十「鍛冶屋スミスは優しく元気である」

 俺らは適当に宿場を決めて、夜を迎えた。

 その、翌日である。


 「はぁ……いい加減、慣れたな」


 モチロンの如く、布団にラフィーが入り込んでいた。

 何度目でしょうかね。いや、嬉しいけどさ? 朝から間近で天使を拝むと心臓が急停止しかけるからね。僕ちん死んじゃうぜよ。


 「おっはよー」


 「あ、やっと起きた。おはよ」


 まだお互いにウトウトしながら朝の挨拶を交わす。

 さて、今日やる事は今日やろう。

 まずは簡単に武器の収集だ。


 # # # # # #


 俺らは街に繰り出して鍛冶屋を探す。

 昨日の夜とは打って変わって、朝の街は夜よりも人通りが多い。

 昨日も人通りは多かったのだが、朝はその倍近くはいるだろう。

 まぁ、夜と違って呑んだくれが絡みに来ないだけマシかな。


 実は昨夜、宿泊所を探している時に色んな人達から声をかけられた。

 主に、「ラフィーちゃん可愛いね。はぁはぁ」だけど。

 はは、俺がいる時はラフィーはやらんぞ。いや、いない時でもやらん。ラフィーはおぼこ娘でいいのだ。一生箱入りでいいのだ。

 可愛い妹には旅させろってか。

 なら俺も旅に着いてくぞ。げへへ。


 「お兄ちゃん? なんかキモいよ?」


 よし、死のう。

 歩きながらでも、寝ていてもラフィーに罵倒されれば自殺志願者になりかねない。

 ……いや、出会ってからまだ日は浅いけど、俺が『お兄ちゃん』ならばこれくらいは考えるだろう。

 記憶を無くして異世界に帰還したのだ、せっかくなら妹の望むような完璧な兄になりたい。

 いやまあ、それでも鼻の下を伸ばしすぎたかもしらん。以後、善処したいと思います。

 善処って言葉いいよね。無責任感凄いよね。


 「ラフィー、あそこ寄ってみるか」


 指をさした先には、よくある鍛冶屋のマークが。

 わかりやすい事この上ないな。RPGやってて良かったわ。


 「へぇい! へぇい! へぇい! らっしゃい!」


 「うっさいわ!」


 ブック◯フか!? とは言わなかった。

 癖でうるさいとか言っちゃったけど機嫌損ねてなきゃいいなぁ。

 中に入るや否や手厚い歓迎をされたおかげで、耳がキーンさんですねぇ。


 「ガハハッ! 鍛冶仕事を生業としてると耳が悪くなっちまってな! 声がうるさくなっちまうんだ! それに元気なのも取り柄だぜ!」


 ゴブリンよりも大柄な男なので、オークだろうか。

 身長は俺よりちょい高めで、オークとも言い切れないな。

 つか、オークって不器用なイメージだけど、鍛冶出来るんだ……


 「ちなみに俺はゴブリンだぜ! まぁオークとのハーフで馬鹿にされてっけどな! ガハハッ! だから鍛冶技で奴らに目に物を言わせてんだ! んで、テメェらは何だ、購入か? 作んのか? どっちも一級品だぜ! ウチは!」


 マジで声デケェ……ラフィーなんて微笑みながら耳栓してるし……って!それ、どっから出したの?!

 つか、また脳内覗かれボーイになっちゃったね。そんなわかりやすいかな僕たん。


 しかし、店内の内装はしっかりとしていて、稼いでるのは一目瞭然である。

 なんか職人って寡黙的だと思っていたが、このゴブリンハーフは騒がしいやっちゃな。


 「ちなみに俺の名前はスミスってーんだ。よろしくな? ささ、早く物色してみな! 百聞は一斬りに如かずってな! それから! 試し斬りは裏にあるヤツで頼むな!」


 前々から思ってたけど現実世界にある、ことわざとかあるの不思議だね。

 俺が勝手に脳内補完してるだけかな? ことわざって勝手に出来ちゃうもんだし、ま、メンドいしそういう事にしておこう。


 # # # # # # 


 「おぉ」


 俺が驚きを声に出すの仕方ないだろう。

 手に取る品は全て一級品、紛い物無しだ。

 もっただけでわかる。これメッチャいいやつやん!

 うわぁ、手にしっくりくるよぉ。はじめてのエモノでもわかっちゃうよぉ。


 俺には記憶が無いからこそ、身体が覚えた技に頼りがちだ。

 それで、このように剣を持つと良し悪しが分かってしまう。

 ほら、この両手剣なんて鉄すら切れそうだで。ほんま怖い商品やで。


 「お兄ちゃんお兄ちゃん! みてみて!」


 「ん?」


 振り返るとラフィーはいなかった。

 身勝手にガチャガチャ動く鎧はあるけど。

 うん、見て見ぬ振りしよう。怖い怖い。


 「えっ! …………おりゃあ!」


 鎧を着たラフィーに足蹴される。

 つか、その場から殆ど動けてねぇけど、どやってここまで来たんだよ!


 「痛ぇ! わかったわかった、かわい……くはねぇな。なんつーの、可愛いよラフィー!」


 助けて語彙力さん!

 つか、鎧着て可愛いって言われて喜ぶ貴女も貴女よ? ラフィーたん?


