六四・五「得るなら失うのが基本」

 ここは……?

 俺が目を開けると、何度目になるかわからない黒い部屋に飛ばされていた。

 ……また、プッツンしたのか。


 「ぶふっ! あんだけ見栄張っておいてボコボコにされてんの! ぷーくすくす!」


 うっぜぇ……

 親父は口元を手で隠して笑っていた。

 俺は怒りとともにとある疑問が浮かび上がった。


 「……外の状況は?」


 「……悪いなぁ。お前とサキの魔法は均衡しているからな。魔力の蓄積量勝負だが……お前にはそこまで純粋な魔力はないからな。多分、どころか十中八九死ぬね」


 ぉう、マジか。じゃあどうすんだよ……


 「だけど、それはお前が手を抜いてるからだけどな」


 「は?」


 俺は意識が飛んでしまうほどブチギレているのに手を抜いてるとほざいているクソ親父。

 俺が睨みつけると焦って手を顔の前でブンブンと振ると続けて


 「いやいや、『魔王の魔力』ってのはなぁ、生き物なんだよ。それに身体を委ねてやらんと拒否反応から自滅するな。うん」


 「……つまり?」


 「察し悪いなぁ。だから、人間性を捨てるか、命を捨てるか選べっつってんの。把握?」


 「うん、把握。けど選びかねるぞ?」


 そりゃそうだ。まるで悪魔からの質問のような意地悪さ。あ、親父は元魔王でした。

 けれど、人間性の喪失。それを意味するのは?


 「なぁ、具体的に人間性の欠落ってどゆこと?」


 「う〜ん……見てくれも魔王になるし、考え方、性格、全て魔王所以の純正になる。今でこそ混血で耐えれているが……俺の時はもう酷かったぞ? 三日三晩吐き続けてな。懐かしいなぁ……」


 親父が懐かしむように遠くを見つめて話が終わった。おいおい、大事な事がまだだぞ?


 「その言葉通りなら……俺はどうなる?」


 俺とはこの俺だ。

 今、外で戦ってくれている本性ではなく、理性と言う名の俺。

 性格が魔王になるということは理性で作られた人格は亡くなってしまうのではないか?

 そう考えたのだ。


 「……消えるだろうよ。俺諸共」


 親父はどこか寂しそうだった。


 「……なんで親父も?」


 「俺だけじゃねぇだろうなぁ……多分、ガヴリーも。俺らはお前の深層心理にこそ辿り着けるが、あくまで理性を介しての侵入だ。本能むき出しの『動物』には効果がない。心理と本能は表裏一体だからな」


 どこか動物という単語に引っかかりを覚えたが、親父なりの例えだろう。

 それでも、俺は『動物』にはなりたくない。

 ……俺が消えるのは怖い。本音だ。

 けど、死ぬのはもっと怖い。ましてや、外の三人を放置して死ぬのは俺にあるまじき行為。

 デメリットを見たときにメリットに目が眩むのは何て言う現象なんだろうな。

 それ程までに決めかねない。頭の中で『もし』が永遠と反射し続けている。


 「お前のことだからそうなると思ったよ。なら、俺が強制的に……」


 親父が話している途中で鏡でも割れたかのような音が鳴る。

 その音の方向を見ると、黒の空間を半分に断つように白の空間が左に広がっていた。


 「アサヒ……貴方の求めるままに」


 「母……さん」


 二人の子持ちとは思えないビジュアルのお母様の登場である。

 俺は初めて二人の空間が混ざった事に驚いていた。けれど


 「……そこにいるのか、ガヴリー」


 「……きっと、そこにいるのでしょうルシフ様……」


 二人は互いを認識出来ていないようで、隔たれた透明の壁に手を当てていた。

 けれど、流石夫婦である。手のひらは一枚を挟んできちんとくっついている。

 俺は二人の『カタチ』に心を締め付けられていた。


 「……お前が来たという事は……試す時が来たのか」


 「……きっと、今しかないから。ガヴリーはアサヒに託します」


 俺は二人に置いていかれている状況。

 けれど、母さんが手招きをする。


 「アサヒ、そこに座りなさい」


 母さんが指差すのは白と黒の狭間。

 この中で唯一、俺だけが存在できる場所。


 「……アサヒ。お前にしか出来ないんだ」


 「……アサヒ。貴方にしか頼めないのよ」


 二人は自身の手のひらを俺の頭の半分ずつに置いた。

 すると二人共、見たことのない表情で緊張しているようだった。


 「……大地讃頌。この者に安寧の加護を」


 「……天動雷雲。この者に超越の加護を」


 白と黒の雷が俺を穿つ。

 それどこのプリキュア?!!


 「あがががぁぁあ!」


 「平気か、息子よ」


 「心配しないで。すぐに終わるから」


 俺は悶え苦しみながらも二人の表情を伺うと、半透明な笑顔をしていた。

 俺は即座に理解した。

 両親との別れを。


 「……アサヒ。お前は荒削りでも俺の後継者……いや、立派な魔王様だぜ?」


 「……ガヴリーは何もしてやれなかったけれど、アサヒ。信じているわ。どうか、呑まれないでね」


 パチンと意識が絶たれるような感覚に襲われると、目の前には疲弊しきっている魔王妃が。

 足元は吐瀉物で濡れていた。

 ……親父、母さん。


 『ご主人はだぁれ?』


 中から何者かが甘い声で怠そうに問う。

 俺か。俺はな。


 「……………………俺は、アサヒ様だぁぁ!」


 『……天使の加護の元に』


 光が弾ける。

 そして、気がつくと真っ黒な輪が頭上で浮いていて、身体がやけに軽く感じるから背中を見れば紫と黒の合間に存在する色合いの翼が不安定に存在していた。


 俺は、魔王なのか悪魔なのか。

 その答えはどちらだっていい。

 目の前の悪を滅するだけなのだから。


 「……計算外。モノにするのね。流石に血が濃いわぁ」


 魔王妃は怠そうにこちらを見ていた。

 だから、俺は自信満々でこう告げるのだ。


 「……お待たせしたな。第三ラウンドといこうじゃねぇか」


 覚醒勇者の猛撃をお見せしよう。

 

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