五「初めての再出発は魔物にご挨拶」

 朝食も食べ終わり、旅に出る支度をする為に部屋に戻ってきた。

 ここの部屋は俺の部屋らしいがその記憶は薄い。

 なんとなく、前もいた気がするな程度だ。

 服もこの部屋の物を借りている。

 まぁ、俺のだけどね。多分。


 「さて……着替え良し。食料良し。気合い良し!」


 指差し確認をして自身の頰を両手で張る。

 何事も形から入るといいのだ、何となく気合いも入るからな。

 ラフィーは支度が済んでいる様だったし、少し部屋を片付けてリビングに向かおう。

 一日程しかいなかった自室だが長旅になるので片付ける。

 ちなみに、俺はホテルに泊まった時もある程度片付けからチェックアウトするタイプだ。

 その方が気持ちがいいからな。

 従業員にうわ、こいつ部屋の使い方荒っ、とか思われたくないしね。


 # # # # # # 


 リビングに戻るとラフィーの姿は無く、ミカさんだけが暖炉前でくつろいでいた。


 「準備は整ったようじゃな。ほれ、餞別でもくれてやろう。前は夜中にこっそりと抜け出したからのぉ。妹に迷惑かけんとして結果的にかけおって、馬鹿孫が」


 ミカさんは前回の旅出に異論を唱えながらも俺の胸に布の袋を投げつけた。

 孫とか言われても容姿のせいで違和感しかない。


 「これは?」


 「薬草やら、小銭やら、消耗品の類じゃよ。ま、道中嫌でも集まると思うが……無いよりはマシじゃ。持ってき」


 袋を開けるとRPGでお馴染みのポーションらしきものや草などが入っていた。

 え、傷は薬草で癒えるんすか。


 「ありがとうミカさん。道中?」


 ふと、疑問を零す。

 道中、嫌でも集まるという言葉に引っかかっていた。


 「そりゃそうじゃ。嫌でも魔物と対峙することになるじゃろうて。とすれば金や薬も落とすじゃろう」


 ミカさんは当たり前のように言っているが、俺からしたらパードゥン? 状態だ。

 金と薬が落ちる?

 それって、ドロップアイテム的な?

 経験値制度はない癖にそういうところはRPG感満載ってなんででしょうね?


