八「猫耳少女は天邪鬼らしい」
猫耳少女に罵倒され、静寂が訪れる。
スライムは後ろ姿しか伺えず、表情は読めない。
ラフィーは俺の後ろにいるから、スライムと同じく、表情は読めない。
猫耳少女は扉の前まで移動すると、腕を組んだ。
彼女の目線は下からだが、見下すような態度で煽ってくる。
「さぁ、早く帰りにゃよ。にゃーのお家にきてにゃに様のつもりかにゃ」
俺は静寂に飲まれて、音を発せない。
と、思ったか?
「あっ、そっすか。じゃ」
一瞬で踵を返す。
残念、俺は面倒は嫌いだし、嫌がる人が嫌がっている事をわざわざするような外道でもないのだ。
さぁて、次の宿はどこにしようか。
俺が元来た階段を降りようとすると、スライムから声がかかる。
「ん? どうしたんだい、アサタン。早く入りなよ、ぷるぷる」
スライムは既に部屋に入っていた。
おいおい、殴られても知らねーぞ?
「あ、そうか。ヒイラギ、アサタンは記憶を無くしてしまっているんだ。だから、君のことを覚えていないんだ。まぁ、僕のことも覚えてなかったけどね?」
「にゃーは別にどうでもいいにゃ!」
猫耳少女の名はヒイラギというらしい。
スライムはスライムな癖に猫耳少女には名前があるとな。
「またまたぁ。ヒイラギも心配しているし、早く入っておいで。ヒイラギはね、自分に正直になれない子なんだ。許してあげてね、ぷるぷる」
えっ、何そのツンデレ的要素。つか、天邪鬼的な?
ヒイラギちゃんは顔を後ろに向けて、どこか奥へ行ってしまった。
「さ、早く。部屋の空気が冷えるといけない。ヒイラギは温かい飲み物を持ってきてくれるようだしね。ぷるぷる」
俺らは楽しそうなスライムの言葉を信じ、ヒイラギ宅へ侵入する。
# # # # # #
「ふん! にゃーは信じにゃいよ」
事情説明を終えたが、信じてもらえないようだった。
「アサタン? 逆だからね? ぷるぷる」
あ、そういやスライム曰く、ヒイラギは言うことを逆にする天邪鬼さんでしたね。うっかりでした。
つか、スライムにすら覗かれる単純な俺の脳みそさん...…もはや、慣れてるわ。
ミカさんといい、スライムといい、人の考えを先読みするのは良くないと思います! 私、困ります!
「つーわけで、なんだかんだ今日一晩、宜しく頼むなヒイラギ」
「ふん! 今日だけにゃのよ」
ヒイラギさんとラフィーは夕飯を作ってくれるそうで、男性陣の俺は椅子に座り、スライムは俺の目の前にある机に座って……るのか? スライムに腰がないからわからんが、とりあえず、机に乗っかってる様子。
つか、声で判断してるけどスライムに性別ってないよな……
「なぁ、スライム。お前って普通の飯食うのか? 消化器官があるように思えないんだが……」
「ああ、食べるよ。体に取り込んだ食べ物をマナ因子単位まで分解して吸収するんだ。それに、僕らは雑食だからなんでもいいんだよ、ぷるぷる」
スライムは気を休めるように横に広がった。
おいおい、机から溢れそうだな。
スライムが言っていたマナ因子……おそらく、魔力の元だろう。話から推測するに。
「じゃあお前って魔法とか使えんのか?」
「ん? あぁ……いや、魔法は使えないよ。僕は最弱の魔物だからね、魔法の術式が編めないんだ。代わりに、身体を維持するのに魔力を使うんだ。そうだね、僕の身体は魔力の塊だと考えてもいいよ。ぷるぷる」
へぇ、なんかに使えそうだな。覚えておいて損はなさそうだ。
ヒイラギに入れてもらった紅茶を一気に飲み干す。
その直後、スライムは俺が紅茶を飲み干したマグカップに入り込む。
……なんか、ちょっと可愛いな。
「あっ、飲み残しあった。ぷるぷる」
そう言ったスライムを見てみると、飲みほしたはずの紅茶と同じ赤茶色になっていた。
つか、体の色変わるんだ……
「もう、ちゃんと紅茶は飲み干しておいてほしいな! 身体の色が変わっちゃったじゃないか。ぷるぷる。まぁ、この程度なら数分で直ると思うけどさ。空いたカップを見つけたら入りたがるのはスライムの習性なんだから気をつけてね。ぷるぷる」
何そのタコみたいな習性。確かに軟体生物的な……いや、軟体どころじゃないけど、それに近いのか?
