五十五「姫を奪還するなんて勇者らしい」

 俺とロヴは三本の分かれ道まで戻ってきた。


 「……今来たのがこっちだから、こっち行くか」


 俺は左端を指差す。

 特に理由は無いが真ん中は最後。

 そんなイメージがあった。


 「……アサヒがそう言うならそっち先に行こっか。てっきり妹だから先に〜、とか言いそうだったけど」


 あ、そうか真ん中はラフィーが行った場所なのか。

 それだと優先順位は変わ……


 「って、早いよ!」


 俺がやっぱり真ん中にしようと思っていたら既にロヴは左端を進んでいた。

 俺はなぜか悪い予感をどことなく感じていた。


 # # # # # # 


 「……何ここ」


 俺らがある程度進むと広間のような場所についた。

 この空間の真ん中には大きな水晶の壁があり、真ん中に入り口があった。

 パッと見、人間迷路のような感じもする。


 「……とりあえず進む?」


 俺は頷くわけでもなく入る。

 すると、やはり読みは合っていたようで分かれ道が出てきた。

 右か、左。

 俺は考えるためにふと地面を見た。


 「血痕? ……ナビィが怪我している? いや、わざとらしいよな」


 地面に吐いたと思われる血の跡が。

 ロヴの方を見ると、血には気がついて無いようでどっちに進むか悩んでいるようだった。


 『ようこそ、鏡の間へ』


 「ロヴ、なんか言ったか?」


 「えっ、アサヒが言ったんじゃないの?」


 何故か立ち込める煙と共に声が聞こえた。

 俺らはどこからか聞こえてきた声の主を探した。

 されど姿は見えず、人じゃない何かの仕業だと断定しておいた。

 脳内に直接話しかけられた感じが俺の魔力君や鉱石君と同じ感覚だったからだ。


 「同じ……? あ、試してみるか」


 正直、鉱石と水晶じゃ違う気がするが、試してみる価値はある。

 出来れば値千金だしな。

 俺は水晶の壁に手をつける。

 そして、目を瞑って話しかける。


 『……さっきここに女の子が来なかったか?』


 『…………誰? ま、いいけど。女の子でしょ、来た来た。もう奥進んじゃったけどね』


 あ、マジか。

 じゃあ、ちょっとヒントでももらうか。


 『ゴールまで導いてくれないか?』


 『ゴール? ないよ。ここには。入り口がゴールだよ。無限地獄の中でいつソレに気がつけるのかの意地汚い場所だからね』


 えぇ……製作者の意図を踏みにじったようでとても心が痛い。

 けれど、入り口がゴールだというのはよくある話だ。

 俺は後ろを振り返る。

 すると、入り口は消えていた。


 『入り口……消えてね?』


 『入ったら閉じる仕組み。押したらズレるからやってみそ』


 うわ、めっちゃ教えてくれるやん水晶はん。

 つーか自我が芽生えているってのも問題があると思うがな。

 俺はだいたい入り口ら辺の壁を押すと動くことを確認した。

 うむ、水晶さん様々だぜ。

 俺はカラクリを教えてもらった礼はせねばとまた話しかける。


 『すまないな、なんでもかんでも教えてもらって。なんか礼がしたかったけど……あいにく何も持ってないんだ。ごめんな』


 すると触れている部分が少し暖かくなって、笑っているようだった。


 『いいよ。長い間、人と話せてなかったから暇だったんだ。それだけで礼は十分さ』


 あら、そうなの?

 じゃあお言葉に甘えさせていただきますね。

 かわりに。


 『いつか、いや。すぐに魔王妃を討伐して、たまにはここに顔出すよ。そん時はまた話そうぜ』


 『ふふっ。水晶なんかを口説く人は多いんだね。もっとも、話しかけられたのも口説かれたのも君で二人目なんだけどね』


 え、おぼこ娘さんなの?

 いや、それは関係ないか。

 俺以外にも水晶と話せる奴がいたのか。

 ん? そういやなんで俺って水晶とかと話せるんだろ?


