら俺は勝てるってか? ……いくらなんでも勝ちを放棄し過ぎだろ、王妃様」


 すると、魔王妃の雹撃が頬をかすめる。

 ……早すぎるだろ、全然反応しきれなかった。

 俺の頬からは血が滴り、すぐに凍結させられる。


 「勘違いしないでね。貴方がそれに相応しい人ならばの話よ。少なくとも……今の攻撃を躱せないようじゃ見当違いかしら?」


 「……言ってろ」


 俺は剣で喉元目掛け突きを放つ。

 ノーモーションからの一撃。準備していなければ躱すことなど出来ない。

 しかし、俺の期待なんざ余裕で裏切られる。


 「……心のどこかで燻っている。だから、弱い」


 魔王妃は避けずに手のひらに剣を刺させる。

 そして、痛がる素振りもせずに剣を握りつぶす。

 ……さて、攻撃手段が消えたぜ……死、あるのみ! って、やかましいわ!


 「俺が弱いか……当たり前だ馬鹿野郎! ちょっと前までただの一般ピーポーだったんだぞ! ……オワタ」


 俺は膝を崩す。

 ふざけているようにも見えるだろうが、死期だけは悟れる人間ですぜ。

 ……死期?


 「はぁ、つまらないじゃない。魔王の子。消失なさい」


 魔王妃が大きな氷柱を俺目掛けて発射する。

 その攻撃はしっかりと見えた。

 俺の秘儀『デッド・オーバー・クロック』さんだ。

 ゆっくりの時間の中でも俺は速く動ける。とんだチート能力を手に入れたもんだ。


 「死にさらせぇぇぇ!」


 俺は折れた剣で魔王妃の首を掻っ切る。

 その時に時間は元に戻って、紫の鮮血が噴水となった。


 「かひゅ……なんてね」


 溢れ出る紫を押さえてケロリとする魔王妃。

 その深々とした切り口は凍らされて出血を止められていた。

 ……ひっじょうにまっずい!

 助けてくれ、異世界勇者達!


 「その能力は……ふふ、今の私達には使えないから。懐かしいわね、命を狙われていた時期を思い出せた」


 魔王妃はゆっくりと谷間から杖を取り出す。

 この世界の巨乳は間に何かを入れる癖があるのだろうか?

 くそ、現実だったら喜んでたんだけどな!


 「……ルッカス」


 「あぁ!」


 魔王妃は素早く、俺の隣へ氷壁を立てた。

 そして、その氷壁が喚いた気がした。

 ……声の主が現れる。


 「……小癪ね。透明化魔法は自分より強い者へは効果がない。基本でしょう。……邪魔しないでくれるかしら?」


 「……うぅ」


 氷の岩に片足を凍らされてしまっているのはロヴ。

 片足を凍らされた痛みから喘ぐことしか出来ないようだった。

 ……えげつねぇことしやがる……


 「つまり、ルッカス。そこの二人も見えてるのよ」


 「チッ!」


 「冷たい……助けてお兄ちゃん」


 ナビィとラフィーも姿を現わす。

 ラフィーは氷に壁に氷の腕輪で拘束され、ナビィは氷壁の中に手を閉じ込められていた。


 「……おい、人様の女の子に手ェ出して……大丈夫か?」


 俺は見るだけしか出来なかった。

 折角、ここまで辿り着いてくれた仲間を。

 死んではないが、可愛い女の子を傷物にしようとする魔王妃に苛立ちを見せた。


 「……やっと本気? 安心なさい。私、魔法は得意だから。タイルッカス!」


 「あぐっぅ!」


 魔王妃が何かを唱えると同時に三人の悲鳴が木霊した。

 三人には大きな氷の惑星がそれぞれに付いていた。


 「何をした……?」


 「私特性の氷の遅延魔法。一時間以内に私を殺さないと、あの氷は付いた者を切り裂き、砕き潰して、死ぬまで攻撃をやめない。勿論、壊れることもない。どうかしら?」


 俺の沸点はピークに達していた。

 けれど、どこか冷ややかな怒りで。

 青白い冷静の中に赤黒い激情を持てていた。


 「……じゃあテメェを殺せばいいんだな?」


 「勿論。もっと必要かしら?」


 「充分。死ねよ」


 俺は折れた剣を投げつける。

 それと同時に走って右側から背後を取る。

 それに気がついた魔王妃は左手で剣を弾いて、後ろの俺に右フックを放とうとする。

 しかし、ここまで俺の作戦通り。

 俺はガラ空きの背中を無視して、そのまま右側に走り、弾かれた剣を空中で取るとそのまま振り下ろす。


 というフェイントをかけてからバックステップをし、右に回転しながら横薙ぎを入れる。


 「……三倍くらいはよくなったんじゃない?」


 「そうかいそうかい。死ねよ」


 魔王妃は胸元から血を流していた。

 凍らせる暇なんて与えない。

 俺は蓮撃を仕掛ける。

 当然、折れた剣なのでリーチは短い。

 けれど、それを頭に入れて懐に飛び込んだ。


 「……オラァ! フッ、ハッ、ラァ!!」


 俺は考えうる攻撃パターンの中から最善だけを取捨選択して、フェイントや蹴りで相手を凌駕してやる。

 余裕が過ぎて赤子を相手にしているようにも感じた頃。

 俺の耳に冷声が入る。


 「……つまんないわよ。そんな攻撃。ルッカス」


 俺は遥か後方まで飛ばされて壁に叩きつけられた。

 鈍痛のする腹を見てみると重く硬い氷塊が乗っていた。

 俺はそれを退けてまだ、立ち上がる。

 ボロボロの体はまだやる気だ。


 「……ねぇ、つまんない。あぁ。こうしましょう。そうしましょう。えいっ!」


 「ゴフッーー、あがっ!」


 魔王妃が初めて自分から動いたと思ったら、瞬間にナビィの腹を殴っていた。

 ナビィは何が起きたかわからない間に吐血してしまっていた。

 魔王妃はその吐血を瞬時に凍らせていた。

 俺が理解する頃には立派な血の華がそそり立っていた。


 「アッハハ! 綺麗な華。赤色だから解せないけれども……どうかしら?」


 「……殺すのには充分過ぎるぜ……クソ野郎」


 「けど、足りないわね。理性なんて捨ててしまいなさい。ショルト。ヘル・マ・ルッカス!」


 目の前で光が弾ける。

 目を瞑って回避すると、既に頭上には氷塊が。

 そのまま俺は押し潰される。


 「……死んだ? 死んでたら返事しなさーい。アッハハ、無理か!」


 氷の塊が爆発四散する。

 氷の粉が舞い落ちた頃、立ち上がっている。


 「テメェを殺せばいい」


 勇者ならざる魔力を持った主人公はブチギレモード。

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