九「ゴブリンとオークの国、ドオブ到着」

 朝、目を覚ますと顔の前にヒイラギの顔があった。


 「えええ?!!」


 焦って顔を反対へ向けると、今度はラフィーの顔があった。


 「って! こっちもか! なんでだよっ!!」


 朝チュン? 朝チュンなのこれ? 

 なんて、呑気に鼻の下を伸ばしていると両方共、目を覚ます。


 「おはよぉーおにいーちゃん」


 「んにゃあ」


 朝一番から驚きのイベントが発生し、脳みそは回転をやめている。


 「テメーらなんで人の布団に入り込んでんだよ!」


 「にゃ? 昨日からいたじゃにゃいか。いまさら驚くことにゃいだろ」


 昨日からだと……まさか! 昨日、寝る前に入り込んできた猫だとでと言うのか?!

 いやまぁ、それ以外あり得ないか。納得。


 「おけおけ。ヒイラギは昨日の猫だったとね。……いや、化けれんのかよ! 先言えや! で、ラフィーはなんでだよ!?」


 「いやぁ、いつもみたいにお兄ちゃんの様子を見にきたらヒイラギさんと寝てて……いっかな。って」


 いや、よくないよくない、なんもよくない。でもラフィーだから許しちゃう!

 ん? 今、いつもって……

 まぁ、それは置いときまして。


 「入り込んだ理由は良しとして、なんで2人とも全裸なんだよ! もういい加減裸には見飽きてるからな?!」


 こいつら絶対、変態かなんかだろ。なんで人の布団に全裸で入り込むんだよ。

 

 「にゃーは、猫体になると服着れにゃいから。しゃーにゃいにゃ」


 「私は寝苦しかったから」


 ふむ、ヒイラギは理解できる。

 ラフィーはわからんぞ。寝苦しいで服を脱ぐとか、やっぱり裸族じゃないですか!

 そういえばと、初日とその翌日を思い出す。

 ラフィーもミカさんも裸になりがちだったなぁ。それでこの家系は裸族っぽいと考察してたなぁ。

 なんて、しみじみ考えてようやく頭の回転が始まる。

 それと同時に間抜けた怒りが芽生える。

 

 「はぁ……わかったからまずは服を着ろ! 先リビングに戻ってるからな!」


 怒りに任せて扉を閉める。

 お兄ちゃんは妹の貞操概念が危ういと思います。


 # # # # # #


 「はっはっは。それで? ラフィーもヒイラギも布団に入り込んでいたと。双方共から愛されてるんだね。ぷるぷる」


 冷蔵用魔法具からスライムを出して朝の事件を説明すると大爆笑された。

 こいつ、二度と出れないようにしてやろうか。


 「はぁ、愛情もここまでくると重たいよ。理性さんがもってくれなかったらヤバかったっつーの」


 俺はマグカップの中にいるスライムを指でぷよぷよと突きながら話す。

 スライムは朝から俺の話を聞いて楽しそうにしてくれている。

 スライムの身体は昨日の赤茶色がすっかり抜け、いつもの透明色となっていた。


 「それで、真面目な話。ドオブへは僕やヒイラギはドオブへは付いていけないよ。僕は魔物だし、ヒイラギも種族的に入れないのさ。ぷるぷる」


 それは昨日の段階でも考えていた。

 そもそも、ここまで運んでくれただけでも感謝しているし、これ以上の負担はあまりかけたくない。

 スライムは熱に弱いらしいし、今日の天気は快晴で、暖かい日差しが多い。

 この異世界は昼間は夏のように暖かいが、陽が落ちると秋のように冷え込む。

 だから、年中暖炉を使っているらしい。ミカさんがそう言っていた。


 「ま、なんとなくそうだとは思ってた。ホント世話になったな」


 俺がありがとうと述べると、スライムは大きな溜息を吐いた。


 「何言ってんだアサタン。僕らは友達じゃないか。迷惑なんてかけてナンボ。かけられて上等。それが友達だろ? ぷるぷる」


 「あぁ。そうだな。ありがとう、友よ」


 俺がマグカップの中にいるスライムに指を差し伸ばすと、スライムは触手のように身体を畝り尖らせ、握手に応じる。

 マジで器用だなその身体。

 俺が椅子に腰掛けるとタイミングよく、2人が戻ってきた。


 「うーーん! 2回目だけどおっはよー!」


 うっわ、朝からテンション高いな。俺とは大違いだ。

 とは言ってみたものの、今日はテンションが高くなるイベントがあったので上機嫌なのは俺も変わらないのだ。


 「にゃあ。朝飯を食ったら、とっとと行くにゃ」


 俺らは飯を食べてから支度をし、外へ出たのである。


 # # # # # #


 「じゃあ、世話になったな」


 「あぁ。気をつけるんだよ。ぷるぷる」


 スライムとヒイラギに別れの挨拶を交わす。

 ラフィーはヒイラギと抱き合って泣いている。

 えっ、俺はまだしもラフィーって初対面じゃないの? 一夜過ごしただけで仲良くなり過ぎじゃない? コミュ力お化けなの?

