六「初めてではない料理と初めての材料」

 「うし、いい感じの洞穴が見つかったな」


 「あー! つっかれたー!」


 俺らは魔熊を倒した後も歩き続け、夜になる前に雨風凌げる洞穴に身を隠した。

 俺は現実世界ではこんなに歩いたは無いので疲れがピークに達していた。


 「ラフィーよ。ドオブの国まであとどれぐらいだ?」


 「ドオブはね……あと3日はかかるかも」


 まぁ、徒歩だし時間がかかるのはしょうがないと心に留めておくが、その反面、まだ3日もかかると考えてしまい億劫になる。

 出不精には辛く長い旅路だ。


 「つか、この肉ってどうやって料理すんの?」


 俺は一人暮らしで、よく自炊をしていたが、倒した魔熊の肉は調理した事がない。

 毒とかなければいいけど。


 「うーん、焼けばなんとかなるんじゃない? 私も魔物の肉は食べたことないから」


 ミカさんが餞別にくれた皮袋の中に着火材諸々が入っており、火には困っていない。

 つか、包丁も入ってんじゃねぇか、危ねぇなおい。

 ミカさん……刃を出しっぱで皮袋に入れとくとか危ねぇよ……

 ミカさんの抜けた気遣いに感謝と不満を零しながら調理法を模索する。


 「まぁ、これで切れるし、火もある……シンプル・イズ・ザ・ワイルドにいくか?」


 俺の想像は木の枝に肉を刺して焼くだけという、シンプルかつワイルドな食い方だ。

 簡単な調理だが、現実世界では焼き鳥と似た感じをイメージしている。

 しかも皮袋の中に調味料も入ってたし、これでいいだろう。

 無駄な消費もよくないしね。

 なんだろう、なーんか料理させる気満々だよね。


 「うーん、私は料理出来ないからお兄ちゃんに任せるよ」


 まぁ、過保護にされていた妹ならしょうがないだろう。

 ミカさんなら全部1人でやってのけそうだしね。

 俺はこの限られた器具と材料で考えれるシンプルな料理を脳内検索したが面倒が勝ってしまい、結局焼き鳥風に食べる事にした。


 # # # # # # 


 「ほぇー。お兄ちゃん、意外と器用だね」


 ラフィーは感心を声に出していた。

 まぁ、前までの俺なら何も出来なかったのかもしれない。

 剣一筋! 的な血の気盛んな男の子だったのかも。

 ミカさんも驚いてたし。

 ともあれ、自炊で鍛えた技術で調理を進める。

 と、言っても肉を切るだけだが。


 すいすいすいと肉を食べやすい大きさにカットしていく。

 ラフィーはずっと、俺の手慣れている姿を見ている。


 「あの……近いんですけど」

 

 「うーん……ラフィーもやる!」


 「ちょ! 危な!」


 男子、しかも兄に家庭力が負けているのが許せないのか、俺の持つ包丁と肉を奪おうとする。

 俺は背を向け、ラフィーとごちゃごちゃになる。


 「あだっー!」


 まぁ、刃物を持ってそんなことをすれば指を切るのも想定内だが、こんっの野郎……

 とりあえず、出血点を心臓より高くだっけ?


 「あっ、ごめんなさいお兄ちゃん」


 「いや、まぁ、大丈夫だけどさ? 今は危ないし、俺が料理したいからまた今度頼むな?」


 俺が切った指を見ながらラフィーを慰める。

 まぁ、妹だし、お年頃だし、お転婆なのもわかる。

 それに、俺もわかってて止めなかったからこれは俺が招いた傷でもある。

 つか、ラフィーに嫌われたくないしね。


 「うーん、痛てて……ラフィー、ミカさんが薬草をくれた筈だから取ってくれるか?」


 俺は薬草の効力を知っておこうとラフィーに取ってもらう。

 だが、ラフィーは動かない。


 「ラフィー?」


 「えーい! がぶっ!」


 ラフィーが血の出る指に噛み付く。

 いや! ガブッて言ってんじゃん! そこは舐めるとかじゃないんか! つか本噛みじゃん! 痛い痛い!


 「痛いよ! ラフィー!」


 ラフィーの頭を軽く叩くと、ラフィーは指から離れた。

 おー、痛てて……歯型ついてるし。


 「血……止まったでしょ?」


 「は?」


 ラフィーの口腔に犯された俺の指は既に血が止まっていた。

 いや、舐めたら治る療法万歳かよ! おかしいだろ!


 「あのな……」


 もう、流石に一言は言わねばなるまいと思ったが、ラフィーの顔を見てその気が失せる。

 なんで、そんなに嬉しそうなの、君。

 元はと言えば、君が元凶だからね? 逆に何もしなかったらお兄ちゃん怒ってたよ?