よくスライムの生態がわからん事になってきたところで、ラフィーから声をかけられる。
「おにーちゃーん! ご飯だよー!」
俺は料理を運ぶため立ち上がった。
スライムはカップの中で蕩けたままだけど。案外、過ごしやすそうな体だな……いいなぁ。
俺は異世界帰還をしても面倒臭がりは変わらないようです。
# # # # # #
「いただきまーす!」
ラフィーの号令とともに飯にありつく。
しかし、二口程食べたところでヒイラギから小声で声をかけられる。
「おい、アサタン。おみゃーの妹はにゃんにゃんだ。料理するのも一苦労だったにゃ」
にゃんにゃん言われ続けてあまり理解できなかったが、なんとなくで話を続ける。
そういや、ラフィー自身、料理はできないと言っていたな。
「そんなに酷かったのか?」
「酷いってもんじゃにゃいよ。調味料を間違え過ぎにゃ」
うわ、ドジっ子あるあるナンバーワン。砂糖と塩を間違えるやつな。
まぁ、ラフィーなら可愛いで済ましちゃうな、僕。
「そうか、迷惑かけたな。ラフィーに悪気はないとは……思う」
ラフィーを見ると、美味しそうに料理を頬張っていた。
うーむ、可愛い。
「まぁ、いいにゃ。とっとと飯を済ませて寝るのにゃ。明日も早いんにゃから」
俺は了解と言って、再び飯を食べ始める。
うん、おいしい! 愛情がこもってるね!
「僕には味覚がないからわからないけどね。ぷるぷる」
自虐気味に飯を吸収しているスライム。
また、勝手に脳内を除きやがって。魔法かなんかかよ。あ、スライムは魔法使えないんでした。
# # # # # #
久々、と言っても1日ばかり空いただけだが、ふかふかのベッドにダイブするのは気が休まるな。この猫猫した部屋でなければな。
部屋を見渡すと、内装のほとんどが猫づくしである。
「はぁーーー!! しんどい!」
身体を布団に預けるだけで、節々の痛みが解放される痛みが訪れる。
よくわからん表現だと思うがな。緊張やら疲れやらからくる痛みがドッと全身に回るイメージ。あぁ、痛い辛い眠い。
「ん?」
部屋の戸を押し開けてモフモフが侵入してきた。
「猫さんじゃないか。まぁ、こんな猫尽くしで猫がいない方がおかしいか」
俺はベッドでいよいよ寝る体勢に入ると、先程入ってきた猫が俺の横に入ってきてとても温い。あぁ、天国。
ちなみに俺は猫派でも犬派でもない。可愛ければなんでも良いのだ。モフモフは神様だ。崇めたまえ。
「って! 俺より早く寝るのおかしくねぇ?!」
猫は既に眠っているようだった。
何このデジャヴ感。ラフィーでも似たような案件がございましてよ?
そのラフィーさんとは部屋が違う。
妹と言えど性別は違うのだ。仕方ないね。ベッドが足りなくて一緒に寝るとかそういうの待ってたんだけどね。
スライムは冷蔵庫みたいな魔法具(というらしい)の中。さらに言えばマグカップの中で冷やされながら寝ているようだった。
元々、暑い所は苦手で、住処も洞窟とか直射日光の避けた場所に作っているらしい。
まぁ、スライムは10割水分だから熱に弱いのも頷ける。
俺は異世界に帰ってきてからの連日を思い出しながら、やれやれと溜息を吐き、目を閉じる。
「明日の夜には着くらしいしな」
ヒイラギ曰く、ドオブは安全を考慮すればあと2日はかかるが、夜も歩けば明日中には着くとのこと。
国に入ってしまえば安全だし、俺らはそうする事にした。
明日はスライムとヒイラギとの別れだ。
スライムはここまで案内してくれたし、ヒイラギはこの家に泊めてくれた。
2人に感謝しきれないな。なんて考えながら意識を捨てた。
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