 「まぁ、わかった。こっちも出鼻挫かれるよりかはマシだからな。ありがたく受けとらしていただくよ」


 「それと、ほれ」


 ミカさんは暖炉脇に立てかけてあった物を手渡す。

 重さといい、形状といい、ここまでの話で察しはつく。


 「武器……か、これは……直剣か?」


 RPG御用達の片手直剣を貰った。

 まぁ、魔物も出るし、そういう事だろう。

 つくづく、ミカさんの不安症に頭が下がる。


 「昔、お主が森に魔物狩りに行く時に使ってた物じゃ。前回の時に持っていったヤツよりも手に馴染むじゃろうて」


 剣を腰に携え、引き抜いてみる。

 動作はなんとなくわかっていて、身体に染み付いてる事がよくわかる。

 ミカさんに当たらないよう細心の注意を払いながら剣を構える。


 「うん。なるほど、こりゃあいい。ありがとうミカさん」


 「礼には及ばんて。元々、お主のものじゃろうてな。ラフィーは戦闘向きではないからお主が頑張るんじゃぞ?」


 俺はミカさんの目をしっかりと見て頷く。

 ミカさんは決意を持った目と対峙し、良き良きと呟いて本に目を落とす。


 「そういや、ラフィーは?」


 「外、待っておるから早よぉ、行ってやり……アサヒよ」


 裸になりがちな美容姿な婆と別れを告げて外へ出る。


 「じゃあミカさん。ありがとな」


 扉が閉まり、部屋に久し方の静寂が訪れる中、本の捲れる音に紛れる美老婆の呟きは、早朝の暖炉の様に火の勢いを落としていった。


 「これもガブリーとあの男の血なのかねぇ。ガブリー。アンタの息子と娘はしっかりと逞しくなったよ」


 # # # # # #


 外へ出ると、ここに来た時のことを思い出すほどの快晴で、雲も白くて美しい。


 「おっ、やっと来たね! お兄ちゃん!」


 腰に短刀を差して、立っていたのは妹のラフィーだ。

 これから旅に出るのか。

 現実じゃ味わえないだろう。

 生死を賭けた戦いの旅。

 俺は不安と共に黄色な感情も存在していることに驚いていた。


 「俺も大概、馬鹿なんだろうな」


 だって、険しくなると予想が安易な旅に胸を躍らせているのだから。


 「さぁ! しゅっぱーーつ!」


 早歩きな妹の後ろを追うように付いていく。

 妹もまた、楽しみにしているのだろう。


 # # # # # #


 「ってさぁ? 流石に展開早くないっすかね?」


 というのも、出発から5分足らずで魔物に遭遇したのだ。

 多分どんなRPGでもチュートリアルくらいあるぞ、このやろう。


 「お、お、お、お兄ちゃん! ど、どうしよう?」


 妹は携えた短剣を構えているが震えが止まらず切っ先が揺れている。

 あー、ラフィーはダメだな。

 腰を抜かして涙で前もまともに見れていないようだし。


 「いやもう、ホントなんで?」


 魔物は俺の身長を軽く越し、大きさも尋常じゃない。

 形は、熊。

 しかも二足立ち、戦闘態勢。

 いやもう、これ物語の始めとしてはあり得ないからね? 中盤の敵だよねこれ?

 などと嘆いていたら、熊型の魔物は鼓膜が破れんばかりの咆哮をする。


 「オオオォォンン!」


 「お兄ちゃぁぁんん!!」


 ラフィーはさらに腰が引け、俺の後ろに隠れる。

 もう、帰っちゃえよお前!

 さぁて、追い詰められましたレベル1の主人公、俺。

 もう作戦も思いつかない。

 いや、異世界ラノベの主人公とかよくあんな作戦思いつくよな、俺なら無理。

 現時点で無理だし。

 なんでこんな化け物を目の前にして冷静に作戦練れんだよ。


 「えぇ、マジこれどうやって勝つん? ゲームオーバー臭くね?」


 ゲームオーバー、この場合死だ。

 けど、再び生き返るのはありえないだろう。

 だって、初めて目を覚ました時にラフィーがあんなに騒ぐわけないのだから。


 うーむ、こんな時主人公達はどうするのだろうか。

 助けて! キリ……スバ……カズ……んん! マジどうしようか!


 魔獣はたちまち距離を詰めて、目の前で薙ぎ払った。

 ……漠然かつ呆然としていた俺は1ミリも動けなかった。


 「はぁっ、はぁっ!……はぁっ」


 熊が咆哮を繰り返したので、やっと現状に追いついた。

 息をするのも忘れていた。

 だが、熊の放つ轟音で思い出した。

 俺はたった今、死にかけたのだ。


 ……全く。俺は馬鹿なのだろうか。こうした命の奪い合いでボーッと身体を差し出すだなんて。

 瞬間、身の毛がよだつ。

 比喩ではなく、本当に。


 先程は空を切った爪は俺を三枚におろしていた。


 そんな、死のビジョンが見えた。


 「うあぁぁぁあ! 男は根性だぁぁぁぁ!!」


 俺は恐怖で痺れきった重い身体をなんとか半歩後ろに後退させるも、熊の攻撃を掠った服は安易に切り裂かれていた。


 「ぐっ。こんなの……まともに受けたら俺、死ぬじゃねーかよっ!!」


 服だけが切り裂かれたかと思っていたが、腹部に裂傷痛を感じる。腹に三本爪の跡があり、血が滲み出ている。


 ……今のは本気で危なかった。

 吹き出した冷や汗が止まらない。

 先の攻撃を直感していなければ『俺の腹の中身がハロー!』または『こんにちはボンジュール』していただろう。

 なんだそれ、意味分かんねぇな……


 「つか、腰抜かしてないで早く立て!」


 「お兄ちゃぁぁーん!!」


 一人なら走って逃げたものの、ラフィーが腰を抜かして動けないのだ。

 そのくせ、短剣だけはしっかりと握っている。

 まぁ、その震えが無ければ、立派な騎士だよ。


 「ヴォォォン!」


 魔熊がもう一度咆哮を俺らに浴びせると、今度は噛みつき攻撃を放つ。


 「ちょ! あっぶねぇ!」


 俺はミカさんから貰った愛剣を横にして食い止める。

 流石の熊といえど、剣を噛み砕く程の顎力は無いようだ。


 バキッ


 嫌な……音がしましたね?


 バキィン!