 「なぁに?」


 目を煌めかせこちらを真っ直ぐ捉えるラフィー。

 こいつは、なんだろう、横暴つーか、なんちゅーか。


 「いや……何でもないや。料理再開するわ」


 また、マジマジと俺を見ているラフィー。

 まぁ、こんな旅なのだから楽しめる事で楽しんでほしいけどさ。

 俺の料理してる姿ってそんな滑稽ですかね、そうですかね。

 ラフィーは飽きずに俺を見ていて、なんか恥ずかしい気持ちになる。

 記憶ある時の俺……もう少し主婦力を磨けよ。

 

 「ま、ともあれ、後は焼くだけだな。ラフィー、焦げないよう見といて。俺は追加の薪を拾ってくる。長くなるようだったら先食ってていいぞ」


 よっこらせと腰を上げる。

 ラフィーはほーいと、気の抜ける返事をして、焼き鳥もとい焼き肉を一生懸命見ている。

 横目に見たパチパチと燃え盛る火元は心細く、夜の寒さには耐えれないだろうと思い、薪を集めに行く。

 ここ最近で雨が降っていないのか、枯れ木が多く、濡れていないのですぐに薪として使える。

 さて、怯えながら外へ行きますか。

 夜だし、活発になった魔物に出会わなければいいけど。


 # # # # # #


 「はぁ、案外出くわさないもんだね。さっき、さりげなーくフラグを立ててしまったから出るもんだと思ってたけどね」


 ため息混じりに文句を言う。

 文句だけど、喜ばしい事だけどね。

 まぁ、ここで魔物が出なければ大体、ラフィーがなんかやらかすか、魔物に襲われてるかだな。

 俺は常に最悪のケースを想像している。

 最悪以上は無いから、どんな問題が起きても、あぁ、その程度ね。ってなるし。

 俺は逐次立てられていくフラグをバキバキに折る考え方を持っていた。

 俺氏、最高のフラグブレイカーだと思う。

 主に悪いフラグに関して。


 「うっし、この程度だな」


 落ちている枯れ木を持てるだけ持った。

 袋の中身を置いてきたので、空の袋にも枯れ木を入れてある。

 この分なら今日どころか明日まで保つだろう。

 

 「そういや、剣……」


 俺は魔熊との戦闘でブチ折られた直剣を思い出した。

 折直になっても心残りが強く、手放せないので未だに腰に差しているが、その剣身は見るも無残だ。

 早めに武器も収集せねばな。

 その為にも、ドオブの国に行かねば。


 「あ、金」


 今、ふと、最悪な方程式が思いついた。

 金ない、魔物狩る。

 魔物狩る剣ない、買わないと。

 買う金ない、魔物狩る。

 オワタ……稼ぎの剣が無い。

 流石にラフィーの持つ短剣じゃすぐに壊れてしまい結果的にマイナスになりそうだ。


 「どーすっかな……」


 都会じゃ霞んでいる満点の星夜を眺めていても、こんな燻んだ頭じゃ何も思いつかない。


 「飯食って、寝る前にもっかい考えれば思いつくかな。さぁて、とりあえず帰るか」


 俺は星空に別れを告げると、星空も別れを返すように一縷の光が落ちた。

 願い事はもちろん、安心安全平和な討伐を。だ。

 俺はこっちの、異世界の記憶が無いので魔王妃に恨みはないが、妹の為に倒させていただく。

 まぁ、妹も恨んでいるのかは知らない。

 俺に嫌われないように隠しているようにも思える。

 だけど、旅路を急いだ行動には恨みがあるからこそなのかもしれない。

 だからこそ、ラフィーの本当の本音が聞きたいな。


 星空に投げた願いは落ちてこなかった。


 # # # # # #


 「ぐぅ」


 やっぱ寝てたか。なんとなく察してた。

 俺は身体が冷えてくるまで外にいた。

 体感、四半刻程度だろう。

 ふと、目線を落とすと焼肉は完成しており、きちんと焦げないように火から遠ざけてあった。


 「ラフ、ただいま。飯食うぞ」


 俺が略名で呼ぶと跳ね起きた。

 俺もビックリするほどの勢いだ。


 「ビックリした。どうしたラフィー。怖い夢でもみたか?」


 「お兄ちゃん……さっきなんて、言った?」


 ラフィーは俯いていた。

 表情は読み取れないが、声で真面目さは伝わってくる。

 なんか言ったかな。


 「いや、ただいまって」


 「その前! 私の名前……なんて呼んだ」


 あぁ、略したやつね。

 意外と呼びやすくていいなと思ったんだが気に召さないようだ。


 「ん? ラフって。気に入らないなら辞めるけど?」


 「違う! その呼び方は……お兄ちゃんが目覚める前、記憶を無くす前まで、私を呼んでた時の呼び方」


 ラフィーと言う呼び方にもしっくりきたが、あだ名で呼んでいたのか、そちらもしっくりきていた。

 ただ、記憶は戻っていない。

 

 「ぬか喜び、ごめんな。記憶は戻ってないよ」


 ラフィーはそっかと残念そうにしていたが、気を取り直すように明るく振舞い始めた。


 「ま、いいや! ささ! ご飯たーべよ!」


 「そうだな」


 俺はこっちの記憶はない。

 だけど、一刻も早く取り戻さなければいけないと、ひしひし感じていた。

 その焦燥感を消すように肉に齧り付く。

 つか、先食べてていいって言ってたんだけどね。

 そういうところ、あざとくてホント好き。


 「って! ケモノ臭っ!」


 「そう? 私は意外とイケるよ?」


 豚や牛、鳥で慣れていたせいか、魔熊の肉は臭くて慣れるのに時間がかかった。

 弾力があって、味も濃い。

 簡単な調理でも食えるし、決して不味くはないが得意ではないなぁ。

 現実世界の味が恋しいと感じた、今日この頃の異世界生活2日目の夜でした。


 そんな寂しさを持つアサヒの指の傷口は不思議と消えていた。

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