五十三「鏡面、性格悪し」

 「鏡の間……」


 今確かにそう聞こえた。

 ここにはアタシ以外いないのに。

 後ろをもう一度振り返ると帰り道が見えなくなっていた。

 それどころか妖しい煙が足元に立ち込めていた。

 そして、煙が一瞬だけアタシの顔を隠すと、目の前には全てを反射させる程の光沢を持つ結晶の壁が縦横無尽に設置されていた。


 「……迷路かな、急いでるのに」


 アタシは右側の壁に手を付きながら進んでいく。

 どこかで聞いたことのある話。

 迷路は常に右側の壁をなぞればその内ゴールにたどり着くと。

 アタシはその話を信じてずっと進んでいく。

 途中何個も分かれ道があったが右を選択。


 「……自分に見られるってなんだか変な気持ち」


 アタシはあるゆる壁に反射する自分を見た。

 それも一つや二つではなく沢山の。

 中で亀裂の入った結晶の壁はそれを境に二人のアタシを写す。

 透明な結晶は奥にすらアタシを写すから壁であるかどうかもわからなくなりがちだし、自分が奥に連続して見えるなんて現象すらある。


 「……やっぱ簡単にはいかないか」


 ずっと手を付いて歩いてきた先は入り口。

 いや、本当に入り口かどうかも怪しいが、さっき見た壁がここにある。

 鉱石についてよく知るアタシだからこそ、少ない変化ですら読み取れる。

 ここはさっきいたところで間違いない。

 アタシは入り口に戻ってきていた。


 「これは、時間がかかるなぁ」


 アタシは左側に走っていく。

 時間が無いことを思い出し、悠長にもしてられないと思ってのことだ。

 全く、七面倒な場所へ着いてしまったものだ。

 アタシは本能で進んでいく。

 さっきまでの理論なんてどうでもいい。

 右、左、右、右、左。

 7つ目の分かれ道でようやく気がつく。


 「また、最初の場所……チッ! ……ペッ」


 アタシは地面に血を吐いておく。

 目印になるような物も無かったので口の中を歯で噛み切り血を出してやった。

 これで最初かどうかだなんてすぐにわかる。

 さて、次。


 「左……えっ」


 左に曲がると既に血があった。

 これは……間違いない。

 間違えた道を進むと最初に戻されるやつだ。

 アタシはこんなにも最初に戻されてなんとなくそう思った。

 そして入り口にある分かれ道は二つ。

 左に進むと最初に戻された。

 なら、右に進む。

 これでハッキリするだろう。


 「……正解。次、右」


 アタシは次の分かれ道も右を選択。

 ……大丈夫。血はない。

 曲がって次の分かれ道に行くまで、すごくストレスがかかる。

 緊張やら切迫しているからだと思うが、失敗すると大幅にタイムロスするからでもあるだろう。

 アタシは次の分かれ道は左に曲がった。


 「血……面倒くさい」


 また最初に戻された。

 こうなればヤケだ。

 正解の分かれ道に血を置いていってやる。

 中々安易な考えだろうが、御構い無し。

 こっちは急いでいるのだから。

 確か、今確定している正解の道は


 「右……右……右。そして、ここ」


 見事に三連続右という選択者の気持ちを踏みにじるような作りにイラつきながらも次の選択肢を選ぶ。


 「……流石に左だろう」


 しかし、流れ的には右側に行きたいのは山々だ。

 だけど、結局は50パーセントの確立。

 こうなればしらみ潰しだ。

 アタシは直感のままに左に進んだ。


 「正解……あ、戻って血を垂らさなきゃ」


 アタシは鍛冶に関しての知識を詰め込み過ぎてる分、他にリソースを割かない主義で。

 物覚えが悪いわけではないが、使わないような事を覚える主義ではない。

 だから、これも忘れないように血を置いておく。

 そうして、道を戻ると既に血は置いてあった。


 「……後戻りは効かないと。了解」


 そこからはガムシャラになって進んでいく。

 何回、何十回、何百回、間違えたのだろう。

 分かれ道の数なんて40を越してから数えていない。


 「あっ……チッ!」


 アタシは舌打ちをする。

 さっきまで分かれ道は二本だった。

 今、三本に増えた。

 二本ですら大変だったのに、今度は三本。

 ……ふと、鏡面になっている結晶壁を見ると見るも無残な女の子が立っていた。

 口の中の血は無くなり、かわりに全身に裂傷を負わせ血を垂らしている。

 血の気がないその表情は死人と言っても過言ではないほどのそのものだった。


 「……ふふ、あはははははは、えっぐ」


 鏡の中にいる少女は笑っていた。

 鏡の中にいる少女は泣いていた。

 これは人を狂わせる空間だろう。

 アタシも半分以上、精神を持っていかれている。

 ふと、アサタンの言葉が蘇った。


 『じゃ、また会おう』


 ふざけているあの顔でも、しっかりとアタシは映していて。

 こうしちゃいられない。

 アサタンだって出口に向かってる。

 その努力をやめるような人じゃない。

 だから、先にアタシが諦めてどうする。

 アタシは自分を奮い立たせて前を向く。

 長い邪魔な髪を後ろで束ねる。

 前にアサタンに一度『ポニーテール』? にしろって言われたけどこの髪型の事らしい。

 だからどうという事もないが。

 アサタン、喜んでくれるかな。


 「純情な幼気な愚鈍な少女に大胆なヒントをあげよう。……戻らされたくなければ戻ればいい。君の間違いはたった一つ。ここに足を入れた事」


 どこかで聞いたことのある声がした。

 しかし、その声の主の姿は一向に見えない。

 戻らされたくないなら戻る?

 それでも最初の場所にたどり着くだけ。

 戻るということすら許されていないのに。

 アタシはますます意味がわからなくなった。

 けれど、挑戦だけはしておかねば。


 「戻るだけ戻る。ダメなら元の位置まで走ればいいんだから」


 アタシは案の定、最初の場所に戻されていた。

 疲れ切った身体と精神はいつのまにか膝をついていた。


 「はは、意外と応えるね。ここ」


 アタシはそのまま横になって煙に顔を埋めた。

 すると、煙の流れが変に感じた。

 どこからか風が吹いている?

 まるでアタシの後ろから吹くように。

 もしかして。


 アタシはズルズルと体を引きずって、進むべき方向と逆にある壁に触れる。

 すると、少しだけ壁が動いた。

 立ち上がって、最後の力を振り絞って壁を押すと道が拓けた。

 これはここに来た入り口。


 「出口のない迷路。最初から入り口が出口だったって事か……相当性格が悪いんだね」


 アタシは誰かに言うでもなくそう呟いた。

 迷路の外側の壁と洞窟の壁の間にはきちんと通れる隙間があった。

 先に進める。

 アタシは遅れを取り戻すかのように走って奥へ進んでいった。

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