 我が愛剣が激しい音と共に粉々になって弾け飛ぶ。


 「ウォォン」


 魔物は口の中に入った金属片を吐き出すとニヤリと嫌な笑いを見せた。


 「もう、ダメだ! おしまいだァ!」


 某王子の真似をしながら絶望する。

 母さんか父さん、天国で見てますか? 俺の旅はここまでのようです。

 もう、諦めて熊の口の中を見続ける。

 鋭い牙を見て、自暴自棄になってしまう。


 「あはぁ、優しくしてね?」

 

 熊のスピードが増していく一方、その景色はゆっくりと見える。


 「走馬灯みたいだぁ」


 もう既にアサヒの闘争心は無い。


 「お、おにぃぢゃん! あびない!」


 鼻水だらけの声が背中を押し、よろけて前に転がってしまう。

 

 「ちょ! あぶな!」


 ゴロゴロと転がって、二足で立つ魔熊の足にクリーンヒット! ストライク!

 俺は熊とキレイにすっ転ぶ。


 「ぐはっ! あだだ、重すぎ!」


 「グォォォン!」


 俺は妹に押されて転び、熊の下敷きになっていた。

 熊は立ち上がろうにも、転んだ俺が持っていた折れた直剣、略して折直が土手っ腹に深々と刺さっていたので立てない。


 「うわぁ、血が温かいよぉ、やだよぉ」


 手に伝わる感触により我より子に帰る。

 うん、我ながらキモいな。


 「あっ、お兄ちゃん大丈夫?」


 妹の声が近づいてくる。

 ありがとう妹よ、だがこのバケモンを動かせるほど腕力があるとは思えんがな。


 「ラフィー、助けてぇ」


 折直を持っていない左手で熊の間から手を振る。


 「今行くよぉー! あっ!」


 「グォォン!」


 妹の驚声の後に続いて熊の怒号が一瞬だけ聞こえた。

 そこから、手に伝わる感触がだんだんと冷たくなっていくのを感じていた。


 「どーしたー! ラフィー」


 「なんか、転んで頭に剣、刺しちゃった!」


 なんか、妹がドジ踏んだらしいけど、なんかドジじゃないらしい。

 熊の獣声はだんだんと弱くなり、やがて意識を無くした。


 すると、魔熊の死骸が光を帯び、弾け飛ぶ。

 身体にかかっていた重みもとれて、身体が自由になった。


 「いてて、これは?」


 「やったね! お兄ちゃん! 倒せたね」


 そこには熊の死骸は無く、まさしく霧散しているようだった。

 えっ? 死体が消えて無くなるとかやっぱRPGじゃないですか!

 なら食料確保はどうすんだよ、倒したら消えるとか肉の確保は? と、不安もあったがその心配は無くなった。


 「お兄ちゃんみてみて! お金とお肉が落ちたよ! お肉はすぐ腐っちゃうから早く食べよーね!」


 俺の足元、熊の死骸跡地に綺麗整頓されたお金とお肉が置いてあった。

 これか、ミカさんが言ってたドロップ的なアイテム達は。

 まぁ何にせよ、死体を捌かなくていいのは楽だし、お金が手に入るのも……お金?


 「なぁ、ラフィー。なんで魔物を倒したらお金もドロップするんだ?」


 そう言えばRPGではお馴染みだったので疑問に思ってなかったが何故であろうか。


 「それはね、魔物は魔王妃が作ってるんだけど、その元になってるのが核とお金だよ。核はお肉だったり、植物だったりなんでもいいんだけど、お金は絶対必要なの」


 え、なんで金? 金属……と言うわけでも無いらしいし、謎が謎を呼んでいる。

 俺は首を傾げているが、ラフィーは話を続ける。


 「なんかね? 魔王妃曰く、お金には人の悪感情と魔力が宿ってる。らしいんだって」


 おい、魔王妃様よ、よくわかってんじゃねぇかこのやろう。

 つか、魔力とかそのまんまじゃねぇか、確かに人間も魅入られるけどさ!

 それを魔物にするとか中々の非道だろ。


 「はぁ、なんとなくわかったよ。とりあえず、歩くか」


 昼でも魔物には遭遇するが、活発な夜になる前に宿を探したい。

 それに、先はまだ長いのだから。

 すでに疲弊した身体を起こして歩く。

 ラフィーは既に数歩先を歩いていた。


 「どうしたのお兄ちゃん? 早くいこ!」


 俺の妹は俺の倍は元気みたいです。

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