 「おーい、アサヒー?」


 俺は目の前で可愛く手を振る少女を見た。

 とりあえず、ひらひらと動く手を握ってみた。


 「えい」


 「な、な、何してんの」


 「なんでも。つーか、こっちじゃねぇわ。正解はこの部屋の横の細道らしい。目の前にあからさまな物があると反応してしまう人間の性格を突いた罠だわ」


 ロヴはなんでそんな事わかるのかと不思議そうにしていたがそれを話すとなんだかややこしくなるから黙っておいた。

 多分、ロヴの中では俺がシャーロックホームズ並みの探偵だと思っているだろう。

 この世界の名探偵の名前は知らんがな。


 # # # # # #


 俺らは結晶迷路の横道に入り、奥へと進んだ。

 すると、緩やかなカーブになっていて奥へ進むにつれて真ん中に向かっていってるようにも思えた。

 また分岐路まで戻るのがめんどくさいからラフィーとナビィで合流しておいてくれねぇかな……。


 「おっ、開けた場所に着いたな」


 その開けた場所に一人、小さく蹲っている少女を見た。

 それは、この道での探し人、ナビィである。

 俺らはその姿を確認して走って向かう。


 「ナビィ! 大丈夫か、なんかあったか?」


 とりあえず彼女の安否を確認する。

 ナビィは全身から血が出ていて、今にも死にそうな顔をしていた。


 「くそっ……やられた! ラフィーが」


 既に瘡蓋になっている拳で地面を殴ろうとする。

 けれど、また再出血しそうなので俺が止めておく。

 ナビィは何かを嘆いて憤慨しているようだった。

 俺はあくまで冷静沈着に質問する。


 「……何があった」


 「わからない。けれど、この紙が落ちてた。……そして、この有様」


 周りを見渡すと壁がボロボロになっているところが数カ所。

 激戦の跡が感じられた。

 よく見ると地面には血痕が沢山付いていた。

 けれど、既に乾いているようでナビィのものじゃなさそうだ。

 俺はふつふつと込み上げる怒りを抑えながら冷静を装う。


 「紙、見せてみろ」


 紙を見ると血文字で何か書かれていた。

 やべ、俺文字読めなかったんだった。

 するとロヴが声を上げて中身をまるごと言ってくれた。


 「何々……『私、危険。悪魔に魔王城へ連れてかれる』だって……?!」


 既に沸騰していた怒りを落ち着かせるために関係な事をツッコミしておこう。

 いや、なんで中身全部言ってくれるね〜ん! ありがたいわアホ!

 ダメだな。全然、キレがない。

 それ程までに俺の怒りはピークを迎えていた。


 「お前ら……」


 俺が黒色に染まった声で話しかけるとロヴに手を繋がれる。

 そしてまたナハハと無邪気に笑われた。


 「ナハハ、落ち着いて。落ち着けよ。アサヒ! ……そのままだと犬死するよ。ね?」


 俺の怒りは多少、姿を潜めた。

 けれど、心ここにあらず。

 凄く生きた心地がしない。

 けれど、ロヴに我に帰されて少しだけ、ほんの少しだけ落ち着いた。

 さすがデキる子。ありがとうな。


 「……すまん。助かった。……イケるかナビィ?」


 「勿論、あっ」


 ボロボロの身体で立ち上がろうとしているナビィ。

 俺は急ぎたい気持ちと労わりたい気持ちで挟まれて、とりあえずお姫様抱っこをする。

 こうすれば出口まで急げる。


 「あまりナビィだけを贔屓したくないが……大丈夫か?」


 「うん、ウチは平気。軽く走れる程度には回復した」


 ロヴは少し強がって笑っているようにも思えた。

 馬車の中でいっぱいデレさせてやるから我慢してくれ。

 今は文句を聞いてやる暇もない。


 「急ぐぞ」


 「うん」


 奪われた姫を奪還するために。

 俺らは洞窟を抜け出した。

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