 俺は妹がかなりフレンドリーなんだなと再確認した。


 「おっと、言い忘れてた。僕は純正の魔物。魔王妃に作り出されていない、自然の魔物なんだ。君らを襲う魔物は作られた模造品でしかない。だから、かなり強化されていたり、失敗作だったりする。だけど、総じて言えることは理性がない事。僕みたいに理性があるのは自然で生まれた純正だと思ってね。いいかい? ぷるぷる」


 めっちゃ大事な事言い忘れてたじゃねぇか! それもっと早めに言わないといけないやつでしょ!

 まぁ……なんにせよ、ご忠告どうもだな。

 魔物には純正と模造がいて、模造種は理性がなく、人を襲うと。


 「了解。なんとなくわかった。理性があれば話せばわかる奴も多いんだろ」


 「えっ……ぷるぷる」


 「違うんかい!」


 平原に響くツッコミが出来たところで、いよいよ出発する。

 ラフィーは未だに泣いている。

 あいつの水分量は尋常じゃねえぞ。


 # # # # # # 


 「んで、この木を右ね」


 俺はスライム達から渡された簡易的な地図を頼りにドオブへ向かっている。

 地図に大きな木のマークがあり、そこを右折しろと矢印が描かれていた。

 マークって全世界共通なんだな。

 俺は身体に染み付いてるのか知らんが、字の読み書きや言語は勝手にマスターしている。うん、御都合主義さんいらっしゃい。

 

 「おっ、アレだな。……って、でかくね?」


 ドオブまでまだあると言うのに、国の姿は目に入り込んできた。

 王都といっても通じるくらいの大きさである。

 しかし、王都のように煌びやかな場所ではない。

 言うならば、大工場だ。

 一番大きな建物からは煙ではなく、火が吹き出している。

 建物群もススや埃で黒くくすんでいる。

 空気汚染凄そうだな、やだなぁ、入りたくないなぁ。


 「お兄ちゃん! 見えてきたね! 楽しみだね!」


 妹が楽しそうならダイジョーブ博士です。


 # # # # # # 


 「いや、あそこから長過ぎな。遠近法さんマジ嫌い」


 というのも、ヒイラギに言われた通りドオブの関所に着いたのは夜になってからだった。

 つか、マジででかい。こんな所で迷子になったら見つからな……とりあえずラフィーと離れないようにしよう。フラグが立ちこめた気がした。危ない危ない。


 「お兄ちゃん……早く中入ろうよ……」


 今朝はあんなに元気だったラフィーも既に疲労困憊している様子だ。


 「今、受付してるから待ってろ」


 ラフィーは窓口の下に座り込んだ。

 その間、俺は関所の係員にいくつか質問される。

 本当にゴブリンだぁ。すっごーい。ちゃんと布一枚だぁ。


 「ご用は?」


 「剣を買いにきました。あと、馬車とか」


 「滞在期間は?」


 「わかりません。色々と見て回りたいので」


 「宿泊予定地は?」


 「ないです。適当なところを見つけるつもりです」


 「了解しました。荷物の検査をした後、入国許可証を渡しますので、そちらでお掛けになってお待ちください」


 俺の思ってたゴブリンとなんか違ったのは喋り方だろう。

 ゴブリンってなんかガメついイメージがついてるから自然とワイルドな口調なんだと想像していた。

 しかし、関所にいたゴブリンは丁寧口調かつ機械的だった。

 まぁ、役所的なところで勤めてる訳だし、口調が争ったらダメか。

 俺は俺なりの解釈をして理解を胸に落としておく。

 

 暫くして、受付のゴブリンに呼ばれ、俺らは入国許可証を貰った。

 やっと国に入れたので、ゆっくり休める宿を探すため歩き回ることにした。

 休むために動くってなんてジレンマだよ……


 そんなアサヒは気がつかなかったがラフィーは気がついていた。

 受付窓口で座り込んでいたからこそ、気がつけた。

 ゴブリンの足首に鎖が繋がれており、その身体には見えないように傷を負わされている事に。

 ドオブの国に鉄煙や黒煙と違った、何か不穏な空気が立ちこめていた。

 

 

 

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