 「じゃあ!買っちゃおう!」


 「いや、金ない……待て、俺ら金ないじゃん」


 そういえば一番大事なことを抜かしていた。それこそ、鎧どころか剣を買う金はないのだ。うん、ないない。鎧なんて買う気はないない。


 「むぅー!」


 はいはい、膨れてもダメダメ。可愛いしか出ませんよ、天使様。


 「ガハハッ! テメェら一文無しか! こりゃ傑作、テメェらはとんだ間抜け、ヌケサク共だな! ここじゃ金が命! 出直しな!」


 ありゃ、この様子じゃどこ行ってもダメみたいですね……

 はて、困り申したぞえ。

 すると、スミスが優しく呟いた。


 「ま、前貸しはしちゃるから魔物でも狩ってこい。あぁ、ここいらの奴らは純正だから国を出てすぐの森でやるといい。それとも巾着切りにでもなるか? ガハハッ」


 スミスさん……!

 涙腺崩壊案件でごぜぇやす。まじカッコイイ。愛してる。

 仲間にし……仲間しようぜ!仲間に!仲間にしたら……仲間にしようぜ!かなり仲間だよコレ!絶対仲間だよ!完璧仲間にしようぜ!

 某、まな板事件の真似をしてみたが、くどいなこれ。

 因みに、巾着切りとはスリの事を言う。


 「スミスのおじさん脱がしてー」


 案の定、1人じゃ脱ぎ着出来ないようで、スミスさんに頼っていた。

 つか、着させんな。うちの子ば、なにしよってん!?


 「へいへい。お前んとこお嬢さん、可愛げあるな。ガハハ!」


 やっぱやめよう。


 「にゃ! スミスおじさん汗臭い!」


 うん、絶対やめよう。ラフィーの意向に従おう。我はラフィー様の騎士でござまする故。

 にゃって可愛いね。溶けかけたわ。


 # # # # # #


 「はぁ……はぁ……意外としんどくね……」


 勿論、犬の真似ではない。疲れてるだけさ。

 俺はラフィーをスミスさんに預け、一人で魔物退治へと刈り出た。

 ほら、婆さんは芝刈り、爺さんは洗濯だろ。逆だな。ま、いっか。んで、妹はお留守番、兄は狩猟だろ? 俺の中じゃ常識さね。

 うちの婆さん(ミカ)は全部卒なくこなしやがりますけどね。


 そんな感じで魔物狩りをしている。

 今回お相手するのはー、DJアサタンとー!? 兎的な魔物さんだー!

 このテンション疲れるからやめよ。


 つまり、襲ってくる兎を切り捨てている。

 今更気がついたが、落としたアイテムは拾わないと五分程で消えるようだ。

 後から貯めて拾う系男子には辛いね。

 ほら、貯めに貯めて、後から一気に回収! 気持ちいいよね、そうだよね。でも、残念ながらなんだ。クソッタレ。


 「ギィー!」


 あっ、初見さんいらっしゃい。ゆっくり切り捨てられてねぇ。

 兎狩りには手慣れたもんで、飛び込んできたのを切り捨てる。


 一匹……また一匹と……


 兎は群れを成して対抗するしかありませ……いや、その流れだと俺殺されるフラグだな。おい。

 ともあれ、兎を一文字切りしていく。

 ほら、変なこと考えるから切り口をしくった。やっちゃったんだぜ。


 「ギィー! ギィー!」


 一発で仕留めきれなかった兎が地面で苦しんでいる。

 血と土が混じる血溜まり。

 いやに鼻にこびりつく鉄の香り。

 切り捨てる損なった兎の悲鳴。

 俺が瀕死の弱者を見下す目線。


 ーー何故か高揚感が抑えきれなかった。


 苦しんだままも可哀想なので楽にしてやろう。

 そう考え、地面で踠き苦しむ兎の首元を掴む。

 兎は必死に逃げようとしている。

 俺は剣を持ち直し、目を閉じて狩ろうとした。


 「ギィ……オマエヲ……ユル……サナ……」


 人間の言葉に似た悲鳴が俺に殺させた。

 全身からの冷や汗が兎を殺した。


 兎の死体は見るも無残に、首から上が無くなってしまい、飛んだ頭はぐちょり、汚らしい音を立ててから静まった。

 俺の持つ首下は支えを無くされ、垂直に落下する。


 ぐちょり。


 そして、今更になって命を刈り取った事に気がつく。

 この身体にも不自由な事があったものだ。

 

 「うっ! はぁ……はぁ……なんだよ、今の!」


 ……聞いてない……聞いてない……聞いてない!


 途轍もない吐き気が催した。


 「明らかに……! 人語を喋っていた!理性があった! 俺に怨みを持っていた!」


 そんな敵対された俺には……恐怖心が芽生えてしまった。


 当てられもない怒りをぶつけるようにドロップアイテムを回収する。

 無造作に皮袋に突っ込んでやる。


 借り物の剣なのに地面に突き刺す。

 刃こぼれが生じてしまうかもだが。


 何も装着していないのに木を殴る。

 拳から血が滴り落ちてしまったが。


 俺は怒りをぶつける対象に魔物を選別できなくなってしまっていた。

 もうこれ以上、魔物を殺す気にもなれなくて、スミスの店へ戻る。

 うん、そうだ。貯蓄は充分だろう。

 そうだ、そうだ、兎の肉塊はスミスに分けてやろう。

 もっと、そうだ。金がドロップしたのだから模造種の筈だ。理性なんてあってたまるか。人語を話されてたまるか。


 俺は落ち込んだ思考をプラスへ矢印させる。

 しかし、どんなに明るく考えようとも怒りと悲しみと恐怖の三面は後ろを付いてくる。

 俺は兎からきた悪感情に襲われ、辟易となってしまった重い心と身体を街へ向けた。


 はは、模造の魔物は喋らない筈だよな……

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