七「初めましてお友達」
目を覚ますと身体の怠惰が訪れる。
そういや、洞穴の地面で寝ていたんだった。
身体の節々は悲鳴を上げ、身体はずっしりとヌルヌルして重い。
「……は?」
俺の身体にヌメヌメ、ヌルヌルの何かが纏わり付いていた。
俺は途端に悲鳴をあげる。
「ヒィィィイ! ナニコレぇ!」
「どうしたのお兄ちゃん……って! スライムだよ!」
俺の身体に纏わり付いていたのは透明でヌチョヌチョなスライムらしい。
やべぇ! スライムって捕食するとき、対象に纏わり付いて徐々に溶かして食べるんだっけ?!
昨日、寝る前にラフィーから教えてもらった事が蘇り、全身の冷や汗が止まらない。
「ぐぉぉ! 離せぇ!」
驚いて飛び跳ねたままの身体を大きく振る。濡れた犬が水を振り落とすように。
「ぶへっ! ぷるぷる」
ぐちょりと嫌な音を立てて地面に落ちたスライムが発声した。
えっ……スライムって喋るんだ……
「ぷるぷる、僕は悪いスライムじゃないよ。ぷるぷる」
どこかで聞いたことのあるセリフを言うスライム。
俺の対応に怯えて、壁際で捨てられた子猫のように震えている。
「いやいや、魔物だろうが!」
「酷いよ、アサタン。僕らお友達じゃないか、ぷるぷる」
……お友達だって?
俺は目線をラフィーにやると、ラフィーは知らないと主張するように首を振る。
しかし、スライムは俺の事をアサタンと呼んだ。
この世界に来て、一度も呼ばれていない自称のあだ名だ。
それに、こんな所にいるスライムが俺の名前を知っているはずもないのだ。
「お友達?」
「そうだよ、アサタン。忘れるなんて酷いじゃないか、ぷるぷる」
スライムだからか、敵対心が上手く芽生えない。
しかし、安直に信じるのも危ないと感じ、尋問させていただく。
「なら、なんで俺の事を襲ってたんだ?」
「襲ってないよ! 前みたく、身体の異常を確かめてたんじゃないか。ぷるぷる」
そんなのなんとでも言える。
だからこそ、怪しんでおく。
「じゃあ、なんでここにいる? わざわざ、俺とラフィーの2人きりで、しかも寝ている夜に」
外を見ると太陽が上がっていて、朝なのはわかる。
それで、今の寝ていた発言に効力はない。
しかし、鎌をかけるには充分だ。
いつから、ここにいたかわかるからな。
「ここは僕のお家じゃないか。それに、今帰ってきたばっかりだよ。ぷるぷる」
……ダメだ。一つ気になることが大きすぎて、まともに思考回路を回せない。
これはスライムが敵かどうかだなんて関係のない質問だし、誘導にもならないだろう。
だが、気になって他の事を考えられない。
「なぁ、一つ聞いていいか?」
「なぁに? ぷるぷる」
「……なんで、そんなに声渋いんだよ。スライムってもうちょいハイトーンボイスなイメージなんだけど?!」
ついにツッコミを入れてしまった。
いや、本当に渋すぎるだろ、敵対心もクソもねぇよ! なんで、某有名声優のこやっすーさんみたいなボイスなんだよ!
コンプラに引っかかってしまうかもしれないとあだ名で誤魔化す。
まぁ、俺の脳内の話だから関係無いんだけどさ。
「ぷるぷる。それは関係ないんじゃないかな? ぷるぷる」
スライムの癖に痛い所を突いてくる。
しかし、興と敵対心は削がれてしまったので、相手の言い分を聞く事にした。
俺の最強のカードを切る事によってな。
「……悪いなスライム。すまないが俺は記憶喪失中なんだ。だから、お前の記憶がないんだが……何か思い出させるような事あるか?」
これは方便である。
実際、そんな事をされても思い出すことはない。
だが、身体に染み付いた『何か』ならば可能だろう。
もっとも、現実へ行く前の俺が魔物と触れ合っていたとは考え難いが。
「そっか、アサタンは記憶を無くしちゃったんだね。悲しいよ、ぷるぷる。そして、僕を思い出させる事か……じゃあこれはどうかな?」
スライムは洞穴の奥へ行き、またすぐ戻ってくる。
あ、身体を引き摺るんじゃなくて、跳ねて移動するんだ。ちょっとかわいいな。
などとスライムは暗闇に消えてから1分も経たない内に戻ってきた。
意外と早かったのね。
「ほら、アサタンがここで稽古してた時に使ってた木刀だよ。僕は使えないから以前のままだと思うよ、ぷるぷる」
スライムは頭の上に器用に乗せた木刀を渡してくる。
俺は腰を曲げ、スライムの頭から木刀を取ってみる。
「おぉ。この身体ってナニモンなんだろうな……」
というのも、ミカさんに渡された愛剣の時と同じように、身体が反応していた。
また、しっくりきたのだ。いやもう、何回目だよ、この感覚。
俺は慣れつつある感覚を置いておき、木刀を眺める。
一振り、二振り。
……なんか違くね?
手に持った時はしっくりきたのに、素振りをしてみると、コレジャナイ感が否めなかった。
「あれ? アサタン、振り方も忘れちゃったの? あはは、変な振り方。いつもみたく、抜刀してみてよ。……あっ、ぷるぷる」
今、ぷるぷるって言い忘れてただろ! お前、実はキャラ付けだな、それ!
