五十六「膝乗りロヴちゃん」

 俺らは洞窟を出ると馬車に飛び乗り、すぐさまに出発した。

 俺は不安に足を揺さぶられているとロヴが抑えるように乗ってきた。


 「ま、まぁ、そ、ん、な、に、カッカ、して、ても、よく、ない、よ!」


 俺の貧乏揺りのリズムで声を発していて、少し気が楽になった気はした。

 ただ、妹の安否を最優先に考えているため焦燥感だけは滞在してくれる。


 「ラフィー……」


 俺は見えない天を仰ぎながら十字を切る。

 とても縁起が悪そうだが、祈る事しか俺には出来ない。

 頼む、無事でいてくれ……!


 「ちょ、ちょっと、アサヒ、い、き、お、いが、激、し、くな、って、る! ストーーーップ!!」


 パチンと両頬を張られる。

 ロヴの小さな手に挟まれた今の俺の顔はさぞ滑稽だろう。

 しかし、俺の具体化した不安を止めるには充分だった。


 「は、はにゃせよ」


 離せよと言いたかったが挟まれていて言葉が喋られない。

 ロヴは右耳に付けたピアスを取って俺に見せる。


 「コレはラフィーの命の灯。この中の色が黒くなれば……残念だけど。まだなってない。だからラフィーは生きてる。……とても揺らいでいて不安定だけど。絶対に生きてる」


 ロヴから受け取ったピアスの中には黄色の宝石が嵌め込んであって、宝石中には模様の様にも見える炎が揺らぎ続けていた。

 だが、どこか消えかけている空前の灯火とでも言おうか。

 そんな弱い火がしっかりと鼓動をするように揺らいでいた。

 しかしラフィーが生きていると分かった以上、ならば早く助けてやらないといけないと使命感という新しい感情に駆られた。


 「ありがとうロヴ。……つか、コレよく出来てんな」


 「うん、ウチの魔力を注いだ特別製。逆の耳にはナビィの。あ、ちゃんとアサヒのもあるよ」


 左耳には赤色の炎が揺らいでいる。

 首元から出したネックレスは黒色の宝石が埋め込まれていた。

 なんか俺のだけ禍々しくね?


 「ちなみに! アサヒのやつだけもっと特別製。身代わりにもなってくれる優れ物だよ」


 えっ、マジで? めちゃめちゃ使えるじゃん。

 いいのそんなチートアイテム?

 絶対規制がかかる代物だろ。


 「あ、身代わりになるのはウチだからね。気をつけて。アサヒが死ぬと首飾りが壊れてウチの命をアサヒに明け渡す仕組みになってるから」


 いや呪いのアイテムじゃねぇか!

 むしろそこまで愛されてる俺が怖いわ。

 まさしく命を預けるって事か……やめて、ヤンデレ要素はいらない子!


 「ナハハ。冗談……」


 「あ、ちげぇの? ビックリさせ」


 「じゃないよ」


 いや本当かい!

 もう迂闊に死んでられないな。

 いや一度も死んだ事ないけど。

 ん? 現実世界では死んだのか。

 なら一回だけしか死んだ事ないけど。


 「落ち着いた?」


 ロヴは心配そうに顔を伺ってくる。

 俺もふと、気が紛れていることに自分自身今になって分かった。

 むむむ……なんだか正規嫁がラフィーからロヴにチェンジされそう……

 あ、別にラフィーが嫁ってわけじゃないよ。

 単純に俺の愛を誰かに分け与える割合がラフィーが九割越えなだけだ。

 決して兄妹の一線を越えるつもりはない。


 「ん、まぁ、おかげさんで。……撫でてやろうか?」


 「うん」


 よしよーし、いい子ですねー。

 俺はわしゃわしゃとロヴの頭を撫でてやる。

 こそばゆそうにニコニコ笑う姿にドキッと心臓が跳ねたが恋ではない。ドント恋。

 俺がひとしきり撫でてやると今度はお返しに耳たぶを噛まれた。


 「アヒィン?!」


 俺は女の子みたいな喘ぎ声を出してしまい、顔を真っ赤に染める。

 耳、急所なんだよ……。

 つか、いきなりやるなよビックリしただろ。


 「ナハハ、馬鹿みたい!」


 ゲラゲラ、ナハナハ笑うロヴにイラついたが心を落ち着かせているようで迷惑をかけてしまっている。

 その事ばかりが申し訳なく思う。


 「……ごめんな、色々迷惑かけて」


 「ナハハハハ……は? あー、なんのことかな? ロヴちゃんは楽しんでるだけだよ?」


 言い切ると同時にウインクをされて目線を逸らしてしまった。

 今日だけで何回、こいつに心臓を射抜かれればいいのか。

 ホント惚れ症な俺。


 # # # # # #


 「なぁなぁ、なんでナビィさん怒ってらっしゃるの?」


 「なぁなぁ、なんでナビィはアサヒの膝の上に座ってるの?」


 俺らは馬を全力で走らせすぎたせいで、馬がバテてしまい休憩を挟むことにした。

 丁度よくお腹も減っていたし近くで白魔熊を狩って調理した。

 みんなでいただきますをするとプンスカしたナビィちゃんが俺の胡座の中に収まってきた。

 なんだか親子みたいだね!


 「なぁなぁ、なんでナビィさんはヤケ食いしてるの?」


 「なぁなぁ、なんでナビィはアサヒの匂いを嗅いでるの?」


 俺とロヴで夫婦漫才をしても無反応。

 それどころか居所をずらして俺の息子に直接ヒップアタックしてくる。

 勿論、息子が擦れてとても痛い。

 ……今、変なこと考えた子、至急職員室まで。

 さて、職員室に行きますか。

 と言ってもそんな場所は異世界にない。

 じゃあ行かなくていいな!


 「つか、真面目な話。馬の様子は?」


 「……自分で見れば?」


 めっちゃ怒ってらっしゃるよ。

 もう額に怒りマーク大量生産工場地帯だよ。

 仕方がないので分かるかどうか不安だが馬を確認しに行く。

 その為に立ち上がるとナビィが寂しそうな顔でこちらを見た。

 いや、自分で言った事ですからね?!


 俺が二頭の馬に近づくと酷く疲れているようで鼻息が荒かった。

 あーあ、喋れたらどんなに楽か。

 そんな事で洞窟の中の事を思い出した。


 「そーいや、鉱石やら水晶やらと喋れたのはなんでだろ……?」


 俺は首を傾げてないのに世界が傾いた。


 「あ、あれ?」


 バランスが崩れて倒れると暗闇が襲ってきた。

 逃げようにも身体は動かなくて黒に飲み込まれるのをただ目視するしか出来なかった。

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