スライムの語尾は置いておき、木刀を腰に挿す。
そういや、木刀だから剣道のように扱っていたな。
ここは異世界だ、剣道なんてないし、以前の俺はそんな使い方をしていなかったのだろう。
腰に挿した木刀に手をかけると、高揚感が生まれた。
刹那、頭で理解する前に抜刀していた。
「は?」
身体が言う事を聞かなかったかのように、自動で放たれた抜刀。その威力に驚いていた。
洞穴内の空気が押し出された。
この場の全員、息を飲んでいた。
「ぷるぷる! さっっっすが、アサタンだね。前よりは全然だけど、いつ見てもすごいや。……しっくりきた? ぷる」
これは考えるまでもない。
むしろ、折れてしまった直剣より握っていたとわかる程だ。
「言わなくてもわかるだろ?」
俺は両肩を上げて認める。
# # # # # #
「ふんふん、なるほどね。ドオブに行きたいの。でも、剣が折れてしまったと。わかったよ、ぷるぷる」
ここに至るまでの経緯を説明する。
よかった、スライムの理解が早くて助かった。
「どうしたらいいと思う?」
「うーん……ぷる……ぷる……チーン! わかったよ! 僕がついて行けばいいんだ!」
「えっ、戦闘力あんの? 意外と舞踏派?」
すると、スライムはニコニコ笑い、俺の肩まで上がってくる。
「あはは、僕はスライムだ。戦闘力なんてないよ。なんならその木刀でも真っ二つになるよ。けど、そんな弱い魔物だからこそ、魔物から逃れる術を知っているのさ」
「成る程……って語尾」
「ぷる」
時々、忘れる語尾にツッコミながらも理解する。
弱いからこそ強いものから逃げると。
ん? てことは魔物同士でも喰い合うのかよ……怖っ!
「まぁ、同種喰いをするのは夜に出てくる魔物だけだけどね、ぷるぷる。……まぁ、昼にいないこともないけど」
何か大事な事を小声で言われた気がしたが、聞こえなかった。
「えっ?! 昼でも魔物同士で食べあっちゃうの?!」
訂正、うちの妹は地獄耳の様子。今は感謝するけどね。
「チッ、そうだよ、だから僕が付いてくよ。ぷるぷる」
妹に対しての反応が冷たいスライム。
妹を傷つけたら、テメェの身体が冷たくなると覚えておけ。
「とりあえず、魔物に見つからない道でもあんのか?」
「そんなのないよ。元々、魔物同士で喰べ合う事すら珍しいんだから。そんな野蛮な事をするのは図体のデカい魔物くらいさ、ぷるぷる」
じゃあ、見ただけで分かると。
だから、身体の小さなスライムなら見つけた瞬間に逃げれば無問題。ってことなのか。
「って、言っても俺らは人間だぞ?」
「安心して。秘策があるよ」
ニヤリと笑ったスライムに初めて敵対心を抱いた。
# # # # # #
「ほうら、ぷるぷる」
「ぷる! ぷる!」
「……ぷるぷる」
何やってんだ俺……
スライムに言われた秘策とは。
「なぁ、こんな被り物で誤魔化せんのか?」
「ぷるぷるを忘れない! ぷるぷる」
スライムに模した被り物を付けることである。
しかも、ぷるぷると言わねばいかんらしい。
ラフィーは、可愛い! とか言って嬉しそうにスライムになりきっている。
俺は……恥ずかしいに決まってんだろ馬鹿野郎が。
なりきるなら魔王とかがよかった……
「大丈夫? もうすぐで着くからね? ぷるぷる」
ぴょんぴょんと跳ねながら先導するスライムは後ろを向いて、俺らの心配をしてくれる。
後ろ跳びも出来んのか、スライムって器用だな。
「ラフィーはまだまだ大丈夫そうだけど、俺はしんどいわ」
歩き疲れたのではなく、スライムに扮することが。だ。
こんな姿、他人に見せられないよ……
俺らスライム三人衆は次の仮宿まで向かっている。
スライム曰く、ここを出たら大草平原しかないし、日よけも木くらいしかないとのこと。
だが、その所々に生えた木の上で生活している人……なのか魔物なのかは知らないが、生活している奴がいるらしい。
そして、そこに泊めてもらおうという流れだ。
「じゃーん! ついたよ! ぷるぷる」
極力下げていた目線をあげる。
すると、目を覚ました時にあった木よりも、ふた回りほど小さい木があった。
最初の木と比べて小さいと評しても、パッと見、4階建ビルくらいはあるだろう。
よく、目を凝らすと木の頂上に家がある事に気がつく。
「あれか?」
「そうだよ、ぷるぷる」
スライムは付いて来てと言うと、木の裏に回った。
俺とラフィーは見失う前に急いで後を追う。
「ちょっと、開けて」
木の裏には扉が付いていた。
スライムに言われ、開けると、中には階段が続いていた。
多分、頂上までの階段だろう。
むしろ、上までよじ登ってこい! とかだったら根元で寝たほうがマシだ。
「じゃ、行こうか。ぷるぷる」
スライムは遠慮なく、階段を上がっていく。
俺らは小声でお邪魔しますとだけ言って入る。
階段長そうだな……
# # # # # #
「はぁ……ぷるぷる。ついたね」
階段を登りきると、また扉があった。
しかし、今度のは木製ではなく、金属製だった。
こここそが本宅なのだろう。
「じゃあ……はぁ……ごふっ! あ、開け……て。ぷる……ぷる」
流石に小さな身体では無理があったのか、無い肩で息をするスライム。
つか、吐血みたいに液体が飛び散ったけど大丈夫か?
俺はまたもや扉を開けさせていただく。
すると、中に1人、人間らしき人がいた。
というのも、
「むむ? 誰かにゃ? クソったれスラちんと……浮気男の息子、アサタンじゃにゃいか。とりあえず、帰れだにゃ」
猫耳少女がいた。
めっちゃ、罵倒されたけど。
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